摩天楼で敏腕社長と頼まれ婚

水城ひさぎ

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大富豪との出会いは、家電量販店で!?

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「やだ、何これ。角度調整0.5刻み? 最高速度20キロ。ベルトサイズは申し分ないし、連続使用60分か。高機能すぎー。あー、でも、軽く10万超えかぁ。やっぱり、RIKUZENリクゼンのルームランナーは高いなぁ」

 百貨店にしかショールームを持たない、高級フィットネス器具メーカーRIKUZENの展示会が、家電量販店であると聞いて駆けつけてみたものの、どれもこれも案の定、高級品。

 一介の看護師の私には、簡単には出せないお値段。あまたあるフィットネスマシンは、目の保養にしかならない。

「やっぱり、ジム通いするしかないかー」

 自宅で本格的なトレーニングに明け暮れたいのに、夢を叶える日は程遠い。

 小さな頃から身体を動かすのが大好きだった私は、あんまりジッとしてられない性格。だけど、めんどくさい人間関係は苦手だったりする。

 ジムはいくつか変えてみたけど、いまだにしっくり来ない。新規オープンのジムじゃないと、古参の客が大きな顔をしてるし、がっつり通えない私は肩身も狭い。

 最近は、自分でどこを鍛えてるか理解しながらトレーニングできてるし、ジム通いから抜け出したい欲がある。

「うーん。ヨガマットだけでも買おうかなぁ。1万円かぁ。高いなぁ。あー、でも、RIKUZENの商品、一つぐらい欲しいー」

 ぐるぐる展示場を回って、最終的に一番購入できそうな、ヨガマットの前に戻ってくる。

 ぶつぶつつぶやく私を、さっきからRIKUZENの社員証を下げた女性社員が見守ってくれてるけど、余計な声はかけてこない。

 ティーシャツにジーンズ、サンダル姿の私が、RIKUZENみたいな高級品を買うわけないって、足元見られてるんだろう。

「お嬢さん、お嬢さん」

 声が聞こえた気がして、ん? と、顔を上げる。

「お嬢さん」

 今度は確かに聞こえた。
 きょろきょろと辺りを見回す。私以外に、お嬢さんと呼ばれるような客は近くにいない。

 さっきまで側にいた女性社員も、品のいいご一行の方へ、接客に行ってしまっている。

「お嬢さん、後ろですよ」

 後ろ? と、ふしぎに思いながら振り返る。

 長椅子に座った男性が、杖に両手を乗せて、私に穏やかな視線を注いでいる。

「私?」

 人差し指で鼻先をさすと、彼はゆっくりうなずく。

 高級そうなスーツを着こなし、靴もピカピカに磨かれてる。70代後半? もう少し上かもしれない。金持ちの老紳士といった雰囲気を嫌味なくかもし出す、男性だ。

 家電量販店には似つかわしくないところを見ると、お目当てはRIKUZENの展示会だろう。家族と一緒に来てるのかもしれない。

「どうしました?」
「熱心に見てますね。良いものはありましたか?」
「えっ」

 唐突に尋ねられ、ちょっと驚いてしまうが、にこにこしながら返事を待つ老紳士には、何か言わなきゃと思わせる威圧感がある。

「あ、はい。もちろんです。RIKUZENって、フィットネス器具を扱う世界的にも有名な企業なんですよ。……あっ、ご存知だったかもしれないですけど。私の通ってるジムもRIKUZENの器具ばっかり扱ってて、すごく高性能なんです。何か買えるものがあればって見に来たんですけど、やっぱりお高くって」

 口を開いたら、聞かれてもないことまでべらべらしゃべってしまう。フィットネスのこととなると、すぐに熱くなっちゃう。

「なかなか買えませんか」
「お恥ずかしながら、私のおこづかいじゃ、全然」

 老紳士は、おっほほと楽しそうに笑う。それほど面白いこと言ったつもりはないけど。

「えっと、それだけですか……?」
「ええ。ずーっと眺めていたんですけどね、お嬢さんが一番、性能から何から、きちんとご覧になってる印象を受けたものですから」
「ずーっと、見てたんですか」
「老婆心を起こしたようで申し訳ないですがね」
「あ、いえいえ。よっぽど物珍しいものに見えたんだと思います」

 腕時計をちらっと確認する。もう、かれこれ2時間もここにいるみたい。店員さんもあきれて近づいてこないわけだ。

 それにしても、その間ずっと、この老紳士もここにいたわけだ。彼もなかなか酔狂なんだろう。

「何か買われますか?」
「ヨガマットをどうしようかと……」
「そのマットですか」

 老紳士は杖に体重を乗せて、ゆっくりと立ち上がる。

 見本品の紫のマットをじっくりと眺めて、一つうなずく。

「買ってあげましょう」
「えぇっ! いけませんよっ」
「なぜです?」
「そんな、見も知らずの方に買っていただけるようなものじゃないです。困りますから」
「こういうときは、素直に受け取るものですよ。私に恥をかかせてはいけない」

 そう言うと、老紳士は片手をあげる。
 離れた場所で接客していた女性社員は、ハッとして、すぐに駆けつけてくる。

 そのときだった。いきなり、老紳士の身体が、グッと前屈みになる。

「ハッ……」

 彼は短い息を吐き出した。どうしたのだろうとのぞき込んだ老紳士の横顔に、苦悶が浮かぶ。

「だいじょう……」

 声をかけた途端、老紳士は身を丸くして、床に手をついた。

 私は息を飲み、彼の背中に手を回す。

「大丈夫ですか? 胸が苦しいですか?」
「いえ……、このぐらいは……」
「救急車、呼びましょう!」

 老紳士の手を握る。弱々しくだが、握り返されるその手を握ったまま、女性社員を見上げる。

「救急車呼んでくださいっ! 私は看護師です。それと、毛布とAEDをっ」
「はっ、はいっ!」

 血相を変えて、女性社員は別の社員に向かって駆け出していく。

「お、お嬢さん……ここに知らせを……」
「動いたらダメです。横になって、ゆっくり深呼吸しましょう」

 ひざの上に、老紳士の頭を乗せる。次第に青ざめていく彼は、それでも、スーツの内ポケットから、震える手で名刺入れを取り出す。
 しかしそれは、私に届く前に床へ落ちた。

 すかさず拾い、名刺入れを開く。中には、一枚のメモ用紙が入っていた。名前と電話番号が書いてある。

園村そのむら 080×××……』

 ここに電話してほしいというのだろう。

 すぐにスマホを取り出し、電話番号を押す。2コールめで、相手は出てくれた。

「はい、園村です」

 落ち着いた青年の声が、私を冷静にする。職業柄、慣れているつもりだったけど、ずいぶん焦りを感じてたみたい。

木宮きのみやと言います。いま、お知り合いの男性が倒れられて、救急車を呼びました。できる限りの応急処置はしますが、すぐに来てください。その方が、園村さんを呼んでいます」

 電話の奥で、息を飲む音がした。

「会長……ですか」

 会長?

 ひざの上へ視線を落とす。胸をおさえる老紳士は、どこかの会長みたいだ。納得するに足る、身なりをしてるけれど。

「すぐに行きます」
「RIKUZENの展示場にいます」
「知っています」

 電話はそのまま切れた。

「救急車、呼びました!」

 AEDと毛布をかかえた女性社員がそう叫び、駆けつけてきた頃、遠くで救急車の音が聞こえた。
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