記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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禁じられた恋

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 拓海と並んでロビーのソファーに座っていると、エレベーターから降りてきたナース服の女の人が駆け寄ってきて、小さく頭を下げた。

「お待たせしました、新田です。あなた方が真中先生の……?」
「友人の月島です。彼女は本田と言います。お仕事中に申し訳ございません」

 戸惑うような看護師の新田に拓海が名乗るが、彼女はやはり、警戒心を解く様子のない表情を浮かべている。

「佐伯千華のことで聞きたいことがあるとか?」

 探るように聞いてくる。

「俺、シオンの常連客で、基哉さんと千華さんにはすごくお世話になってるんです」

 人好きのする笑みを浮かべて拓海が言うと、新田の態度が和らぐ。

「基哉さんもご存知なんですか」
「今は面倒見てくれる知り合いが基哉さんたちぐらいしかいない状況って感じで……」

 照れくさそうに後ろ頭をなでる彼の言動が狙ったものかどうかわからないが、初対面の相手に打ち解ける速さに光莉は感心する。悪い人ではない。単純にそう思ったのだろう。新田はすっかり最初に見せた警戒心をなくしている。

「どういう?」
「実は俺……、お恥ずかしい話なんですが、川から転落して、ある時からの記憶がないんです。だから、真中のこともよく覚えてなくて」
「そうだったんですか。真中先生のことも。失礼ですが、川から転落って?」
「そのときは酒の失敗だと思ってたんですけどね、今はちょっと疑問があって」

 そう答えたときには、拓海の目は鋭く新田を射抜いていた。ただの世間話を受け入れるように聞いていた彼女も、これは深刻な話なのだと受け止めたようだ。

「疑問って、……突き落とされたとか?」
「その可能性も考えてるんですよ。それで、千華さんが前にケガをされたって聞いて、そのときの状況を少しでも知りたいと思ってるんです」
「どうして、千華のケガが気になるんですか?」
「最近、あまりにも俺たちの身近で事件が起きているので無関係とも思えないんです」
「事件……」
「はい。俺の知り合いが事件に巻き込まれました。犯人はまだ捕まってません」
「千華もその犯人に何かされたのかもしれないってお考えですか?」
「そこまでは。しかし、千華さんも警察に相談した方がいいようなケガをしてたんですよね?」

 拓海が確かめるように言うと、新田は小さなため息をついて、中庭で話しませんか? と歩き出す。

「千華と私は小学校からの同級生なんです」

 ロビーを抜けた先にある中庭に踏み込むと、新田はぽつりとそう言う。

 散歩する入院患者の姿がちらほらと見える、一面芝生ののどかな空間が広がっている。周囲に合わせるように、歩みを止めることなく光莉たちはゆっくりと進む。

「そんなに長いお付き合いなんですね。友人というより、親友みたいなご関係ですか?」

 光莉が尋ねると、新田はそっと笑む。

「私は親友だって思ってますけど、千華はどうかな。いつでも相談に乗ってあげたいって思ってるけど、なかなか力になってあげられなくて」

 親身に接しても、千華は心を閉ざしてる。そう言わないばかりに、彼女はさみしそうな目をしている。もしかしたら、という疑問が湧いて、光莉はさらに尋ねる。

「今でも千華さんのケガのこと、新田さんは不審に思ってるんですか?」

 ただ千華が何も言わないから、警察にも相談できずにいるだけ。真中に問われても、大丈夫だと答えたのは、わからない、の裏返しで。

「千華……、足を滑らせて階段から落ちたって言ったんです。頭を打ったみたいだからって、基哉さんが心配して病院に連れてきたんですけど、千華は大げさだってずっと言ってて」
「階段って?」
「ビルの階段です。シオンの閉店準備中に足を滑らせたって」
「確かにあのビル、古いから階段は狭いし歩きにくいよな」

 拓海がそう言う。

「そうなんですよね。それだけなら、私だって疑問に思いません。だけど……」
「だけど?」
「千華の腕に、引っかき傷があったんです。彼女は虫にさされて引っかいただけって言ってたけど、そんな傷には見えませんでした。誰かに強く腕をつかまれて爪が食い込んだような、そんな傷でした」

 新田は一気に吐き出すと、そのままため息をつく。誰にも言えずにいた疑問をようやく告白できたというような安堵と、話してよかったのかと後悔するような複雑さが絡む表情をしている。

「その傷について、尋ねられたんですか?」
「もちろんです。基哉さんがいるから話せないのかもしれないって思って、ふたりきりになった時に聞きました」
「千華さんはなんて?」
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