摩天楼で敏腕社長と頼まれ婚

水城ひさぎ

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結婚を頼まれました

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「看護師長の森永秀子もりながひでこです。はじめまして、木宮沙月さん。あなたの仕事ぶりは聞いています。よろしくお願いしますね」

 神崎総合病院の看護師長は、受付を訪れた私を、わざわざ迎えにやってきた。

 厚遇である。
 いつもそうなのか、善田の連れてきた看護師だからなのかは、わからないが。

 ちょっと緊張しながら、「よろしくお願いします」と、頭を下げた。

 しかつめらしい表情をしていた森永看護師長だが、優しげに眉をさげる。

 新人を温かい気持ちで迎え入れてくれる方なんだろう。仕事には厳しいが、情のある人かもしれない。なんて、期待してしまう。

「病院内のことは、看護師の花見里はなみざとさんに案内させましょう。もうすぐ来るはずですから、ここで待っていてください」
「花見里……?」

 聞いたことのある名前だ。

「木宮さんと、大学の同期だと聞いていますよ」
「あっ、花見里愛莉あいりちゃん」

 看護師長はほんの少しうなずく。当たってたみたい。

 愛莉ちゃんは、社長の父親を持つ、華やかな女の子だった。私とは、生きる世界が違うって感じるぐらいのお嬢さま。あんまり話したことないけど、彼女は印象的だから覚えていた。

 とは思うけど、愛莉ちゃんのように、別世界の住人しか、この神崎総合病院にはいないのだろう。医療従事者から患者に至るまで、すべての人たちが、高貴な身分に違いない。

「それでは、着替えを済ませたら、ナースステーションに来てください。ナース服は花見里さんに持ってくるように伝えてありますから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ふたたび頭を下げると、森永看護師長は立ち去った。

 入れ違うようにして、愛莉ちゃんが紙袋を下げて受付にやってきた。

 3年ぶりに会うが、大学時代と変わらない可愛らしさは健在だった。
 学生時代から着飾らない私の方も、あんまり変わってなくて、彼女もすぐに気づいたみたい。

「久しぶりー、沙月ちゃん。まさか、ここに来るなんて思ってなかったー」
「私だって、びっくり。愛莉ちゃんはずっとここ?」

 気安く話しかけられて、つい私も流される。

 大して仲良しだったわけじゃなくても、知らない環境で出会う知った人というのは、ふしぎと簡単に距離が近くなる。

「うん。フィアンセがここのお医者さまなの」
「フィ、フィアンセ……?」
「やだー、沙月ちゃん。そんなにびっくりしないでよ」

 くすくす笑う愛莉ちゃんは、やっぱり別世界の人みたい。フィアンセなんて言葉、マンガの中でしか知らない。ぽかんとしちゃう。

「フィアンセはね、内科医の羽生修也はにゅうしゅうやさん。また今度、紹介するね」
「あ、うん。ありがとう。病院のこと、全然わかんなくて」
「任せて。なんでも知ってるから」

 胸を張る彼女を見てると、ほんとになんでも知ってそうだと思う。思い返せば、学生時代も、ゴシップ大好きで有名だった気がする。

「じゃあ、ロッカールームに案内するね。ナース服、ここに入ってるから」

 紙袋を掲げて見せた愛莉ちゃんは、早速エレベーターへ向かう。とてつもなく広い病院だから、迷子にならないようにと、私もあわててついていく。

「ロッカールームとナースステーションは3階だよ。4階から入院病棟。沙月ちゃんは病棟担当だって聞いてる。全室個室で、セキュリティーばっちり。ホテルみたいですごいんだから、きっとびっくりするよ」
「うん、もう驚いてる」

 病院に入る前から、入った後も、高級感あふれる空間には、驚きっぱなしだ。

 それだけじゃない。医療事務の受付すら、大企業の受付嬢かと思うほどの美女ぞろい。

 知れば知るほど、ここで働くんだって実感が遠ざかっていくみたい。

「沙月ちゃんは優秀だから、大丈夫だよ。まじめで堅い看護師が好きな大富豪もいるから」
「何が大丈夫なの……」
「玉の輿、乗れるって」
「……目的じゃないし」
「そうなの? みんな、玉の輿狙ってるんだから、いい男見つけたら、しっかりつかまえておかなきゃ」

 みんな、ってどのぐらいの人数なんだろう。想像すると恐ろしいから、考えないようにしなきゃ。

 首を横にふるふると振る。愛莉ちゃんは、おかしい、ってくすくす笑いながら、エレベーターを下りていく。3階に着いたみたい。

 薄いグレイのじゅうたんが引かれた廊下のつき当たりに、ロッカールームはあった。

 紙袋の中から取り出した、水色のナース服と135番のロッカーキーを愛莉ちゃんから受け取る。

「ピンクのナース服の方が可愛いと思わない? 病棟看護師は水色なんだって」

 不満そうに水色のナース服をつまんで、愛莉ちゃんは言う。彼女にはピンクが似合うとは思うけど。

「何色でも一緒だよ」
「えー、沙月ちゃん、もうちょっと色気だそうよー。かわいいんだから」
「色気なんていらないよ。かわいくないし」

 ロッカールームにあるドレッサーの前に移動する。

 ドレッサーがあることにも驚くけど、髪留めやメイク用品など、ちょっとした小物が購入できる自動販売機もある。

 至れり尽くせり。従業員に対しても、豪華な設備が準備されてるみたい。

「かわいいってー。かわいいと、美人の間って感じ。おしゃれしたら、絶対、化けるって昔から思ってた」

 鏡に映り込む私をのぞきながら、愛莉ちゃんが興奮気味に言う。

 美男美女……というか、美しいもの全般が好きなのであろう彼女にそう言われるのは悪い気がしない。
 でも、鏡に映る私は、やっぱり生真面目さだけが全面に押し出されてる、地味女だ。

 長い髪を高いところでキュッと縛り、ぐるっと回してお団子を作る。この髪型にすると、戦闘準備に入ったみたいに、気が引き締まる。

「お待たせ。じゃ、行こっか」
「もっとかわいい髪型にしたらいいのにー」

 ふくれっ面する愛莉ちゃんをちょっと笑って、ロッカールームを出る。

 来た道を戻る。エレベーターの前を通り過ぎたその先に、ナースステーションはあった。

 森永看護師長は、病棟看護師を集めると、私を紹介した。今日付の配属は私だけのようだった。善田さんが引き抜いたのだから、予定外の異動だったのだろう。

 看護師は、かなりの人数がいた。一度では覚えきれそうにない。

 自己紹介を済ませ、何人かの看護師に「わからないことがあったら聞いてね」と声をかけてもらった。

「先輩たち、みんな優しいから大丈夫だよ」

 プロフェッショナルな人材しかいないから、安っぽい嫌がらせなんてされないのだと、愛莉ちゃんは教えてくれた。

 ただ、気に入った男を取り合う場合は違うかもね、なんて耳打ちされたけど、私には無縁な話だ。

 愛莉ちゃんから善田惣一の情報を申し送りしてもらい、看護計画の説明を受ける。

 担当患者の人数が、以前の職場に比べると極端に少ない。スケジュールに余裕はあるけど、その分、丁寧な対応を求められ、手がかかるのだろう。

「じゃあ、善田さんの病室に案内するね。5017号室だよ」

 当面の間、教育係になった愛莉ちゃんと一緒にナースステーションを出て、階段へ向かう。

「沙月ちゃん、善田家の専属とか、すごいね。確かに、あのおじいさん、若い女の子大好きだけど、専属なんて聞いたことないよ」
「たまたま具合悪くなったところに居合わせただけ」
「あっ、救急車が着いたときに一緒にいた看護師って、沙月ちゃん?」

 善田惣一が病院に運び込まれたときのことは、看護師の間でもうわさになってたみたい。

「そう」
「そうなんだぁ。それは感謝されるね。あのおじいさん、あっちこっち悪くするけど、大病ってしたことなくて。善田さんご一家、大騒ぎだったんだから。一緒にいた看護師さんの応急処置が的確だったから大事にならなかったーって、ほんと感謝してたよ」
「大げさだよー」

 肩をすくめつつ、あのお礼が、RIKUZENのヨガマットなら、素直にもらっておいて大丈夫そう、なんて思う。

「ここだよ。看護計画はさっき説明した通り。検温したら、またナースステーションに戻ってね。あのおじいさん、ちょいちょい病室抜け出すから、気をつけてねー」
「抜け出すって……」

 あきれる私を5017号室の前に残し、愛莉ちゃんは二つ隣の病室へ入っていく。その背中を見送り、病室のドアを確認する。

 病室には誰が入院してるかは書かれてない。セキュリティー面を考慮してだろう。

 トントンと、ドアを叩く。

「はい」

 と、すぐに返事が返ってきた。

「失礼します。看護師の木宮です」

 中へ入ると、やたらと広い病室が目の前に広がる。ホテルのスイートルームみたい。スイートルームに泊まった経験はないけど。

「善田さーん」

 名前を呼びながら、ベッドに近づく。

 なんだか、変だ。愛莉ちゃんの忠告が脳裏をよぎる。

 眺望のいい場所に置かれたベッドは、ぺったんこだ。シーツに触れてみる。少しだけぬくもりがある。

「善田さーん?」

 病室にあるトイレに声をかけてみる。返事はない。鍵もかかってないみたい。

 そっとドアを開けてみるが、誰もいなかった。

 まさか、ほんとに抜け出してるの?

 いきなり、やられた。なかなかじっとしてられない老紳士なのだろう。そもそも、入院の必要がないぐらい、元気になってるらしい。病院をホテルと勘違いしてるかもしれない。

 でも、待てよ。
 と、辺りを見回す。
 病室へ入るとき、確かに誰かが返事をした。

 広い病室をもう一度、見回し、まだ確認してない部屋を見つけた。

 ベッドの右手奥に、家族も泊まれる個室がある。

「善田さん?」

 開いたドアの中をのぞいた私は、一瞬、きょとんとしてしまう。個室には、善田惣一には程遠い、若い青年がいた。

 椅子に腰かけ、コーヒーを楽しむ青年は、脚を組んだまま、私を見上げる。

「善田さんのご家族の方ですか?」

 尋ねると、彼はテーブルにコーヒーカップを置いた。

「新しい看護師?」

 質問に質問で返した青年は、頭のてっぺんから足の先まで、ゆっくりと眺めてくると、立ち上がる。

 と同時に、背後で病室のドアが開き、「ああ、やっと来てくれましたか」と、善田惣一がにこにこしながら現れた。
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