何万回囁いても

水城ひさぎ

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転勤

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「転勤……?」

 私はひどく驚いた。大事な話があるというから、きっと静香さんのことだろうと思っていた。

「うん……、もうわかってたことだったんだけど、なかなか言い出せなくて、ごめん」

 佑樹は申し訳なさそうに謝る。言えなくさせていたのは私だろう。謝らなくてもいいのにと思う。

「いつから?」
「来月から」
「……すぐだね」
「ああ」

 佑樹はしばらく沈黙する。まだ何か言いたそうにしてる。別れ話をしたいのだろうか。

「遠いところ?」

 そんな気がして尋ねると、佑樹はうなだれるようにうなずいた。

「……そう」

 静香さんには話したんだろうか。

 とても聞けないけど、話したとしたら、静香さんはついていくというだろう。

 やっぱり別れ話だ。
 いつかはそんな日が来ると知ってて寄りを戻したのに、まだ傷つく私はいる。

「結衣……」

 佑樹を見上げて、しばらく見つめ合う。
 何か言おうとしているのに、佑樹は迷いを見せる。だから私が先に口を開く。

「身体に気を付けてね。もうあんまり会えないと思うけど……」
「え……」

 佑樹は絶句した。

「話してくれてありがとう」

 そう言うと、佑樹はハッとする。私の両腕をつかみ、焦ったように目を合わせてくる。

「今の、どういう意味?」
「だって、遠いんでしょう?」
「そうだよ。でも会えない距離じゃないし、それに……」
「無理しなくていいよ」
「無理じゃないよっ」

 佑樹の手にこめられる力が強くて、腕が痛む。耐えかねて顔をしかめると、彼はあわてて手の力を抜いた。

「ごめん……」
「ううん」
「痛かった?」

 いたわるように私の腕を優しくさする佑樹は、ため息をつく。

「ほんとはさ、結衣」

 目線を合わせようとかがみこむ佑樹の瞳は悲しげで、私はいいのにと思う。

「気にしなくていいよ、佑樹」

 佑樹が言うより先に私が言うから、彼はさらに眉をひそめる。

「俺たち、元通りなんだよな?」
「そうだよ」
「じゃあ、そんなこと言わないで、結衣」
「そんなこと?」

 尋ねる私から目を放さず、佑樹はうなずく。

「一緒に……、一緒についてきてほしいんだ」
「え……」
「一緒に来て。一緒に暮らそう」

 佑樹は目をそらしてくれなくて、戸惑いに揺れる私の瞳を見てる。

 そんなの無理だよ。
 静香さんはどうするの?
 私も静香さんも手放せないの……?
 そんなのひどいよ。残酷だよ。

「転勤のこと、誰かに話したの?」

 静香さんは知らないことかもしれない。そう思って尋ねると、佑樹はゆっくり首を横に振った。

「雅也しか知らない。だけど、結衣に話してから全部決めようって思ってたから……」

 そういうことなんだって、ようやく言葉を飲み込む。私の出方で、静香さんを連れていくか決めるんだ。

「私は……」

 私は目を伏せて、つぶやく。

「私は一緒にいけないよ、佑樹」
「な、んで……」

 その後の佑樹の様子は見ていられなかった。

 私の腕をゆさぶり、
 どうしてっ
 どうしてだよっ
 って何度も叫んだ。

 私は何も言えなくて、悲しみに満ちた目で私を見つめる佑樹をぼんやりと見てた。

 本当に悲しいときは涙も出ない。

 私だって一緒に行きたいよ。
 会社のこととか、家族のこととか、そんなことどうだって良くなるぐらい佑樹が好きだから、一緒に行きたいっていいたいよ。
 でもそんなの無理。静香さんが帰ってきたら、私はいらないでしょ。

 不要になった私は、どう生きていけばいいの?

 ねぇ、佑樹。
 私を見て。
 私だけを見て。

 私の願いはそれだけなんだよ、佑樹。
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