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楽園編
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レオナはバルターの様子を確認した。遠目に見える彼は、こちらに背を向けたまま微動だにしない。レオナはそっと立ち上がると、足音を忍ばせてレイヴンのところまで歩く。
「レイヴン、本当にレイヴンなのですか?」
叫び出したい気持ちをこらえて、ささやくように問いかけるレオナを、おかしそうにレイヴンは見つめてうなずき、レオナの頭の先から足の先まで眺めおろす。
「おけがはありませんか?」
「はい。大丈夫です。……あの、ごめんなさい。私、嘘をついて……」
「謝罪の言葉は今はいりません。一刻もはやくここから離れましょう」
言うが早いか、歩き出すレイヴンの背中を引き止めるように声をかける。
「レイヴンはどうやってここまで来たのですか?」
「イリスを連れてきました。レオナさんの危険を察したのか、おとなしくついてきてくれましたよ」
「そうだったのですね。イリスはどこに?」
「少し離れた場所で待たせています。さあ、レオナさん、あの男に気づかれる前にはやく」
手招きするレイヴンを、レオナは戸惑いながら見上げる。なぜ、そんな顔をするのか。そう言わないばかりに、レイヴンの顔色が曇っていく。
「どうして追いかけてこれたのですか?」
「私を疑っているんですか?」
「そうではありません。レイヴンが来られたなら、セリオス様も来れたのではないですか? セリオス様が来ないのは、私を見捨てたからでは……」
「違います。違いますよ。私はたまたま運がよかっただけです」
「運……ですか?」
レオナはふしぎでならなかった。レイヴンにはありもしない本を借りてくるように頼んだ。オリビアを探して、屋敷の中を歩き回っていたはずの彼が、どうして追いかけてこれたというのだろう。
「実は……、私はあの場にいたのです。オリビアさんを探すうちにレオナさんを見つけて、あとを追いかけたのです」
「本当に? 全然気づきませんでした」
素直に驚くレオナを、レイヴンはおかしげに目を細めて見つめる。
「あなたは無防備すぎます」
「なぜ、声をかけてくれなかったのですか?」
「かけようと思いましたよ、もちろん。覗き見が趣味なわけではありませんからね」
レイヴンは冗談っぽく言うが、すぐに生真面目に顔を引き締める。
「レオナさんはルカ殿と花を眺めていましたね。あのとき、メイドが足もとの石を拾って、後ろの茂みに投げ込むのを見てしまったんです」
「エリスさんがそんなことを?」
茂みから音がしたのはそういう理由だったのだ。そうとは知らず、隙を与えてしまった。
「メイドの狙いがわからずに見守っていました。その判断が間違っていたかもしれません。あなたがさらわれ、すぐさま追いかけましたが、すでにあの男は馬に乗り、森の方へ向かって走っていくところでした」
「それで、森へ?」
「ええ。この森は身を隠すにはじゅうぶんな場所です。私は無我夢中で荷物を持ち出し、イリスとともに倒れる草木を頼りに追いかけてきたんです」
バルターが森へ逃げていくところを見かけたのも、思いのほか伸びていた草木が踏まれ、人の通りがあったとわかる状態だったことも幸運だったと、レイヴンは語った。
「あの男は楽園へ行くつもりですか?」
レイヴンは慎重に尋ねてきた。
「……そうです。私を連れてきたのは、ステラサンクタがいないと楽園へは入れないからです」
「やはり。南へ向かって進んでいるので、そうではないかと疑っていました」
「あの、セリオス様は楽園へ向かっていることは知らないのですよね?」
「そこまではわかりません。しかし、レオナさんのことは必ず心配されていますよ」
だから一緒に逃げましょう。そう言うかのように、レイヴンはうなずく。しかし、レオナは首を振った。
「……レイヴン、お願いがあります」
レオナは組み合わせた指をぎゅっと握り合わせ、レイヴンを真摯にまっすぐ見上げる。
「セリオス様に私は無事だと伝えてください。バルター殿下は私を殺しはしないでしょう。楽園へ着けば、慈悲深いフィリス教皇のことですから、必ずや守ってくださると信じています」
「何を言うんですか。たしかに教皇ならば、楽園をあの男の好きにはさせないでしょう。しかし、あなたをあの男と二人きりにしろというのか」
レイヴンは低くうなった。
「レイヴン……」
「セリオス殿なら、私が出るまでもなくすでに手を打っているでしょう。レオナさんを一人にはしません」
「でも、レイヴンを危険な目には……」
「忘れたんですか。私は楽園を目指しています。このままレオナさんと一緒にいくのは、私の目的でもあるんです。さあ、行きましょう。あの本を覚えてますか? あれには、ステラの門はリーヴァより二つ目の湖にあると書かれていました。必ず門はこの先にあるはずです。今のうちに……」
レイヴンがぐいっとレオナの手を引く。戸惑いながらも足を一本踏み出したとき、レオナは肩をつかまれてびくりと身体を震わせた。
レイヴンは振り返り、驚いたように目を見開いた。そして、そのままレオナの後ろへと向けている視線をゆっくりとあげていく。やがて、その青い瞳には力強い光が宿った。レイヴンはレオナを素早く引き寄せ、後ろ手に回した。レオナもまた息を飲む。目の前に立ちはだかるのは、長い黒髪を夜風に揺らしながら、不気味にほほえむバルターだった。
「今の話、聞かせてもらった。そなたは楽園へ行く方法を知っているようだな。命が惜しければ、俺を楽園へ案内しろ。拒むなら、その本とやらを奪うのみ」
そう言うと、バルターは静かに長剣の柄に手をかけた。
「レイヴン、本当にレイヴンなのですか?」
叫び出したい気持ちをこらえて、ささやくように問いかけるレオナを、おかしそうにレイヴンは見つめてうなずき、レオナの頭の先から足の先まで眺めおろす。
「おけがはありませんか?」
「はい。大丈夫です。……あの、ごめんなさい。私、嘘をついて……」
「謝罪の言葉は今はいりません。一刻もはやくここから離れましょう」
言うが早いか、歩き出すレイヴンの背中を引き止めるように声をかける。
「レイヴンはどうやってここまで来たのですか?」
「イリスを連れてきました。レオナさんの危険を察したのか、おとなしくついてきてくれましたよ」
「そうだったのですね。イリスはどこに?」
「少し離れた場所で待たせています。さあ、レオナさん、あの男に気づかれる前にはやく」
手招きするレイヴンを、レオナは戸惑いながら見上げる。なぜ、そんな顔をするのか。そう言わないばかりに、レイヴンの顔色が曇っていく。
「どうして追いかけてこれたのですか?」
「私を疑っているんですか?」
「そうではありません。レイヴンが来られたなら、セリオス様も来れたのではないですか? セリオス様が来ないのは、私を見捨てたからでは……」
「違います。違いますよ。私はたまたま運がよかっただけです」
「運……ですか?」
レオナはふしぎでならなかった。レイヴンにはありもしない本を借りてくるように頼んだ。オリビアを探して、屋敷の中を歩き回っていたはずの彼が、どうして追いかけてこれたというのだろう。
「実は……、私はあの場にいたのです。オリビアさんを探すうちにレオナさんを見つけて、あとを追いかけたのです」
「本当に? 全然気づきませんでした」
素直に驚くレオナを、レイヴンはおかしげに目を細めて見つめる。
「あなたは無防備すぎます」
「なぜ、声をかけてくれなかったのですか?」
「かけようと思いましたよ、もちろん。覗き見が趣味なわけではありませんからね」
レイヴンは冗談っぽく言うが、すぐに生真面目に顔を引き締める。
「レオナさんはルカ殿と花を眺めていましたね。あのとき、メイドが足もとの石を拾って、後ろの茂みに投げ込むのを見てしまったんです」
「エリスさんがそんなことを?」
茂みから音がしたのはそういう理由だったのだ。そうとは知らず、隙を与えてしまった。
「メイドの狙いがわからずに見守っていました。その判断が間違っていたかもしれません。あなたがさらわれ、すぐさま追いかけましたが、すでにあの男は馬に乗り、森の方へ向かって走っていくところでした」
「それで、森へ?」
「ええ。この森は身を隠すにはじゅうぶんな場所です。私は無我夢中で荷物を持ち出し、イリスとともに倒れる草木を頼りに追いかけてきたんです」
バルターが森へ逃げていくところを見かけたのも、思いのほか伸びていた草木が踏まれ、人の通りがあったとわかる状態だったことも幸運だったと、レイヴンは語った。
「あの男は楽園へ行くつもりですか?」
レイヴンは慎重に尋ねてきた。
「……そうです。私を連れてきたのは、ステラサンクタがいないと楽園へは入れないからです」
「やはり。南へ向かって進んでいるので、そうではないかと疑っていました」
「あの、セリオス様は楽園へ向かっていることは知らないのですよね?」
「そこまではわかりません。しかし、レオナさんのことは必ず心配されていますよ」
だから一緒に逃げましょう。そう言うかのように、レイヴンはうなずく。しかし、レオナは首を振った。
「……レイヴン、お願いがあります」
レオナは組み合わせた指をぎゅっと握り合わせ、レイヴンを真摯にまっすぐ見上げる。
「セリオス様に私は無事だと伝えてください。バルター殿下は私を殺しはしないでしょう。楽園へ着けば、慈悲深いフィリス教皇のことですから、必ずや守ってくださると信じています」
「何を言うんですか。たしかに教皇ならば、楽園をあの男の好きにはさせないでしょう。しかし、あなたをあの男と二人きりにしろというのか」
レイヴンは低くうなった。
「レイヴン……」
「セリオス殿なら、私が出るまでもなくすでに手を打っているでしょう。レオナさんを一人にはしません」
「でも、レイヴンを危険な目には……」
「忘れたんですか。私は楽園を目指しています。このままレオナさんと一緒にいくのは、私の目的でもあるんです。さあ、行きましょう。あの本を覚えてますか? あれには、ステラの門はリーヴァより二つ目の湖にあると書かれていました。必ず門はこの先にあるはずです。今のうちに……」
レイヴンがぐいっとレオナの手を引く。戸惑いながらも足を一本踏み出したとき、レオナは肩をつかまれてびくりと身体を震わせた。
レイヴンは振り返り、驚いたように目を見開いた。そして、そのままレオナの後ろへと向けている視線をゆっくりとあげていく。やがて、その青い瞳には力強い光が宿った。レイヴンはレオナを素早く引き寄せ、後ろ手に回した。レオナもまた息を飲む。目の前に立ちはだかるのは、長い黒髪を夜風に揺らしながら、不気味にほほえむバルターだった。
「今の話、聞かせてもらった。そなたは楽園へ行く方法を知っているようだな。命が惜しければ、俺を楽園へ案内しろ。拒むなら、その本とやらを奪うのみ」
そう言うと、バルターは静かに長剣の柄に手をかけた。
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