砂色のステラ

水城ひさぎ

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王都編

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「馬車が二台必要とは、そういう理由でしたか」

 ベネット公爵はゆっくりとうなずく。結婚が公になっていないという事実を、改めて突きつけられて、レオナはひどく傷ついたが、公爵はずいぶん落ち着いていた。レオナをセシェ島に逃したのは、バルターから命を守るためだった。結婚は偶発的なものだったから、公爵自身、一時的なものでかまわないと考えているのではないかと不安になる。

「ああ。レオナはこのままクレストルへ帰してくれ。ベリウスを護衛に加えてくれると助かる」
「ベリウス卿がついてくれるなら心強いです。私も王都から離れられません。妻には、レオナを温かく迎え入れるよう話しておきます」
「すまない。クラリス夫人はなかなかに気難しい。順番が違うと怒り心頭だろうな」

 クラリス・ベネットはレオナの養母だ。セリオスが気難しいと考えているとは驚きだった。

「おや、素直に謝られていたと伝えておきますよ。妻も驚くでしょう」

 ベネット公爵は肩を揺らして笑うと、レオナへ手を差し伸べる。

「疲れているだろう。クレストル領へ戻る前に、食事を用意しよう」
「あの……、お父さま」
「どうした?」
「セリオス様と、少しだけふたりでお話がしたいのです」

 公爵はまばたきをしたあと、目尻をさげる。

「気の済むまで、ゆっくり話すといい」

 公爵が礼拝堂を出ていくと、レオナは思い切って胸につかえていた思いを打ち明ける。

「……先ほどのお話ですが、結婚を公にしていないのには、何か理由があるのですか?」
「唐突だな」
「……実は、知っているのです。私たちの結婚を、枢密院は反対しているのですよね?」
「そんな話、誰から聞いたのだ」

 セリオスは不機嫌に言うが、枢密院の内情に詳しいダリウス侯爵から直接聞いたのだから、言い逃れできないはずだ。

「セリオス様も、枢密院には逆らえないのですよね。……だから、結婚を公にしていないのですか?」
「馬鹿を言うな」

 一喝するように言われたら、レオナの中に怒りか悲しみかわからないような感情が込み上げてきて、隠しきれずに叫ぶように言ってしまう。

「何が馬鹿ですか。私が迷惑なのですよね。だから、クレストル領に戻すのですよね。もう迎えに来てくださらないおつもりですか?」
「何を言うのだ。おまえは待っていればよい」

 驚いたように彼は言うが、レオナは黙っていられなかった。

「どうして信じて待てるのですか。私をお父さまのもとに帰したいなら、なぜもっと早く言ってくださらなかったのですか?」
「待て、レオナ。おまえは何か勘違いしている。必ず迎えに行くから、ただ待てばよい」

 そういさめられても、どうにも胸のたかぶりはおさまらず、むしろ涙が込み上げてくる。

「私はセリオス様から離れたくありませんっ。セリオス様が離縁したいなら、受け入れるしかできない私にどうして待てなどと残酷なことをおっしゃるんですかっ」
「レオナ!」
「離縁したいなら、今すぐはっきりおっしゃってくださいっ」

 それでも受け入れられないというのに、セリオスはあっけに取られたようにこちらを見ている。ますます不安になって、レオナの胸の中はぐちゃぐちゃになっていた。こんなにも苦しくて仕方ないのに、彼は離れて暮らすことが大したことではないととらえているような気がしてならない。

「落ち着け。誰が離縁したいなどと言ったんだ。おまえをクレストルにやるのは、安全のためだ」

 しゃくりあげて泣くレオナをあやすように、セリオスは背中をさする。何度も何度もそうされるうちに、たかぶりが落ち着いていく。

「……ほんとう、ですか?」

 涙をぬぐいながら尋ねると、セリオスは困り顔で眉をさげる。

「ああ、本当だ。これから宮殿は慌ただしい日々になるだろう。俺の目が届かない場所で、レオナに近づく者たちは必ずいる。それはミラージュ侯の屋敷にいるときよりはるかに危険だ。葬儀を終え、喪が明けるまで、レオナには穏やかに過ごしていてほしい」
「……喪が明けるのは数ヶ月先ではありませんか?」
「そうだな……。じきに、長雨の季節になる。喪が明けるのは、長雨が終わるころだろう」
「それまで、お会いすることもできないのですね」

 国王の葬儀を終えれば、次はルカ国王誕生による戴冠式があるだろう。その準備にセリオスは忙しく、レオナのことが二の次になるのは目に見えている。

「折を見て、伝書鳩を飛ばそう」
「私からも送ってよいのですか?」
「それはもちろん。レオナが俺のことを考えていると思うだけで、血がたぎるようだ」

 セリオスは噛みしめるように言う。

「いつも考えています。セリオス様のことだけ……」
「最初はそうでもなかっただろう」

 彼は皮肉げにうっすらと口角をあげると、そのまま顔を寄せてきて、唇にキスを落とす。触れただけの唇は次第にしっとりと重ねられ、ゆっくりと離れていく。

「この唇を覚えておけ。おまえを誰よりも愛おしく思う男の唇を」

 セリオスはそうささやくと、レオナの手を引き、光の注ぐ入り口へと向かって歩き出した。
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