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元カノ
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私は七緒静華の動画を繰り返し見ていた。
愛してる
愛してる
愛してる
と、ボタンをクリックするたびに七緒静華の愛は囁かれる。
もう何万回、囁いたのだろう。
この言葉は、佑樹に向けられたもの。そして、佑樹が一番欲しがっている言葉。
七緒静華は死んでしまったから、佑樹は身代わりを探したのだと思う。雅也さんもそれを知ってて、私に近づいたのだろう。
そうじゃなきゃ、私を他の合コンメンバーから遠ざけ、私にばかり熱心に話しかけてきたことの理由がつかない。
どうして佑樹にはじめて会った時に気づかなかったのかと、今は悔やむばかりだ。あんなに素敵な人が、私なんかに本気になるわけがない。二年も気づかなかったなんて、本当に私は愚かだ。
ピンポーン
という音に私はびくりと肩を震わせた。玄関を見る。
佑樹?
まさか、違うよね。
ゴホンと咳をして、私は立ち上がる。
熱はない。喉が痛いだけ。声はかすれてガラガラだけど気にならない。この声なら、佑樹と話したって平気。
インターフォン越しに、「どちらさまですか?」と尋ねると、しばらく後、「わたし……」と沈んだ声が返ってきた。
「亜紀よ」
「亜紀?」
私はすぐに玄関のドアをあけた。
そこには、どこか様子のおかしい亜紀が立っていた。彼女は私の顔を見ると笑ったけど、どことなくぎこちない。
「どうしたの?」
「ごめんね、急に来たりして」
「全然かまわないよ」
アパートの中に招き入れると、亜紀の視線はすぐにテーブルの上の一冊の本をとらえた。
七緒静華が愛を綴った詩集。その詩集には、佑樹に対する愛があふれている。
「体調はどう?」
「うん、大丈夫。声はこんなだけど」
「ちゃんと病院行ってる?」
「行ったよ。心配かけてごめんね」
しばらく風邪の話をしていたけど、亜紀は終始うわの空で会話に身が入ってない感じだった。
「何かあった? 亜紀にしては珍しいね、ぼーっとして。誰かいい人でも見つかったの?」
そんな喜びの報告をしに来たという雰囲気ではなかったけど、会話の糸口が見つからなくてそう聞いてみた。
案の定、亜紀は首を横に振って、苦笑いした。そして、やけに真面目な顔を私に向けた。
「あのさ」
「うん、なに?」
つとめて明るい声を出す。亜紀がこんな顔をするんだから、何か重要なことを話そうとしてるんだろう。きっとそれは私が聞きたくないこと。だから余計に、平然としたふりをする。
「あのね」
亜紀は話すかどうしようかすごく迷ってるみたいだった。だから、私が促した。
「佑樹のこと?」
「……そう」
亜紀は目を伏せた。
きっと良くないこと。すごく良くないこと。不安で胸が押し潰されそうになる。もう佑樹のことで苦しむのはいやだ。それでも私は尋ねるしかできない。
「どんなこと?」
「う、ん。あのね……」
亜紀の目が泳ぐ。
「驚かないで聞いて」
宙をさ迷った亜紀の視線が、テーブルの上の本に止まる。
「佑樹の元カノのこと?」
亜紀はハッとしたように顔をあげ、気まずそうに口元をゆがめた。悪い予感はすぐにあたるみたい。
「元カノ、七緒静華だよ」
私から言ってあげる。亜紀まで苦しむ必要はない。
亜紀は小さくうなずいた。私が何もかも知ってるとわかったみたい。だけど、彼女は私の知らなかったことを口にした。それを言うために今日はここへ来たのだろう。どれほどの勇気がいったかと思うと、胸はしめつけられる。
「結衣、七緒静華……生きてるよ」
「え」
その言葉を聞いた瞬間、足元が揺れた気がした。それほどの衝撃だった。
たぶん私は心のどこかで、少しだけ期待してたんだと思う。
佑樹がいくら元カノを忘れられなくても、奪われることはないんだって安気にしてたんだと思う。だからきっと、いつか佑樹が私だけを見てくれるって期待してたんだと思う。
「ほんと?」
「うん。この目で見たから間違いないよ」
亜紀の表情は真剣な上、あわれみが浮かんでいた。
佑樹とは、本当に終わったんだ……。
私はその表情で、すべてを悟った。
私は七緒静華の動画を繰り返し見ていた。
愛してる
愛してる
愛してる
と、ボタンをクリックするたびに七緒静華の愛は囁かれる。
もう何万回、囁いたのだろう。
この言葉は、佑樹に向けられたもの。そして、佑樹が一番欲しがっている言葉。
七緒静華は死んでしまったから、佑樹は身代わりを探したのだと思う。雅也さんもそれを知ってて、私に近づいたのだろう。
そうじゃなきゃ、私を他の合コンメンバーから遠ざけ、私にばかり熱心に話しかけてきたことの理由がつかない。
どうして佑樹にはじめて会った時に気づかなかったのかと、今は悔やむばかりだ。あんなに素敵な人が、私なんかに本気になるわけがない。二年も気づかなかったなんて、本当に私は愚かだ。
ピンポーン
という音に私はびくりと肩を震わせた。玄関を見る。
佑樹?
まさか、違うよね。
ゴホンと咳をして、私は立ち上がる。
熱はない。喉が痛いだけ。声はかすれてガラガラだけど気にならない。この声なら、佑樹と話したって平気。
インターフォン越しに、「どちらさまですか?」と尋ねると、しばらく後、「わたし……」と沈んだ声が返ってきた。
「亜紀よ」
「亜紀?」
私はすぐに玄関のドアをあけた。
そこには、どこか様子のおかしい亜紀が立っていた。彼女は私の顔を見ると笑ったけど、どことなくぎこちない。
「どうしたの?」
「ごめんね、急に来たりして」
「全然かまわないよ」
アパートの中に招き入れると、亜紀の視線はすぐにテーブルの上の一冊の本をとらえた。
七緒静華が愛を綴った詩集。その詩集には、佑樹に対する愛があふれている。
「体調はどう?」
「うん、大丈夫。声はこんなだけど」
「ちゃんと病院行ってる?」
「行ったよ。心配かけてごめんね」
しばらく風邪の話をしていたけど、亜紀は終始うわの空で会話に身が入ってない感じだった。
「何かあった? 亜紀にしては珍しいね、ぼーっとして。誰かいい人でも見つかったの?」
そんな喜びの報告をしに来たという雰囲気ではなかったけど、会話の糸口が見つからなくてそう聞いてみた。
案の定、亜紀は首を横に振って、苦笑いした。そして、やけに真面目な顔を私に向けた。
「あのさ」
「うん、なに?」
つとめて明るい声を出す。亜紀がこんな顔をするんだから、何か重要なことを話そうとしてるんだろう。きっとそれは私が聞きたくないこと。だから余計に、平然としたふりをする。
「あのね」
亜紀は話すかどうしようかすごく迷ってるみたいだった。だから、私が促した。
「佑樹のこと?」
「……そう」
亜紀は目を伏せた。
きっと良くないこと。すごく良くないこと。不安で胸が押し潰されそうになる。もう佑樹のことで苦しむのはいやだ。それでも私は尋ねるしかできない。
「どんなこと?」
「う、ん。あのね……」
亜紀の目が泳ぐ。
「驚かないで聞いて」
宙をさ迷った亜紀の視線が、テーブルの上の本に止まる。
「佑樹の元カノのこと?」
亜紀はハッとしたように顔をあげ、気まずそうに口元をゆがめた。悪い予感はすぐにあたるみたい。
「元カノ、七緒静華だよ」
私から言ってあげる。亜紀まで苦しむ必要はない。
亜紀は小さくうなずいた。私が何もかも知ってるとわかったみたい。だけど、彼女は私の知らなかったことを口にした。それを言うために今日はここへ来たのだろう。どれほどの勇気がいったかと思うと、胸はしめつけられる。
「結衣、七緒静華……生きてるよ」
「え」
その言葉を聞いた瞬間、足元が揺れた気がした。それほどの衝撃だった。
たぶん私は心のどこかで、少しだけ期待してたんだと思う。
佑樹がいくら元カノを忘れられなくても、奪われることはないんだって安気にしてたんだと思う。だからきっと、いつか佑樹が私だけを見てくれるって期待してたんだと思う。
「ほんと?」
「うん。この目で見たから間違いないよ」
亜紀の表情は真剣な上、あわれみが浮かんでいた。
佑樹とは、本当に終わったんだ……。
私はその表情で、すべてを悟った。
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