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大富豪との出会いは、家電量販店で!?
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園村さんに呼び出されたのは、翌週の水曜日だった。
この日私は、夜勤明けで、ようやく睡眠から目覚めたところだった。
何かお腹を満たすものを、と考えていた時だったから、お礼にレストランでごちそうしたいという申し出は渡りに船だった。
お礼というのはもちろん、RIKUZENの展示場で出会った、老紳士の応急処置に対するものだ。
老紳士は、念のため入院しているが、すっかり回復して、元気になったらしい。その報告も兼ねて、園村さんは連絡をくれたようだった。
園村さんに指定された、駅前にあるホテルのレストランへ到着した時には、夕方5時を過ぎていた。彼は先に来ていた。
気軽に入れるホテルだから、普段着にも使えるワンピースでやって来たが、彼は高級そうなスーツをビシッと決めていた。庶民的なホテル内では、どちらかというと、彼の方が浮いている。
「木宮沙月さんですね?」
園村さんは、私が席に着くと、改めてというように、私のフルネームを確認した。
「私は、こういうものです」
園村さんの差し出す名刺を、おずおずと両手で受け取る。
「善田工業株式会社の秘書さん?」
「園村芳久と申します。以後、お見知りおきください」
背筋を伸ばしたまま、きれいなお辞儀をする。その清廉な佇まい、美しい所作、一つ一つが、一枚の名刺で納得できてしまう。
善田工業といえば、世界にその名を轟かせる大企業である。社長の善田久博は、テレビや新聞でよく見るし、政財界へ大きな影響力を誇っている人物の一人だ。
その善田工業の秘書が、会長と呼んだ人物が、あの老紳士ということになる。
園村さんじゃないけど、私はちょっとだけ、背筋を伸ばす。実はとんでもない老紳士に関わってしまったんじゃないかと思ったのだ。
「木宮さんのお名前や勤務先は、携帯番号から調べさせていただきました。医療法人風雅会が運営する病院にご勤務されているようですね」
身元調査されたみたい。ほんの少し、眉をひそめてしまっただろうか。園村さんは、ああ、と小さな息を漏らした。
「善田がどうしても、もう一度木宮さんに会いたいというものですから、失礼ながら、お調べしました」
「あの方、善田工業の会長さん?」
「はい。善田惣一は、会長職に就いております。あの日はRIKUZENの展示会がありましたので、どうしても見に行きたいと。私が同行していたんですが、頼まれたものを買いに離れた時にあのような……。木宮さんの処置には本当に感謝しています」
園村さんは深々と頭を下げる。
「私は当然のことをしただけですから」
「いえ……、当然のこともできない私ですから。今までああいったことは一度もなかったですから、油断していました」
老紳士から離れたことを後悔してるみたいに、園村さんは頼りなく眉を下げる。
「ボディーガードじゃないんですから、仕方なかったんですよ」
善田会長はよほど気ままな人物なんだろう。園村さんを連れて、お忍びでたびたび出かけてるようだ。
強引な一面も持ってそうだったし、園村さんは振り回されてるんだろう。
「大変ですね」
心から出た同情に、園村さんはほんの少し人間らしい柔らかな苦笑いを見せる。
「そうでした。善田に頼まれまして、木宮さんにプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼント?」
「ヨガマットです。RIKUZENのヨガマットをいたく気に入っていらしたようですね」
「えっ! 覚えてたんですか」
園村さんは隣の椅子の上から、大きな長方形の箱を持ち上げる。上品にラッピングされたそれを、私の方へ運んでくれる。
「善田からのささやかな気持ちですから、遠慮なくお受け取りください。帰りは車で送ります」
少々重たい箱を両腕で受け取る。本当に、RIKUZENのヨガマットが私のものに? なんて思うと、気持ちが高揚する。
「ほんとに、もらっちゃっていいんですか?」
「ええ。よほどうれしかったんでしょう。RIKUZENは、善田の身内が運営する企業ですから。孫がかわいくてたまらないんですよ」
どうやら、RIKUZENは善田惣一の孫の会社らしい。
孫が運営する会社の好調を喜ぶ老紳士は、気まぐれで時折、若い女の子にRIKUZENの商品をプレゼントしているのだと、園村さんは言う。
何も私だけ特別なわけじゃないようだ。それなら、気兼ねなく受け取れるけれど。
「ああ、そういえば、RIKUZENの社長ってすごくお若いんですよね」
「はい。善田の孫、善田陸斗が28歳で立ち上げた会社です。この5年で急成長を遂げ、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いです」
「善田陸斗……、あっ、それでRIKUZEN?」
「そのようです。陸斗のリクと、善田のゼンを組み合わせています」
「はあー……」
感嘆のため息しか出ない。
善田惣一が善田工業の会長、その息子、久博は社長、そして孫の陸斗はRIKUZENの若き敏腕社長。豪華絢爛な一族って、ほんとにいるんだって、感心するばかり。
「ヨガマット、大切にしますね。善田さんにお礼を伝えてください」
「それはご自身で」
「でも、軽々しくお会いできる人じゃないですし」
もう二度と会うことはない。そう断言できるぐらい、縁のない雲の上の人だ。
「申し上げたでしょう? 善田は木宮さんをひどく気に入っています。ぜひとも、善田家の専属看護師として、神崎総合病院へお越しいただきたいのです」
「へっ……?」
変な声が出た。
とてつもなく大変なことを、さらっと言われた気がする。
「神崎総合病院って……、専属って……」
神崎総合病院と言ったら、セレブ御用達で有名な病院ではないか。善田家が利用してると聞いても、まったく驚かないクラスの大病院。
その病院で、専属看護師として働くって、意味がわからない。
「いろいろと調べさせていただきました。木宮さんは国立大学医学部看護科を優秀な成績でご卒業。経歴、そのお人柄ともに、申し分ございません。もちろん、専属とは言いますが、善田家に関わらない通常業務もしていただいてかまいません」
「つまり、善田家の人たちが病院にかかる時は、私が担当するってことですか?」
「はい。善田惣一を始め、ご子息の久博氏、その妻、夕美さま。久博氏のご長男、雅之氏。ご次男、陸斗氏。以上、5名の専属看護師になっていただきます」
園村さんは言い切る。なっていただけませんか? ではないのだ。私に選択肢などないのだろう。
「決して、悪くはないお話だと思いますが?」
それはそうだろう。神崎総合病院で働けるなんて、そんな光栄な話はない。
だけど、信じられない気持ちの方が強い。
「では、10月1日付で異動していただきます。善田もしばらく入院生活になりますので、早速お会いになるとよろしいでしょう」
こうして私は、働き慣れた病院を離れ、神崎総合病院へ異動することになった。
園村さんに呼び出されたのは、翌週の水曜日だった。
この日私は、夜勤明けで、ようやく睡眠から目覚めたところだった。
何かお腹を満たすものを、と考えていた時だったから、お礼にレストランでごちそうしたいという申し出は渡りに船だった。
お礼というのはもちろん、RIKUZENの展示場で出会った、老紳士の応急処置に対するものだ。
老紳士は、念のため入院しているが、すっかり回復して、元気になったらしい。その報告も兼ねて、園村さんは連絡をくれたようだった。
園村さんに指定された、駅前にあるホテルのレストランへ到着した時には、夕方5時を過ぎていた。彼は先に来ていた。
気軽に入れるホテルだから、普段着にも使えるワンピースでやって来たが、彼は高級そうなスーツをビシッと決めていた。庶民的なホテル内では、どちらかというと、彼の方が浮いている。
「木宮沙月さんですね?」
園村さんは、私が席に着くと、改めてというように、私のフルネームを確認した。
「私は、こういうものです」
園村さんの差し出す名刺を、おずおずと両手で受け取る。
「善田工業株式会社の秘書さん?」
「園村芳久と申します。以後、お見知りおきください」
背筋を伸ばしたまま、きれいなお辞儀をする。その清廉な佇まい、美しい所作、一つ一つが、一枚の名刺で納得できてしまう。
善田工業といえば、世界にその名を轟かせる大企業である。社長の善田久博は、テレビや新聞でよく見るし、政財界へ大きな影響力を誇っている人物の一人だ。
その善田工業の秘書が、会長と呼んだ人物が、あの老紳士ということになる。
園村さんじゃないけど、私はちょっとだけ、背筋を伸ばす。実はとんでもない老紳士に関わってしまったんじゃないかと思ったのだ。
「木宮さんのお名前や勤務先は、携帯番号から調べさせていただきました。医療法人風雅会が運営する病院にご勤務されているようですね」
身元調査されたみたい。ほんの少し、眉をひそめてしまっただろうか。園村さんは、ああ、と小さな息を漏らした。
「善田がどうしても、もう一度木宮さんに会いたいというものですから、失礼ながら、お調べしました」
「あの方、善田工業の会長さん?」
「はい。善田惣一は、会長職に就いております。あの日はRIKUZENの展示会がありましたので、どうしても見に行きたいと。私が同行していたんですが、頼まれたものを買いに離れた時にあのような……。木宮さんの処置には本当に感謝しています」
園村さんは深々と頭を下げる。
「私は当然のことをしただけですから」
「いえ……、当然のこともできない私ですから。今までああいったことは一度もなかったですから、油断していました」
老紳士から離れたことを後悔してるみたいに、園村さんは頼りなく眉を下げる。
「ボディーガードじゃないんですから、仕方なかったんですよ」
善田会長はよほど気ままな人物なんだろう。園村さんを連れて、お忍びでたびたび出かけてるようだ。
強引な一面も持ってそうだったし、園村さんは振り回されてるんだろう。
「大変ですね」
心から出た同情に、園村さんはほんの少し人間らしい柔らかな苦笑いを見せる。
「そうでした。善田に頼まれまして、木宮さんにプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼント?」
「ヨガマットです。RIKUZENのヨガマットをいたく気に入っていらしたようですね」
「えっ! 覚えてたんですか」
園村さんは隣の椅子の上から、大きな長方形の箱を持ち上げる。上品にラッピングされたそれを、私の方へ運んでくれる。
「善田からのささやかな気持ちですから、遠慮なくお受け取りください。帰りは車で送ります」
少々重たい箱を両腕で受け取る。本当に、RIKUZENのヨガマットが私のものに? なんて思うと、気持ちが高揚する。
「ほんとに、もらっちゃっていいんですか?」
「ええ。よほどうれしかったんでしょう。RIKUZENは、善田の身内が運営する企業ですから。孫がかわいくてたまらないんですよ」
どうやら、RIKUZENは善田惣一の孫の会社らしい。
孫が運営する会社の好調を喜ぶ老紳士は、気まぐれで時折、若い女の子にRIKUZENの商品をプレゼントしているのだと、園村さんは言う。
何も私だけ特別なわけじゃないようだ。それなら、気兼ねなく受け取れるけれど。
「ああ、そういえば、RIKUZENの社長ってすごくお若いんですよね」
「はい。善田の孫、善田陸斗が28歳で立ち上げた会社です。この5年で急成長を遂げ、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いです」
「善田陸斗……、あっ、それでRIKUZEN?」
「そのようです。陸斗のリクと、善田のゼンを組み合わせています」
「はあー……」
感嘆のため息しか出ない。
善田惣一が善田工業の会長、その息子、久博は社長、そして孫の陸斗はRIKUZENの若き敏腕社長。豪華絢爛な一族って、ほんとにいるんだって、感心するばかり。
「ヨガマット、大切にしますね。善田さんにお礼を伝えてください」
「それはご自身で」
「でも、軽々しくお会いできる人じゃないですし」
もう二度と会うことはない。そう断言できるぐらい、縁のない雲の上の人だ。
「申し上げたでしょう? 善田は木宮さんをひどく気に入っています。ぜひとも、善田家の専属看護師として、神崎総合病院へお越しいただきたいのです」
「へっ……?」
変な声が出た。
とてつもなく大変なことを、さらっと言われた気がする。
「神崎総合病院って……、専属って……」
神崎総合病院と言ったら、セレブ御用達で有名な病院ではないか。善田家が利用してると聞いても、まったく驚かないクラスの大病院。
その病院で、専属看護師として働くって、意味がわからない。
「いろいろと調べさせていただきました。木宮さんは国立大学医学部看護科を優秀な成績でご卒業。経歴、そのお人柄ともに、申し分ございません。もちろん、専属とは言いますが、善田家に関わらない通常業務もしていただいてかまいません」
「つまり、善田家の人たちが病院にかかる時は、私が担当するってことですか?」
「はい。善田惣一を始め、ご子息の久博氏、その妻、夕美さま。久博氏のご長男、雅之氏。ご次男、陸斗氏。以上、5名の専属看護師になっていただきます」
園村さんは言い切る。なっていただけませんか? ではないのだ。私に選択肢などないのだろう。
「決して、悪くはないお話だと思いますが?」
それはそうだろう。神崎総合病院で働けるなんて、そんな光栄な話はない。
だけど、信じられない気持ちの方が強い。
「では、10月1日付で異動していただきます。善田もしばらく入院生活になりますので、早速お会いになるとよろしいでしょう」
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