記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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君を守りたくて

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「……すみません、なんか」

 拓海は小さく頭を下げると、ジントニックを口もとに引き寄せた。しかし、急にグラスをカウンターテーブルに戻すと立ち上がる。

「光莉、帰ろう」
「えっ?」
「ごめん。帰りたい」

 この場から逃げ出したいような顔で言われたら、うなずくしかない。

 財布から代金を取り出す拓海を心配そうに見つめる千華に、「チーズケーキは、また今度」と光莉は言うと、さっさと店を出ていってしまう彼の背中をあわてて追いかけた。

「なんか、情けない話、聞かれちゃったな」

 シオンの階段を降り切るとすぐ、拓海はそうつぶやいた。

「どうして? 基哉さんはああ言ってたけど、彼女さんは拓海と連絡取れなくなって困ってるかもしれないよ」

 そう励ましてみるものの、光莉の内心は複雑だった。

 理乃の新しい恋人は拓海かもしれない。その疑いを裏付ける話を基哉から聞かされたんじゃないかと思って、動揺している。

「実はさ、光莉……」

 深刻そうに口を開いた拓海の目が、光莉の背後に移る。そのままじっと何かを見つめているような目をするから、気になって振り返ると、電信柱の奥から一人の女の人が現れた。端山署の前山だった。

「月島さん、奇遇ですね。シオンの帰りですか?」

 前山は早足でやってくると、雑居ビルの2階に目を向ける。

 雑居ビルのほかの階にも店は入っている。控えめなネオンが光っているのはシオンだけだったが、ビルから出てくるところを彼女は見ていたのだろう。

 光莉は電信柱へ視線を移す。一本道にある電信柱は雑居ビルに寄り添うように立っている。なぜ、前山はそこにいたのだろう。偶然を装っているが、自分たちを見張っていたのではないだろうか。

 光莉は前山の表情を注視する。ショートカットの利発な女性だが、あまり表情は豊かではない。人なつこい笑みを浮かべて頭を下げる拓海の方が、ずいぶんとわかりやすい人の良さが表情に出ている。彼は疑念を抱かない素直な性格なのだろう。心配になるが、決して悪い気がしないのは、彼の純粋さに魅力を感じているからだ。

「前山さんはまだお仕事中ですか?」

 拓海が尋ねる。

「帰宅中です」
「ご自宅、近いんでしたっけ?」
「いつもこの川沿いを歩いて帰るんですよ」
「それって、もしかして……?」

 川沿いを北に向かって歩き出す前山の後ろを、拓海があわてて追いかける。帰り道は逆方向だが、光莉も黙ってついていく。

「はい。月島さんの件を通報した女性が、どうしても気になって仕方ないので」

 拓海の事故に不審な点を感じてるんだろうか。そう思ったのは、光莉だけでなく、拓海も同じようだった。

「気になるって?」
「ひとつ、引っかかってるんですよ」
「それらしい女性の目星はまだ?」
「はい、残念ながら」
「そっか。名乗り出てくれるとスッキリするんですけどね」
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