非才の催眠術師

水城ひさぎ

文字の大きさ
46 / 56
救えなかった少女、救えたはずの少年

12

しおりを挟む



 ベッドに腰かけ、置き時計をぼんやりと眺める。ラインストーンがあしらわれたアンティーク調の置き時計は、去年の誕生日にもらったものだ。

 真咲さんは敬太が私のために用意したものだと言ったけれど本当だろうか。いまだに彼がなぜ敬太のことを知っているのかもよくわからないままだ。

「そんなことあるわけないよね……」

 敬太がまだ私を気にしてくれてるなんて幻想だろう。
 そして私はベッドで丸くなるミカドの背をなでる。アルファベットのIの文字が抜け落ちた首輪はそのままだ。

「そんなことあるわけないよね」

 もう一度つぶやく。リン君がミカドだなんて、それも幻想だ。

 何が本当で何が幻想かわからなくなっている。ただわかることは、私は今、この大きな古ビルでミカドと二人きりということだけだ。

 時計の針は20時をさしている。まだ真咲さんは帰らない。千秋と過ごしているのかもしれない。

 そう思った時、ギシッという音と同時にドアがノックされる音が部屋中に響いた。

「悠紀さん、いますか? 遅くなってすみません」

 その声に反応してミカドが起き上がる。私より先にドアへ駆けていき、私を振り返る。

「悠紀さん、夕食は済ませましたか? お弁当を買ってきたので、まだなら一緒に食べましょう」

 私は困惑しながらもドアに駆け寄る。

 真咲さんもまだ食事をしていないのだろうか。今まで千秋と一緒ではなかったのか。

 もう一度ノックされる。彼のため息が聞こえて、私はドアを開ける。

 申し訳なさげだけど、それでも少しばかり安堵と嬉しさをにじませた彼の複雑そうな表情を見たら、不安なまま待っていた時間を忘れてしまうほど嬉しい。

 私は真咲さんが好きだ。素直にそう思える。

「遅くなりました。着替えだけしてきますので待っていてください」

 わずかに微笑む彼からお弁当を受け取るが、ふと見せる彼の疲れ切った背中を放っておけずについていく。

 何を勘違いしたのか、真咲さんはふと振り返ると、私の元へ戻ってくる。

「外折さんが外出することは知りませんでした。さみしい思いをさせましたね」
「ママは益田さんと出かけたの。今日は帰らないかもしれなくて。古谷先生も……帰らないと思ってました」
「すみません、連絡もできず。ちょっと一人になりたかったものですから」
「一人に? 夢川さんと一緒ではなかったんですか?」
「彼女はひどく錯乱していたので家まで送りました。またクリニックへは来るでしょうが、気にする必要はありませんよ。彼女も自分なりに頑張っているのです。悠紀さんを傷つけたいわけではありません」
「錯乱? 何かあったの?」

 そう問うと、真咲さんは難しげに眉を寄せて目を伏せる。

「少し……、時間を下さい。まだ自分の中で整理できていないので」
「言いたくないようなことなら何も……」
「話さねばならないことだとは思っています。その前に確かめたいことも。……悠紀さんは何もありませんでしたか?」
「え、……その」
「あったのですね? 話して下さい」

 私は足元にたたずむミカドに目線を落とす。ミカドの前では話せない。以前から気になっていたことだ。まるで彼は私の言葉を理解しているみたいだと。

「悠紀さん、こちらへ」

 私の心の中を見透かしたみたいに、真咲さんは私を手招きする。導かれる先は彼の部屋だった。戸惑いながらも私は歩む。

 彼は部屋のドアを開けた。中を見たのは初めてのことだ。あまり生活感を感じさせない整然とした空間。いつでも引っ越せるように荷物を置いていない。そんな風にも思えて胸が痛んだ。

「ミカドくん、少し部屋で待っていてください」

 私の後ろをついてきたミカドに、真咲さんはさとすように言う。

 ミカドは抵抗するように部屋の中へ入ろうとしたが、真咲さんの優しい手によって阻まれ、目の前でドアは閉じた。

 シンと静まる部屋の中、彼は間接照明のライトのみつけて、脱いだ上着をハンガーにかける。

「それで、ミカドくんがどうかしましたか?」

 いきなり核心をつく質問をする。

「ミカドがっていうより、リン君が……」
「そうですか。彼も苦しい立場でしょう」

 まるで何か知っているみたいに真咲さんは言う。

 彼はいつも知っている。私の知らないことをなんでも。真実を隠すことで彼が得るものはないのに、それはきっと私のためだった。

「リン君がミカドの首輪をはめていたんです。抜け落ちたアルファベットの場所も同じで。そんな一致、普通はないと思って」
「リン君がミカドくんじゃないかと思った?」
「古谷先生は知ってたの?」
「柳さんの催眠術が眠れる彼の思いを呼び起こした。そんなこともあるかもしれない。俺はそう思っただけで、確証があるわけではありません」
「柳さんの催眠術って……、あのデパートの?」

 真咲さんはゆっくりとうなずく。

「あの時のミカドくんはひどくおびえていた。自分の身に起きた異変に驚いていたのかもしれない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

女性が少ない世界でVTuberやります!

dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉ なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。 ※恋愛大賞の投票ありがとうございました(o´∀`o)参加したみなさんお疲れ様です! 毎週火曜・金曜日に投稿予定 作者ブル

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

処理中です...