非才の催眠術師

水城ひさぎ

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救えなかった少女、救えたはずの少年

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 ベッドに腰かけ、置き時計をぼんやりと眺める。ラインストーンがあしらわれたアンティーク調の置き時計は、去年の誕生日にもらったものだ。

 真咲さんは敬太が私のために用意したものだと言ったけれど本当だろうか。いまだに彼がなぜ敬太のことを知っているのかもよくわからないままだ。

「そんなことあるわけないよね……」

 敬太がまだ私を気にしてくれてるなんて幻想だろう。
 そして私はベッドで丸くなるミカドの背をなでる。アルファベットのIの文字が抜け落ちた首輪はそのままだ。

「そんなことあるわけないよね」

 もう一度つぶやく。リン君がミカドだなんて、それも幻想だ。

 何が本当で何が幻想かわからなくなっている。ただわかることは、私は今、この大きな古ビルでミカドと二人きりということだけだ。

 時計の針は20時をさしている。まだ真咲さんは帰らない。千秋と過ごしているのかもしれない。

 そう思った時、ギシッという音と同時にドアがノックされる音が部屋中に響いた。

「悠紀さん、いますか? 遅くなってすみません」

 その声に反応してミカドが起き上がる。私より先にドアへ駆けていき、私を振り返る。

「悠紀さん、夕食は済ませましたか? お弁当を買ってきたので、まだなら一緒に食べましょう」

 私は困惑しながらもドアに駆け寄る。

 真咲さんもまだ食事をしていないのだろうか。今まで千秋と一緒ではなかったのか。

 もう一度ノックされる。彼のため息が聞こえて、私はドアを開ける。

 申し訳なさげだけど、それでも少しばかり安堵と嬉しさをにじませた彼の複雑そうな表情を見たら、不安なまま待っていた時間を忘れてしまうほど嬉しい。

 私は真咲さんが好きだ。素直にそう思える。

「遅くなりました。着替えだけしてきますので待っていてください」

 わずかに微笑む彼からお弁当を受け取るが、ふと見せる彼の疲れ切った背中を放っておけずについていく。

 何を勘違いしたのか、真咲さんはふと振り返ると、私の元へ戻ってくる。

「外折さんが外出することは知りませんでした。さみしい思いをさせましたね」
「ママは益田さんと出かけたの。今日は帰らないかもしれなくて。古谷先生も……帰らないと思ってました」
「すみません、連絡もできず。ちょっと一人になりたかったものですから」
「一人に? 夢川さんと一緒ではなかったんですか?」
「彼女はひどく錯乱していたので家まで送りました。またクリニックへは来るでしょうが、気にする必要はありませんよ。彼女も自分なりに頑張っているのです。悠紀さんを傷つけたいわけではありません」
「錯乱? 何かあったの?」

 そう問うと、真咲さんは難しげに眉を寄せて目を伏せる。

「少し……、時間を下さい。まだ自分の中で整理できていないので」
「言いたくないようなことなら何も……」
「話さねばならないことだとは思っています。その前に確かめたいことも。……悠紀さんは何もありませんでしたか?」
「え、……その」
「あったのですね? 話して下さい」

 私は足元にたたずむミカドに目線を落とす。ミカドの前では話せない。以前から気になっていたことだ。まるで彼は私の言葉を理解しているみたいだと。

「悠紀さん、こちらへ」

 私の心の中を見透かしたみたいに、真咲さんは私を手招きする。導かれる先は彼の部屋だった。戸惑いながらも私は歩む。

 彼は部屋のドアを開けた。中を見たのは初めてのことだ。あまり生活感を感じさせない整然とした空間。いつでも引っ越せるように荷物を置いていない。そんな風にも思えて胸が痛んだ。

「ミカドくん、少し部屋で待っていてください」

 私の後ろをついてきたミカドに、真咲さんはさとすように言う。

 ミカドは抵抗するように部屋の中へ入ろうとしたが、真咲さんの優しい手によって阻まれ、目の前でドアは閉じた。

 シンと静まる部屋の中、彼は間接照明のライトのみつけて、脱いだ上着をハンガーにかける。

「それで、ミカドくんがどうかしましたか?」

 いきなり核心をつく質問をする。

「ミカドがっていうより、リン君が……」
「そうですか。彼も苦しい立場でしょう」

 まるで何か知っているみたいに真咲さんは言う。

 彼はいつも知っている。私の知らないことをなんでも。真実を隠すことで彼が得るものはないのに、それはきっと私のためだった。

「リン君がミカドの首輪をはめていたんです。抜け落ちたアルファベットの場所も同じで。そんな一致、普通はないと思って」
「リン君がミカドくんじゃないかと思った?」
「古谷先生は知ってたの?」
「柳さんの催眠術が眠れる彼の思いを呼び起こした。そんなこともあるかもしれない。俺はそう思っただけで、確証があるわけではありません」
「柳さんの催眠術って……、あのデパートの?」

 真咲さんはゆっくりとうなずく。

「あの時のミカドくんはひどくおびえていた。自分の身に起きた異変に驚いていたのかもしれない」
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