砂色のステラ

水城ひさぎ

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王都編

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 王都エヴァンモアからクレストル領にあるベネット公爵邸へは半日ほどかかる。途中、従者たちの休憩のために宿場町に立ち寄った。馬たちに水を飲ませている間、馬車の中で出発を待つレオナに、イリスを連れたベリウスが話しかけてくる。

「ずいぶん、落ち込んでますね。心配しなくとも、喪はすぐに明けますよ」

 励ますように快活に言うベリウスから目をそらし、心配そうにこちらを見つめているイリスのほおをなでる。さみしくないように連れていっていいと、セリオスが言ってくれたものの、レオナの気分はどうにも晴れずにいた。

「喪が明けるのは、三ヶ月も先です。セリオス様はたかが三ヶ月とおっしゃってましたけど、私にはとてもとても長いのです」
「たかがとおっしゃったのは、レオナ様の心労をやわらげるためでしょう。団長だって、身を切るような苦しみの中にいますよ。レオナ様よりずっと年上ですからね、さすがに取り乱したりしないだけで」
「そういえば、私、セリオス様がおいくつなのか知りません」
「28ですよ」

 レオナより10歳も年上だ。三ヶ月も離れていたくないとわがままを言って困らせてしまったけれど、セリオスが余裕に満ちていたのは、レオナよりもはるかに成熟した青年だったからなのだ。

「バルター王子殿下とアメリア伯爵夫人は、二つずつ年下ですね」
「では、アメリア様は私よりも若くルカ様をお産みになってるのですね……」

 王族の結婚となれば、16歳は決して早くない。レオナの胸は羨ましさのあまり、チクリと痛む。

「伯爵とアメリア夫人も10歳ほど離れてるんですよ。豊かな国土であるグレイシル領を得るための政略結婚でもありましたが、お互いにひとめぼれだったそうですよ」
「アメリア様は美しい方ですから、当然と言えば当然です」
「レオナ様は違うのですか? あの状況下とはいえ、すぐにご結婚を決断されたのは、惹かれ合うものがあったからでしょう」

 本当にそうだろうか。極限状態の中での判断が、正しかったのか、そうではなかったのか、今となっては思い出すのも困難だった。

「セリオス様は美しい方ですから……、結婚を望まれて断る女性はいないと思います」
「レオナ様もその中のひとりですね」

 茶化すようににやにやするベリウスに気づいて、レオナは赤くなるとそっぽを向く。政略結婚でもない恋愛結婚でもない自身の結婚に、ベリウスは単純に惹かれ合うものがあったから踏み切れたのだろうと意味を持たせた。

 セリオスもそうだったのだろうか。あのとき、命乞いした娘だったからではなく、彼が心惹かれる相手だったから、結婚を望んだのか……。

 遠い記憶の中で、おかしそうに目を細めるセリオスが浮かぶ。初めて会ったのは、セシェ島だったのではないか? と尋ねたレオナに、彼は意味ありげに笑っていたのだった。

「セリオス様は以前から私を知っていたのでしょうか?」
「詳しくは知りませんが、ご存知だったのでは? 団長はおしのびで公爵家をよく訪れていましたから」
「よく……?」
「お若いころから交流があったみたいですよ」
「そうなのですか?」

 セリオスを屋敷で見たことはないはずだ。レオナがすっかり驚いていると、休憩を終えた従者たちが持ち場に戻ってくる。そしてふたたび、レオナの馬車は公爵邸へ向けて出発した。

 都市の中にあるのに、大自然に囲まれているような、緑豊かな大邸宅が見えてくると、レオナは複雑な気分になった。

 苦々しく思い出されるのは、バルターに誘われたパーティー。バルターに何をされるかわからないと、覚悟を決めて出かけたのは、半年以上前になる。公爵の悪い予感はあたって、レオナはセシェ島での生活を余儀なくされた。その間、養母であるクラリスはレオナをどう思っていただろう。どこに出しても恥ずかしくない娘として育ててくれたのに、ロデリック・ベネットの顔に泥を塗る愚かな娘……とあきれていただろうか。

 馬車を降り、ベリウスを連れて玄関ホールに入る。十数人のメイドが整列してレオナを出迎える中に、レオナの髪は醜いと悪口を言った古参メイドの姿もあった。彼女は神妙な顔つきをしていたが、レオナの姿を見つけると、ホッと安堵したようにも見えた。

 そして、レオナは階段へと目を移す。二階の廊下に姿を見せた養母のクラリスが、厳格な空気をまといながら、階段を降りてくる。レオナは少々クラリスが苦手だった。母エレノアのように優しくない上、笑顔を振りまかない。いつもレオナと距離を取る彼女に、愛されていると感じたことがないからだった。

「よくぞ、無事に帰りました。立派でしたよ、レオナ。長旅は疲れたでしょう。食事の用意はできています」

 淡々とクラリスは言うが、ねぎらわれたことにレオナは驚いていた。母に褒められることなどあっただろうか……。しかし、クラリスはレオナとの感動的な再会には興味がないのか、メイドたちに従者たちをもてなすように命じると、さっさと赤いじゅうたんの上を歩いて、応接間へ入っていく。

「なんだか、怖い人ですね」

 ベリウスが耳打ちしてくるから、レオナはうっすらとだが、笑ってしまう。

「今日はとっても機嫌がいいみたいです。普段よりずっとお優しいです。お母さまに叱られる前に、私もおもてなしの準備をしてきますね」

 あれで機嫌がいい? と驚くベリウスを残し、レオナは安堵で涙ぐみながら駆け寄ってくるメイドたちの姿に胸を熱くする。

 セリオスと離れて暮らすのは悲しいけれど、こうして温かく迎え入れてもらえるのはうれしかった。自身は公爵令嬢としてじゅうぶんではなかったけれど、今まで気づかなかっただけで、思っていたよりも認められていたのかもしれないと、今更ながらに実感するのだった。
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