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まわり始める運命の時計
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なぜだか真咲さんは満足そうにうなずくと、おみそ汁を美味しそうに飲む。
「お兄ちゃん……みたい……」
「え?」
「古谷さんはお兄ちゃんみたいなのかもしれません。だから違和感がないのかも……」
「俺と遼は似ても似つかない性格でしたよ。複雑ですね」
「あ……、ごめんなさい。失礼ですよね。いきなりお兄ちゃんみたいなんて言ったりしたら」
真咲さんが少し傷ついた目をするから、私は落ち着きを失いながら、兄の写真を胸にあてる。そうするだけで冷静になれる気がする。兄が側にいてくれる。そう思えて。
「写真、大事に持っていてくれてますね」
「あ、……はい」
一晩中、兄の遼を見ていた。兄がずっと側にいてくれた過去に戻りたい。そう思っていたから、もう戻れないんだと現実を突きつけられるような夢を見た。
時間は戻ってなくて、やり直す機会は与えられなかった。
「写真立てはありますか?」
「写真立て? ……どう、かな。捨てたかもしれない」
以前は大切な人との写真を部屋に飾っていた。でももう不要になったから捨てた。それを彼に正直に話す理由は私にはなかった。
「では買いに行きませんか? 今日は予定もないので一日大丈夫ですから」
真咲さんは思わぬ提案をする。驚いて彼を見上げるが、ただ穏やかに静かに微笑んで私の返事を待つから、私は何も言えないまま、小さくうなずいた。
部屋へ戻るとすぐにドレッサーの前へ腰を下ろした。鏡にかけられたレースを外す。
鏡の中の自分と向き合うのはいつぶりだろう。頬に手を当てて、スーッと指を滑らせる。カサカサとする肌、とがったあご。ずいぶんと痩せた。下げた手に視線を落とす。手首もガリガリだ。
化粧もしてなくて、はねた髪のまま……。こんな姿で真咲さんと向き合っていたのだと気づいたら悲しくなる。
私は真咲さんの前で一人の女性ではないのだ。気にかかる患者予備軍でしかない。それをまざまざと思い知らされる容姿に虚しくなる。
「行くの……、やめようかな……」
なぜ行くだなんてうなずいたのだろうと後悔し始める。
ため息を吐き出すと、ミカドがひざの上に飛び乗ってくる。背を撫でれば、私の頬に鼻を寄せてくる。
「私……、変なの。会ったばかりの古谷さんと出かけようと思うなんて……」
ミカドはそのまま私をなでるように頬をすり寄せてくる。まるでなぐさめてくれているみたい。
「ミカドも一緒に行けたらいいのに……」
そうつぶやいたら、急に現実味を帯びて、私はそっと彼を抱きしめる。
「ミカドも行く?」
尋ねたら、ミカドは体をくねらせると私の腕をすり抜ける。行きたくないだろうかと思っていると、彼はしっぽをピンと立てたまま、ベッド下にあるペットキャリーの前で足を止めると、ゆっくりとしっぽを振った。
「ミカドも行きたいの? じゃあ、すぐに用意する」
クローゼットを開き、お気に入りのブラックのワンピースを手に取る。ベロア素材が上品で、えり元と裾にレースがあしらわれた清楚なデザインのワンピース。
久しぶりに袖を通す。少しだけサイズ感が大きくなってしまっているが、気になるほどではない。細い足を隠すように白のタイツを履き、長く着ていないコートを取り出し、ハッとする。
クローゼットの中にずっと仕舞われていたからか、匂いがする。仕方なくコートはあきらめ、ドレッサーの前に戻り、髪を梳く。
さっきまで感じていた心が浮き立つような感覚が幻だったかのように消えていく。
化粧ノリの良くない肌に無理にファンデーションを乗せ、青白い頬にチークして、お気に入りだったピンクのルージュをひく。
髪をリボンでゆるくひとまとめにして、小さなショルダーバッグを肩にかける。
「行こう……、ミカド」
力なくそう言うと、ミカドは自らキャリーの中に入る。顔だけ出して、私をじっと見つめる彼の瞳におかしくなる。
「変じゃない?」
そう聞いてみてもミカドが答えるはずはない。
私はキャリーを持ち上げて部屋を出る。すると、奥の部屋のドアも同時に開き、身支度を整えた真咲さんも姿を見せる。
彼はグレイのコートに、ブラウンのマフラーを巻いている。私に気づくと足早にやってきて、ミカドを連れているからか、少々驚いたように私を眺める。
「すみません……、ミカドも連れていきたくて……」
「あ、いや、それはかまいませんよ」
真咲さんはそう言うが、私を眺めるのをやめない。何かおかしいのだろう。いや、おかしいところばかりだ。
一緒に歩くのも嫌かもしれない、なんて不安になりながらうつむくと、彼は言う。
「悠紀さん、コートは?」
「久しぶりの外出だから、コートはなくて。でも大丈夫です。寒いのは苦手じゃないから……」
「風邪ひきますよ。今日は風が強いですから」
そう言って、真咲さんは首に巻いていたマフラーをはずす。
「コートとマフラーをまず買いに行きましょう。それまで使ってください」
「え……」
彼を見上げると同時に、首にふわりとマフラーがかけられる。わずかに香水の匂いがした。真咲さんの香りだと気づくと、複雑に恥ずかしくなる。さらに彼はおもむろにコートを脱ぎ、私の肩にかけてくれる。
「駐車場は商店街の端に借りているので、そこまで着ていてください。俺も寒さには強いので心配なく」
「でも……」
そう言いかけるが、彼は聞く耳も持たず、かがんでキャリーを覗く。
「ミカドくんは悠紀さんじゃないと怒るでしょうね」
「あ、……ミカドは私が持ちますから」
「そうですね。ずいぶん警戒してますね」
真咲さんは楽しげにふふっと笑うと、私の背に軽く手を添えて歩き出した。
「お兄ちゃん……みたい……」
「え?」
「古谷さんはお兄ちゃんみたいなのかもしれません。だから違和感がないのかも……」
「俺と遼は似ても似つかない性格でしたよ。複雑ですね」
「あ……、ごめんなさい。失礼ですよね。いきなりお兄ちゃんみたいなんて言ったりしたら」
真咲さんが少し傷ついた目をするから、私は落ち着きを失いながら、兄の写真を胸にあてる。そうするだけで冷静になれる気がする。兄が側にいてくれる。そう思えて。
「写真、大事に持っていてくれてますね」
「あ、……はい」
一晩中、兄の遼を見ていた。兄がずっと側にいてくれた過去に戻りたい。そう思っていたから、もう戻れないんだと現実を突きつけられるような夢を見た。
時間は戻ってなくて、やり直す機会は与えられなかった。
「写真立てはありますか?」
「写真立て? ……どう、かな。捨てたかもしれない」
以前は大切な人との写真を部屋に飾っていた。でももう不要になったから捨てた。それを彼に正直に話す理由は私にはなかった。
「では買いに行きませんか? 今日は予定もないので一日大丈夫ですから」
真咲さんは思わぬ提案をする。驚いて彼を見上げるが、ただ穏やかに静かに微笑んで私の返事を待つから、私は何も言えないまま、小さくうなずいた。
部屋へ戻るとすぐにドレッサーの前へ腰を下ろした。鏡にかけられたレースを外す。
鏡の中の自分と向き合うのはいつぶりだろう。頬に手を当てて、スーッと指を滑らせる。カサカサとする肌、とがったあご。ずいぶんと痩せた。下げた手に視線を落とす。手首もガリガリだ。
化粧もしてなくて、はねた髪のまま……。こんな姿で真咲さんと向き合っていたのだと気づいたら悲しくなる。
私は真咲さんの前で一人の女性ではないのだ。気にかかる患者予備軍でしかない。それをまざまざと思い知らされる容姿に虚しくなる。
「行くの……、やめようかな……」
なぜ行くだなんてうなずいたのだろうと後悔し始める。
ため息を吐き出すと、ミカドがひざの上に飛び乗ってくる。背を撫でれば、私の頬に鼻を寄せてくる。
「私……、変なの。会ったばかりの古谷さんと出かけようと思うなんて……」
ミカドはそのまま私をなでるように頬をすり寄せてくる。まるでなぐさめてくれているみたい。
「ミカドも一緒に行けたらいいのに……」
そうつぶやいたら、急に現実味を帯びて、私はそっと彼を抱きしめる。
「ミカドも行く?」
尋ねたら、ミカドは体をくねらせると私の腕をすり抜ける。行きたくないだろうかと思っていると、彼はしっぽをピンと立てたまま、ベッド下にあるペットキャリーの前で足を止めると、ゆっくりとしっぽを振った。
「ミカドも行きたいの? じゃあ、すぐに用意する」
クローゼットを開き、お気に入りのブラックのワンピースを手に取る。ベロア素材が上品で、えり元と裾にレースがあしらわれた清楚なデザインのワンピース。
久しぶりに袖を通す。少しだけサイズ感が大きくなってしまっているが、気になるほどではない。細い足を隠すように白のタイツを履き、長く着ていないコートを取り出し、ハッとする。
クローゼットの中にずっと仕舞われていたからか、匂いがする。仕方なくコートはあきらめ、ドレッサーの前に戻り、髪を梳く。
さっきまで感じていた心が浮き立つような感覚が幻だったかのように消えていく。
化粧ノリの良くない肌に無理にファンデーションを乗せ、青白い頬にチークして、お気に入りだったピンクのルージュをひく。
髪をリボンでゆるくひとまとめにして、小さなショルダーバッグを肩にかける。
「行こう……、ミカド」
力なくそう言うと、ミカドは自らキャリーの中に入る。顔だけ出して、私をじっと見つめる彼の瞳におかしくなる。
「変じゃない?」
そう聞いてみてもミカドが答えるはずはない。
私はキャリーを持ち上げて部屋を出る。すると、奥の部屋のドアも同時に開き、身支度を整えた真咲さんも姿を見せる。
彼はグレイのコートに、ブラウンのマフラーを巻いている。私に気づくと足早にやってきて、ミカドを連れているからか、少々驚いたように私を眺める。
「すみません……、ミカドも連れていきたくて……」
「あ、いや、それはかまいませんよ」
真咲さんはそう言うが、私を眺めるのをやめない。何かおかしいのだろう。いや、おかしいところばかりだ。
一緒に歩くのも嫌かもしれない、なんて不安になりながらうつむくと、彼は言う。
「悠紀さん、コートは?」
「久しぶりの外出だから、コートはなくて。でも大丈夫です。寒いのは苦手じゃないから……」
「風邪ひきますよ。今日は風が強いですから」
そう言って、真咲さんは首に巻いていたマフラーをはずす。
「コートとマフラーをまず買いに行きましょう。それまで使ってください」
「え……」
彼を見上げると同時に、首にふわりとマフラーがかけられる。わずかに香水の匂いがした。真咲さんの香りだと気づくと、複雑に恥ずかしくなる。さらに彼はおもむろにコートを脱ぎ、私の肩にかけてくれる。
「駐車場は商店街の端に借りているので、そこまで着ていてください。俺も寒さには強いので心配なく」
「でも……」
そう言いかけるが、彼は聞く耳も持たず、かがんでキャリーを覗く。
「ミカドくんは悠紀さんじゃないと怒るでしょうね」
「あ、……ミカドは私が持ちますから」
「そうですね。ずいぶん警戒してますね」
真咲さんは楽しげにふふっと笑うと、私の背に軽く手を添えて歩き出した。
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