3 / 25
大富豪との出会いは、家電量販店で!?
3
しおりを挟む
*
園村さんに呼び出されたのは、翌週の水曜日だった。
この日私は、夜勤明けで、ようやく睡眠から目覚めたところだった。
何かお腹を満たすものを、と考えていた時だったから、お礼にレストランでごちそうしたいという申し出は渡りに船だった。
お礼というのはもちろん、RIKUZENの展示場で出会った、老紳士の応急処置に対するものだ。
老紳士は、念のため入院しているが、すっかり回復して、元気になったらしい。その報告も兼ねて、園村さんは連絡をくれたようだった。
園村さんに指定された、駅前にあるホテルのレストランへ到着した時には、夕方5時を過ぎていた。彼は先に来ていた。
気軽に入れるホテルだから、普段着にも使えるワンピースでやって来たが、彼は高級そうなスーツをビシッと決めていた。庶民的なホテル内では、どちらかというと、彼の方が浮いている。
「木宮沙月さんですね?」
園村さんは、私が席に着くと、改めてというように、私のフルネームを確認した。
「私は、こういうものです」
園村さんの差し出す名刺を、おずおずと両手で受け取る。
「善田工業株式会社の秘書さん?」
「園村芳久と申します。以後、お見知りおきください」
背筋を伸ばしたまま、きれいなお辞儀をする。その清廉な佇まい、美しい所作、一つ一つが、一枚の名刺で納得できてしまう。
善田工業といえば、世界にその名を轟かせる大企業である。社長の善田久博は、テレビや新聞でよく見るし、政財界へ大きな影響力を誇っている人物の一人だ。
その善田工業の秘書が、会長と呼んだ人物が、あの老紳士ということになる。
園村さんじゃないけど、私はちょっとだけ、背筋を伸ばす。実はとんでもない老紳士に関わってしまったんじゃないかと思ったのだ。
「木宮さんのお名前や勤務先は、携帯番号から調べさせていただきました。医療法人風雅会が運営する病院にご勤務されているようですね」
身元調査されたみたい。ほんの少し、眉をひそめてしまっただろうか。園村さんは、ああ、と小さな息を漏らした。
「善田がどうしても、もう一度木宮さんに会いたいというものですから、失礼ながら、お調べしました」
「あの方、善田工業の会長さん?」
「はい。善田惣一は、会長職に就いております。あの日はRIKUZENの展示会がありましたので、どうしても見に行きたいと。私が同行していたんですが、頼まれたものを買いに離れた時にあのような……。木宮さんの処置には本当に感謝しています」
園村さんは深々と頭を下げる。
「私は当然のことをしただけですから」
「いえ……、当然のこともできない私ですから。今までああいったことは一度もなかったですから、油断していました」
老紳士から離れたことを後悔してるみたいに、園村さんは頼りなく眉を下げる。
「ボディーガードじゃないんですから、仕方なかったんですよ」
善田会長はよほど気ままな人物なんだろう。園村さんを連れて、お忍びでたびたび出かけてるようだ。
強引な一面も持ってそうだったし、園村さんは振り回されてるんだろう。
「大変ですね」
心から出た同情に、園村さんはほんの少し人間らしい柔らかな苦笑いを見せる。
「そうでした。善田に頼まれまして、木宮さんにプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼント?」
「ヨガマットです。RIKUZENのヨガマットをいたく気に入っていらしたようですね」
「えっ! 覚えてたんですか」
園村さんは隣の椅子の上から、大きな長方形の箱を持ち上げる。上品にラッピングされたそれを、私の方へ運んでくれる。
「善田からのささやかな気持ちですから、遠慮なくお受け取りください。帰りは車で送ります」
少々重たい箱を両腕で受け取る。本当に、RIKUZENのヨガマットが私のものに? なんて思うと、気持ちが高揚する。
「ほんとに、もらっちゃっていいんですか?」
「ええ。よほどうれしかったんでしょう。RIKUZENは、善田の身内が運営する企業ですから。孫がかわいくてたまらないんですよ」
どうやら、RIKUZENは善田惣一の孫の会社らしい。
孫が運営する会社の好調を喜ぶ老紳士は、気まぐれで時折、若い女の子にRIKUZENの商品をプレゼントしているのだと、園村さんは言う。
何も私だけ特別なわけじゃないようだ。それなら、気兼ねなく受け取れるけれど。
「ああ、そういえば、RIKUZENの社長ってすごくお若いんですよね」
「はい。善田の孫、善田陸斗が28歳で立ち上げた会社です。この5年で急成長を遂げ、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いです」
「善田陸斗……、あっ、それでRIKUZEN?」
「そのようです。陸斗のリクと、善田のゼンを組み合わせています」
「はあー……」
感嘆のため息しか出ない。
善田惣一が善田工業の会長、その息子、久博は社長、そして孫の陸斗はRIKUZENの若き敏腕社長。豪華絢爛な一族って、ほんとにいるんだって、感心するばかり。
「ヨガマット、大切にしますね。善田さんにお礼を伝えてください」
「それはご自身で」
「でも、軽々しくお会いできる人じゃないですし」
もう二度と会うことはない。そう断言できるぐらい、縁のない雲の上の人だ。
「申し上げたでしょう? 善田は木宮さんをひどく気に入っています。ぜひとも、善田家の専属看護師として、神崎総合病院へお越しいただきたいのです」
「へっ……?」
変な声が出た。
とてつもなく大変なことを、さらっと言われた気がする。
「神崎総合病院って……、専属って……」
神崎総合病院と言ったら、セレブ御用達で有名な病院ではないか。善田家が利用してると聞いても、まったく驚かないクラスの大病院。
その病院で、専属看護師として働くって、意味がわからない。
「いろいろと調べさせていただきました。木宮さんは国立大学医学部看護科を優秀な成績でご卒業。経歴、そのお人柄ともに、申し分ございません。もちろん、専属とは言いますが、善田家に関わらない通常業務もしていただいてかまいません」
「つまり、善田家の人たちが病院にかかる時は、私が担当するってことですか?」
「はい。善田惣一を始め、ご子息の久博氏、その妻、夕美さま。久博氏のご長男、雅之氏。ご次男、陸斗氏。以上、5名の専属看護師になっていただきます」
園村さんは言い切る。なっていただけませんか? ではないのだ。私に選択肢などないのだろう。
「決して、悪くはないお話だと思いますが?」
それはそうだろう。神崎総合病院で働けるなんて、そんな光栄な話はない。
だけど、信じられない気持ちの方が強い。
「では、10月1日付で異動していただきます。善田もしばらく入院生活になりますので、早速お会いになるとよろしいでしょう」
こうして私は、働き慣れた病院を離れ、神崎総合病院へ異動することになった。
園村さんに呼び出されたのは、翌週の水曜日だった。
この日私は、夜勤明けで、ようやく睡眠から目覚めたところだった。
何かお腹を満たすものを、と考えていた時だったから、お礼にレストランでごちそうしたいという申し出は渡りに船だった。
お礼というのはもちろん、RIKUZENの展示場で出会った、老紳士の応急処置に対するものだ。
老紳士は、念のため入院しているが、すっかり回復して、元気になったらしい。その報告も兼ねて、園村さんは連絡をくれたようだった。
園村さんに指定された、駅前にあるホテルのレストランへ到着した時には、夕方5時を過ぎていた。彼は先に来ていた。
気軽に入れるホテルだから、普段着にも使えるワンピースでやって来たが、彼は高級そうなスーツをビシッと決めていた。庶民的なホテル内では、どちらかというと、彼の方が浮いている。
「木宮沙月さんですね?」
園村さんは、私が席に着くと、改めてというように、私のフルネームを確認した。
「私は、こういうものです」
園村さんの差し出す名刺を、おずおずと両手で受け取る。
「善田工業株式会社の秘書さん?」
「園村芳久と申します。以後、お見知りおきください」
背筋を伸ばしたまま、きれいなお辞儀をする。その清廉な佇まい、美しい所作、一つ一つが、一枚の名刺で納得できてしまう。
善田工業といえば、世界にその名を轟かせる大企業である。社長の善田久博は、テレビや新聞でよく見るし、政財界へ大きな影響力を誇っている人物の一人だ。
その善田工業の秘書が、会長と呼んだ人物が、あの老紳士ということになる。
園村さんじゃないけど、私はちょっとだけ、背筋を伸ばす。実はとんでもない老紳士に関わってしまったんじゃないかと思ったのだ。
「木宮さんのお名前や勤務先は、携帯番号から調べさせていただきました。医療法人風雅会が運営する病院にご勤務されているようですね」
身元調査されたみたい。ほんの少し、眉をひそめてしまっただろうか。園村さんは、ああ、と小さな息を漏らした。
「善田がどうしても、もう一度木宮さんに会いたいというものですから、失礼ながら、お調べしました」
「あの方、善田工業の会長さん?」
「はい。善田惣一は、会長職に就いております。あの日はRIKUZENの展示会がありましたので、どうしても見に行きたいと。私が同行していたんですが、頼まれたものを買いに離れた時にあのような……。木宮さんの処置には本当に感謝しています」
園村さんは深々と頭を下げる。
「私は当然のことをしただけですから」
「いえ……、当然のこともできない私ですから。今までああいったことは一度もなかったですから、油断していました」
老紳士から離れたことを後悔してるみたいに、園村さんは頼りなく眉を下げる。
「ボディーガードじゃないんですから、仕方なかったんですよ」
善田会長はよほど気ままな人物なんだろう。園村さんを連れて、お忍びでたびたび出かけてるようだ。
強引な一面も持ってそうだったし、園村さんは振り回されてるんだろう。
「大変ですね」
心から出た同情に、園村さんはほんの少し人間らしい柔らかな苦笑いを見せる。
「そうでした。善田に頼まれまして、木宮さんにプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼント?」
「ヨガマットです。RIKUZENのヨガマットをいたく気に入っていらしたようですね」
「えっ! 覚えてたんですか」
園村さんは隣の椅子の上から、大きな長方形の箱を持ち上げる。上品にラッピングされたそれを、私の方へ運んでくれる。
「善田からのささやかな気持ちですから、遠慮なくお受け取りください。帰りは車で送ります」
少々重たい箱を両腕で受け取る。本当に、RIKUZENのヨガマットが私のものに? なんて思うと、気持ちが高揚する。
「ほんとに、もらっちゃっていいんですか?」
「ええ。よほどうれしかったんでしょう。RIKUZENは、善田の身内が運営する企業ですから。孫がかわいくてたまらないんですよ」
どうやら、RIKUZENは善田惣一の孫の会社らしい。
孫が運営する会社の好調を喜ぶ老紳士は、気まぐれで時折、若い女の子にRIKUZENの商品をプレゼントしているのだと、園村さんは言う。
何も私だけ特別なわけじゃないようだ。それなら、気兼ねなく受け取れるけれど。
「ああ、そういえば、RIKUZENの社長ってすごくお若いんですよね」
「はい。善田の孫、善田陸斗が28歳で立ち上げた会社です。この5年で急成長を遂げ、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いです」
「善田陸斗……、あっ、それでRIKUZEN?」
「そのようです。陸斗のリクと、善田のゼンを組み合わせています」
「はあー……」
感嘆のため息しか出ない。
善田惣一が善田工業の会長、その息子、久博は社長、そして孫の陸斗はRIKUZENの若き敏腕社長。豪華絢爛な一族って、ほんとにいるんだって、感心するばかり。
「ヨガマット、大切にしますね。善田さんにお礼を伝えてください」
「それはご自身で」
「でも、軽々しくお会いできる人じゃないですし」
もう二度と会うことはない。そう断言できるぐらい、縁のない雲の上の人だ。
「申し上げたでしょう? 善田は木宮さんをひどく気に入っています。ぜひとも、善田家の専属看護師として、神崎総合病院へお越しいただきたいのです」
「へっ……?」
変な声が出た。
とてつもなく大変なことを、さらっと言われた気がする。
「神崎総合病院って……、専属って……」
神崎総合病院と言ったら、セレブ御用達で有名な病院ではないか。善田家が利用してると聞いても、まったく驚かないクラスの大病院。
その病院で、専属看護師として働くって、意味がわからない。
「いろいろと調べさせていただきました。木宮さんは国立大学医学部看護科を優秀な成績でご卒業。経歴、そのお人柄ともに、申し分ございません。もちろん、専属とは言いますが、善田家に関わらない通常業務もしていただいてかまいません」
「つまり、善田家の人たちが病院にかかる時は、私が担当するってことですか?」
「はい。善田惣一を始め、ご子息の久博氏、その妻、夕美さま。久博氏のご長男、雅之氏。ご次男、陸斗氏。以上、5名の専属看護師になっていただきます」
園村さんは言い切る。なっていただけませんか? ではないのだ。私に選択肢などないのだろう。
「決して、悪くはないお話だと思いますが?」
それはそうだろう。神崎総合病院で働けるなんて、そんな光栄な話はない。
だけど、信じられない気持ちの方が強い。
「では、10月1日付で異動していただきます。善田もしばらく入院生活になりますので、早速お会いになるとよろしいでしょう」
こうして私は、働き慣れた病院を離れ、神崎総合病院へ異動することになった。
0
あなたにおすすめの小説
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる