砂色のステラ

水城ひさぎ

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王都編

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 クラリスによる手厚いもてなしを受けた従者たちは、公爵邸に一泊したあと、翌朝、ベリウスとともに王都へ向かって旅立っていった。

 レオナは自室の窓から、ぼんやりと中庭を眺めていた。ひとりになると、セリオスと結婚した事実が夢だったのではないかと思えてくるが、庭の一角で体を洗ってもらい、気持ちよさそうにしているイリスを見つけると、それは夢ではないと再認識できた。

 しかし、レオナはため息をつく。以前はこうして何日も何日も過ごしていたのに、どうやって長い一日を過ごしていたのか忘れてしまっている。もう一度、ため息をつきかけたとき、部屋の外から「ひゃあっ!」という叫び声が聞こえてきた。

 何かあったのだろうか。レオナが扉をあけて顔を出すと、メイドが腰を抜かして座り込んでいる。

「何ごとですか」

 厳しい口調でそう言ったのは、廊下の奥から現れたクラリスだった。

「お、お嬢さまのお荷物を片付けていたら……こ、このようなものが……」

 メイドのかたわらには、ボロボロになったトランクが落ちている。そして、彼女がおずおずと両手で差し出すのは、ハンカチに包まれたこの世のものとは思えないほど美しいキラキラと光る石だった。

「これは……」

 クラリスが息を飲み、とっさにこちらを振り返る。その目には、なぜこれがここにあるのかという疑問と猜疑が浮かんでいて、レオナはあわてた。

「お母さま、それは星魔石ですっ」
「見ればわかります」

 ぴしゃりと言われ、レオナは肩をすくめる。

「実は……、ここへ戻る途中にユーラスへ立ち寄ったのです。多くはセリオス様に預けたのですが、護身用のペンダントを作るようにと、セリオス様がこちらを分けてくださったのです」

 フィリス教皇からくだされた星魔石は大きすぎた。王宮で厳重に管理するからというセリオスにすべてを預けるつもりだったが、彼は魔力を失った指輪を気にして、ペンダントが作れる程度の大きさの星魔石をレオナに持たせたのだった。

「こんな大切なものを、なぜすぐに言わなかったのです。忘れていたではすみませんよ。早急に職人を呼ばないといけませんね。本当にあなたという人は……」
「ごめんなさい」

 小言が止まらないクラリスに素直に謝ると、彼女はため息をつき、レオナを中へ押し戻すようにして部屋へ入ってくる。

「レオナ、あなたは王子妃である自覚が足りません。こんなにも厳しく育ててきたのに、やはり、エレノアさんのようにどこかのんびりしたところがあるようですね」

 その発言に、レオナは驚いた。

「母を知っているのですか?」
「あたりまえですよ」
「そ……、そうですよね。父のサイラス・ベネットはお父さまの弟だとか……」
「その話もユーラスで聞いたのですか?」

 尋ねているだけなのだろうが、クラリスの口調はきつく、責められているように感じてしまう。レオナは萎縮しながらも、この機会を逃したら、もう二度とクラリスとユーラスの話はできないのではないかと考えた。

「私はずっと、ユーラスへ戻りたかったのです」

 そう切り出すと、クラリスは息をひそめ、険しい表情になった。

「ユーラスははるか遠く、生きているうちに行けるものではないと思っていました。でも、セリオス様と出会い、その機会が私にも訪れました。ユーラスはふしぎな場所でした。お母さまがお父さまと暮らしていた家……、とてもとても小さな家でしたが、幸せに満ちあふれているように感じました。お父さまはユーラスへ渡ったことを後悔していないと思います。でも、ベネット家は違ったのですよね? ステラサンクタとの結婚は許したくなかったのではありませんか?」
「なぜ、そう思うのです」
「お父さまは流行病で亡くなったと周囲に偽ってユーラスへ行ったからです。ベネット家の親族は裏切られたと思ったでしょう」
「それは違います」
「違う?」

 首をかしげるレオナへ、クラリスはあいかわらず、淡々と話す。

「サイラスさんは正々堂々と出ていったのです。ステラサンクタと駆け落ちした貴族……そう笑われるのが気に入らなかった親族たちが、サイラスさんは亡くなったと吹聴し、私たちもうわさを否定せずにいました」

 それでも、サイラスがすべてを捨ててユーラスへ入ったのは事実だ。

「私は……たまたま公爵家に引き取られたのだと思っていました。でも、違うと知りました。お父さまは弟の娘である私を引き取りたくて引き取ってくださったのかもしれませんが、お母さまには迷惑だったのではありませんか?」

 だから、ずっと厳しかった。笑顔を見せてくれることもなかった。他人ではなく、身内だったからこそ、より許せなかったのではないか。

「あなたは私に何を言わせたいのですか? 迷惑だった。育てたくなかった。サイラスさんは勝手なことをしたのに、なぜ、私がステラサンクタを育てなければならないのか。そんなふうに考えていたと思っているの?」

 クラリスの返答には迷いがなかった。彼女は強く、悩んでいたことがあったとしても、決して表には出さない人なのだろう。

「違うのですか……? このまま、セリオス様が私を迎えに来なければ、ベネット家はまた笑い者です。育てなければよかったと思う日がくるかもしれません」
「ではあなたは、殿下が迎えに来なかった場合、ユーラスへ戻りたいというのですね?」
「……その覚悟はあると言っています」
「許しませんよ、私は」

 レオナは驚いて、パッと顔をあげる。

「なぜですか?」
「あなたはもう、私の娘だからです。サイラスさんとエレノアさんの娘であることも変わりませんが、あなたはれっきとしたロデリックと私の娘です。とはいえ、あなたを疎ましく思うこともありました」

 やっぱりそうだったのだ。同じ親でも、クラリスとだけは血がつながらない。それはとても重要なことだっただろう。

「ロデリックがあなたを連れて血まみれで帰ってきたときは、それはもう驚きましたよ。しかも、連れている娘がサイラスさんの子だというではありませんか。すぐに汚れを落とし、ドレスを着せ、両親を失った悲しみをまぎらわそうと、私もあの時は懸命でした。それなのに、あなたという人は、ロデリックにばかりなついていた」

 クラリスは頼りなげに眉をさげ、あきれ顔をした。いつも鉄面皮の彼女が、こんなふうな表情をするのは珍しい。

「ロデリックとサイラスさんは似ているのですよ。だからあなたは私よりもロデリックが好きだったのでしょう。私とエレノアさんは似ても似つきませんからね、あなたはちっともなつかなかったのです」
「だから、厳しくあたっていたのですか……?」

 おそるおそる尋ねると、クラリスは眉間にしわを寄せる。どうも、レオナは彼女を不機嫌にすることに長けているようだ。

「あなたはベネット家の娘ですよ。厳しく育てるのは当然です。あなたは私が冷たいと思っているのですね。それはそうでしょう。サイラスさんを慕っていた者たちはまだこの屋敷に残っています。サイラスさんを奪ったエレノアさんをこころよく思わない者たちが、あなたに意地悪していたのも知っています。私までもあなたを強くかばうと、意地悪はひどくなる一方。やめさせようにも、どうにもならないことはありました。あなたに厳しくすることで、私なりに守っているつもりでしたが、誤解していたのですね」

 感情を抑えきれていないように、クラリスは意外にも早口でまくし立てる。しかし、レオナはそんな母の姿がなぜか怖くなかった。

「お父さまの弟が、実の父だと教えてくれなかったのも、それが理由ですか?」

 穏やかに尋ねると、クラリスも肩の力を抜いた。

「まあ。あなたはそれも面白く思っていないのですか。レオナを引き取ったとき、あなたはまだ戦争を理解できないほどに小さかったですから、詳しく話すのは残酷でした。あなたが結婚するときに話そう。それは、私とロデリックの約束でした」
「だから、いま話してくださってるのですか?」
「そうですよ。あなたは立派な王子妃になるのです。殿下が迎えに来ないかもしれないなどと、くよくよしていては宮殿では生きていけませんよ。喪が明けるまで、たっぷり時間はあります。これまで以上の覚悟で私に接しなさい、レオナ。これは、母としての命令ですよ」

 だとしたら、とても屈折した愛情のような気がしたが、レオナはふしぎとそれがとてもうれしく、顔がほころぶのを感じていると、クラリスは、本当にわかっているのかと、不安げに眉をひそめるのだった。
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