砂色のステラ

水城ひさぎ

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楽園編

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 森の闇がさらに深くなってきたとき、ぐらりと身体が揺れた。突然、イリスが歩みをとめたのだ。

「イリス、何かあるの?」

 そっとイリスをなでると、レイヴンが前方へ向かって炎の浮かぶ手のひらを差し出す。

「あっ」

 暗闇の中にキラキラと光るものが見える。それが水面であると気づいたとき、「着きましたね」と、レイヴンが安堵の息をつく。

 レイヴンはイリスからおろしたレオナとともに、樹々の間を抜けようにして湖のほとりに進み入った。視界が開けた途端、レオナは声をあげる。

「本当にここなのですか?」
「何もないじゃないか」

 後ろで、バルターが不機嫌に吐き出す。

「そなた、俺をたばかったのではないだろうな」

 レイヴンに詰めよるバルターをとめるように回り込み、レオナも尋ねる。

「レイヴン、ここで間違いないのですよね?」
「試してみましょう」

 動揺のないレイヴンは悠然と答える。

「試す……ですか?」
「レオナさん、こちらへ」

 レイヴンに導かれて、レオナは湖岸に立つ。月明かりが降り注ぐ湖は、まぶしいほどに輝いている。それはどこか現実離れした光景だけれど、何もない湖にレオナは戸惑いを隠せない。

「ステラ史には、こう書かれていました。『星魔石の指輪を湖のほとりにて掲げ、その輝きが水面に映るとき、ステラの門は開かれん』と」
「星魔石を掲げる……」

 レオナは自身の右手を見た。すっかり魔力を失っている星魔石の本当の使い道は、門を開く鍵だったのだろうか。いつか、レオナが楽園ユーラスに帰れる日が来るようにと、母は託したのかもしれない。

「さあ、レオナさん」
「はい、やってみます」

 レオナは一歩前に進み出て、深呼吸すると、右手を高く掲げた。すると、きらめいていた水面が虹色に輝き、波打ち始める。やがて、水面が割れ、中から大きな扉が持ち上がってくる。

「これは、素晴らしい」

 青銅色の扉を眺め、バルターが感嘆のため息をつく。

「レイヴン、あれがステラの門なのですか?」

 レオナも驚嘆した。

「星魔石に反応して現れた門です。間違いないでしょう」
「でも、どうやっていくのですか?」

 ステラの門は湖の中央に位置していて、橋のようなものもない。

「ステラサンクタは湖の上を歩いた……と言います」
「そんなことができるのですか?」
「できるかもしれませんね。見てください。光の廊下ができています」

 レイヴンが指差す先へ目を移す。彼の言う通り、扉へ向かって光の筋が伸びている。レオナは少し迷って、おそるおそる水面に足を伸ばした。ちょこんと触れると水面は揺れたが、足の先には地面と同じ固さの確かな手応えがある。レオナは思い切って前へ進んだ。

「レイヴン、歩けますっ」

 水面で軽やかに回り、レイヴンを招く。笑顔になる彼が、イリスを連れて足を踏み出そうとしたとき、バルターが彼を押す。

「どけっ! 俺がいく」

 バルターはずんずんと湖の上を歩き、門へとたどり着く。すると、両開きの扉から光が漏れ、ゆっくりと開いていく。

「レイヴン、バルター殿下が行ってしまいますっ」
「急ぎましょう、レオナさん」

 レイヴンがレオナの手をつかみ走り出す。レオナははたと気づいて、足を止める。

「レオナさん?」
「あのっ、セリオス様がもし、楽園に来てくれようとしてるなら、門を使わずに来るのですよね?」
「……そうなりますね」
「楽園は遠いと聞きます」
「半月はかかるでしょう」

 やはり、レオナの懸念はあたっていた。リーヴァへやってきていたステラサンクタがステラの門を使っていた以上、近道は存在しないだろう。

「レイヴン、ステラの門はステラサンクタでなくても、星魔石があれば開くのですよね?」
「何を……」

 レオナは髪を結んでいる白いリボンをほどくと、星魔石の指輪をはずす。そして、リボンに指輪を通し、輪になるように結んだ。

「レイヴン、バルター殿下を引き止めてください。すぐに戻ります」

 レオナはリボンを握りしめたまま湖を走り出ると、湖に向かって伸びる大木の枝にそれを引っかけた。

「レオナさんっ!」

 レイヴンがバルターのマントをつかみ、レオナに向かって手を伸ばす。その先で、扉がゆっくりと閉まっていく。

「いま、行きますっ」

 レオナはめいいっぱい走り、レイヴンの手をつかむ。と同時に、バルターがマントをひるがえし、光に満ちる扉の奥へ飛び込む。レオナもまた、バルターに続き、レイヴンとともに光に吸い込まれた。

 まばゆい光は一瞬だった。あまりのまぶしさにまぶたを閉じ、開いたときには、夜空にぽっかりと月の浮かぶ静かな広場に立っていた。

「ここが……、楽園の入り口ですか?」

 レオナはまばたきをする。広場の先に、白く大きな扉が立ちはだかっている。それはとても神聖な輝きを放つ扉だった。

「そのようです」

 そこにあるだけで威圧感を与える扉に、レイヴンも圧倒されたのだろう。ごくりと唾を飲み込むレイヴンの背中を押すバルターが、レオナの腕をつかむ。

「行くぞ。そなたがいなければ、あの扉は開かん」

 バルターが一歩踏み出したとき、レオナは周囲を見回した。不穏な空気が流れた気がした。何だかわからないが、言いようのない不安が押し寄せてくる。

「な、何かが、来ますっ」

 レオナが叫んだ瞬間、広場の周囲にいくつもの白い玉が浮かんだ。白い玉は次第に大きくなり、ぼんやりとした光を放ったあと、中に人の姿が現れる。

「楽園の神官か?」

 バルターが低くうなった。しかし、返事はない。白いローブを身につけ、フードを深くかぶった彼らの表情もわからない。不気味な彼らに震えるレオナをかばうようにレイヴンが前へ出たとき、こちらに向かって両手を伸ばす彼らの手のひらから光の糸が伸びてくる。それは蛇のようにうねり、またたく間にレオナたちを縛りあげた。
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