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君の世界は森で華やぐ 〜2〜
海のギャラリー 3
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「見ていいの?」
彼の背中に声をかけるけど、返事はない。ダメだったら、最初から絵画の場所を明かさないだろう。
無言は肯定だから、空さんと一緒に彼を追った。
海の虹は、廊下の突き当たりの部屋にあるようだった。部屋には、箱に入れられた絵画が、立てられた状態で、大小さまざま、ところ狭しと並んでいる。ひと部屋を倉庫として使ってるみたい。
「これだよ」
たくさんある箱の中から、彼はすぐさま、海の虹を選び取った。箱には80号と書かれている。思ったより、大型の絵画のよう。
寛人さんを手伝って、箱のふたを開けると、絵画が現れる。
「きれい」
思わず、感嘆の声が漏れた。
淡い色彩の、柔らかな虹が海に大きくかかっている。海の風景には見覚えがあった。大和屋から望める海だろう。
「これっ、この作品ですっ」
空さんは目をキラキラさせて、絵画の前へひざをつく。
「本当に素晴らしいです。またこの絵画を観られる日が来るなんてっ。私、春宮先生の描く世界が大好きなんです」
彼女は急に立ち上がり、寛人さんにグイグイ詰め寄る。
「はじめまして。私、朝野空と言いますっ。春宮先生の絵画をぜひ、ギャラリーで扱わせてください。お願いしますっ」
彼は涼やかに彼女を見ている。迷惑がってるようではない。もちろん、自身の作品を褒められてうれしくないはずはないのだけど。
なんだか、複雑だ。寛人さんの関心が、私以外の女性に向いてるのを見るのは、心がざわつく。
私って、ずいぶん嫉妬深いみたい。
海の虹へ視線を移す。飾らずに保管しておくなんて、もったいないぐらいに美しい絵画だ。空さんはギャラリーに置きたいというけど、どうするのだろう。
しばらく待ってみたけれど、寛人さんが返事をする様子はない。空さんはあまり空気を読まないタイプなのか、笑顔のまま、彼をじっと見上げている。
私が何か言わなければ、ずっとこの状態が続くんじゃないかと思って、口を開く。
「ギャラリーって、どこにあるの?」
そう尋ねると、空さんは申し遅れましたとばかりに、トートバッグからパンフレットを取り出した。
「ギャラリー・シエル?」
パンフレットには、シンプルモダンなギャラリーの写真と『シエル』という店名が載っている。
「はい。夏に、白森駅近くに移転オープンする予定です」
「駅近くって、もしかして、ボワの隣?」
ゴールデンウィークが開け、自宅に一度帰宅した私が、再度、白森駅を訪れた一週間後、ボワに隣接した土地に工事車両が入っていたのは知っていた。
「はいっ。店主の小野寺天秀が白森出身で、いつかこの土地でギャラリーをと考えていたそうなんです」
「そうなの。どんな雰囲気なのか見てみたかったけど、まだ店舗は工事中よね?」
「残念ながら、そうなんです。でも、小野寺さんは、それはもう大変、愛情深く、大切に作品を扱われる方なのでご安心ください」
「ええ、そうね。って……、ええーっと、今はお返事できないわ。今日のところはお引き取りくださるかしら?」
寛人さんの作品は、私が管理してるわけではないけれど、と思いつつ、すでに興味を失ったように絵画にふたをする彼に代わって言う。
「わかりました。また寄らせてもらいます」
そう言い置いて、空さんは帰っていった。
情熱的でしつこそうな彼女のことだから、本当にまた来るだろう。
「ねぇ、寛人さん。ギャラリーに作品を置かせてもらえるなんて、ありがたいお話よね。どうするの?」
「ゆかりちゃん、海に行こうよ。海の虹を書いた場所、見せてあげるよ」
「え……」
拍子抜けする。ギャラリーなんて、全然興味ないみたい。だったらどうして、海の虹を空さんに見せたのだろう。
そう考えて、ちょっとほおが赤らんだ。違う。私が見たいと言ったから、寛人さんは見せてくれたのだ。そう、うぬぼれた。
「手つないで散歩するなんて、嫌かな?」
寛人さんも少しはにかむ。
あいかわらずのマイペースさに戸惑いながらも、手を伸ばしてくる彼と指をつないだ。
「嫌なわけ、ないわ」
彼の背中に声をかけるけど、返事はない。ダメだったら、最初から絵画の場所を明かさないだろう。
無言は肯定だから、空さんと一緒に彼を追った。
海の虹は、廊下の突き当たりの部屋にあるようだった。部屋には、箱に入れられた絵画が、立てられた状態で、大小さまざま、ところ狭しと並んでいる。ひと部屋を倉庫として使ってるみたい。
「これだよ」
たくさんある箱の中から、彼はすぐさま、海の虹を選び取った。箱には80号と書かれている。思ったより、大型の絵画のよう。
寛人さんを手伝って、箱のふたを開けると、絵画が現れる。
「きれい」
思わず、感嘆の声が漏れた。
淡い色彩の、柔らかな虹が海に大きくかかっている。海の風景には見覚えがあった。大和屋から望める海だろう。
「これっ、この作品ですっ」
空さんは目をキラキラさせて、絵画の前へひざをつく。
「本当に素晴らしいです。またこの絵画を観られる日が来るなんてっ。私、春宮先生の描く世界が大好きなんです」
彼女は急に立ち上がり、寛人さんにグイグイ詰め寄る。
「はじめまして。私、朝野空と言いますっ。春宮先生の絵画をぜひ、ギャラリーで扱わせてください。お願いしますっ」
彼は涼やかに彼女を見ている。迷惑がってるようではない。もちろん、自身の作品を褒められてうれしくないはずはないのだけど。
なんだか、複雑だ。寛人さんの関心が、私以外の女性に向いてるのを見るのは、心がざわつく。
私って、ずいぶん嫉妬深いみたい。
海の虹へ視線を移す。飾らずに保管しておくなんて、もったいないぐらいに美しい絵画だ。空さんはギャラリーに置きたいというけど、どうするのだろう。
しばらく待ってみたけれど、寛人さんが返事をする様子はない。空さんはあまり空気を読まないタイプなのか、笑顔のまま、彼をじっと見上げている。
私が何か言わなければ、ずっとこの状態が続くんじゃないかと思って、口を開く。
「ギャラリーって、どこにあるの?」
そう尋ねると、空さんは申し遅れましたとばかりに、トートバッグからパンフレットを取り出した。
「ギャラリー・シエル?」
パンフレットには、シンプルモダンなギャラリーの写真と『シエル』という店名が載っている。
「はい。夏に、白森駅近くに移転オープンする予定です」
「駅近くって、もしかして、ボワの隣?」
ゴールデンウィークが開け、自宅に一度帰宅した私が、再度、白森駅を訪れた一週間後、ボワに隣接した土地に工事車両が入っていたのは知っていた。
「はいっ。店主の小野寺天秀が白森出身で、いつかこの土地でギャラリーをと考えていたそうなんです」
「そうなの。どんな雰囲気なのか見てみたかったけど、まだ店舗は工事中よね?」
「残念ながら、そうなんです。でも、小野寺さんは、それはもう大変、愛情深く、大切に作品を扱われる方なのでご安心ください」
「ええ、そうね。って……、ええーっと、今はお返事できないわ。今日のところはお引き取りくださるかしら?」
寛人さんの作品は、私が管理してるわけではないけれど、と思いつつ、すでに興味を失ったように絵画にふたをする彼に代わって言う。
「わかりました。また寄らせてもらいます」
そう言い置いて、空さんは帰っていった。
情熱的でしつこそうな彼女のことだから、本当にまた来るだろう。
「ねぇ、寛人さん。ギャラリーに作品を置かせてもらえるなんて、ありがたいお話よね。どうするの?」
「ゆかりちゃん、海に行こうよ。海の虹を書いた場所、見せてあげるよ」
「え……」
拍子抜けする。ギャラリーなんて、全然興味ないみたい。だったらどうして、海の虹を空さんに見せたのだろう。
そう考えて、ちょっとほおが赤らんだ。違う。私が見たいと言ったから、寛人さんは見せてくれたのだ。そう、うぬぼれた。
「手つないで散歩するなんて、嫌かな?」
寛人さんも少しはにかむ。
あいかわらずのマイペースさに戸惑いながらも、手を伸ばしてくる彼と指をつないだ。
「嫌なわけ、ないわ」
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