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結婚を頼まれました
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程なくして、5017号室に一人の青年が訪れた。善田工業の秘書、園村さんだ。
仕事中なのだろうか。スーツを身につけ、ビジネスバッグを携えている。
「私が呼びました。園村くんとコーヒーをいただこうと思いましてね」
ふたたび、惣一は杖をつかむと、ベッドからゆっくり降りる。私も手を貸して、園村さんのもとへ案内する。
「園村さん、お久しぶりです。先日はごちそうしていただいて、ありがとうございました」
「お礼でしたら、会長に」
会長命令だったのだと、頭を下げる園村さんに、惣一は優しい視線を注ぐ。慈愛に満ちたまなざしをしている。よほど可愛がってる秘書なのだろう。
「園村くん、いいんですよ。木宮さんと楽しく過ごせたなら、それでいいではありませんか」
「あ、はい。ありがとうございます」
「園村くんにも、素敵な女性を見つけないといけませんね」
「私は……」
園村さんは、私をちらりと見た後、陸斗さんに気付いて、恐縮そうに肩をすくめた。
「おや、園村くんも、木宮さんが良いですか」
「あ、いえ。いえ……」
後退りながら、頭をさげる園村さんを、惣一は楽しそうにからかう。
やっぱり、ずいぶんと惣一は、私を買ってくれてるみたいだけど、私のどこに惹きつける魅力があるのかわからなくて、違和感しかない。
「ほほっ。では、行きましょうか」
「このあと、会議に出席しますので……」
「コーヒーを飲む時間ぐらいあるでしょう」
腕時計を確認する園村さんなどおかまいなしに、惣一は病室を出ていく。
なんだ、颯爽と歩けるんじゃないか。そう思わせるほどの、しっかりとした足取りだ。なかなか食わせものの老紳士だろう。
「会長、お待ちくださいっ」
あわてて、園村さんが追いかけていく。
彼もまた、いつも惣一に振り回されてるのだろう。どこか庶民的な彼に、親近感が湧く。
「俺もそろそろ行くか」
つぶやき声に気付いて、ハッとする。
惣一も園村さんもいない今、この広い病室で、私と陸斗さんはふたりきり。
一気に緊張してしまう。
彼は、あの、憧れてやまないブランド、RIKUZENの社長なのだ。
サッとドアの端に移動して、道を開ける。
くすっと、陸斗さんは笑った。
「よく、ジム行くの?」
「えっ……、はいっ。休日はほとんど」
「どこ?」
「駅ナカのヘルレスです」
「ああ、うちの直営店なんだ。じゃあ、使ってるマシン、ほんとに全部RIKUZENなのか」
ほんとにって、うそだと思ってたのか。だけど、彼ほどの実力者に近づく女性の中には、平気でうそをつく人もいるのかもしれない。
「まあ、あのじいさんに嘘は通用しないからな。で、どうする?」
「……どうするって、何をですか」
「結婚。したいか?」
「へっ」
ありえなさすぎて、変な声しか出ない。
「結婚したいって言うなら、迷わず断ったけどな」
これは、困った。欲深さを見せてれば、簡単に破談にしてもらえたらしい。でも今更、結婚したいですっ、なんて手もあげられない。
「それは……またの機会に」
「考える余地はあるということか。それなら、今決めてもいいだろう」
うやむやにして終わらせたい。どうも、それもできないらしい。
「あの……」
「なんだ?」
「私、仕事中ですので、これで……」
病室から逃げ出そうと、そそくさとドアノブを引いた時、背後に異様に迫る圧迫感を覚えた。
「な、な、な、なにするんですか」
気づけば、背中にぴたりと厚い胸板が当たってる。胸の前に回された腕も、太くてたくましい。
陸斗さんになぜか、抱きしめられてる。
「黙ってろ」
「……だって」
「シッ」
耳元に生温かい息が触れて、身体に力が入る。何がどうなってるのか。パニックで、頭が回らない。
「ふっ……」
と、陸斗さんが息を漏らして笑った時、「もー、やぁーだ……」って、甘ったるい声が聞こえた。
「なんですか、今の?」
そら耳? 少し、耳をすます。
「もうちょっと、だけ」
今度は男の声が聞こえた。
「もうちょっとって、何回めー?」
甘える女の子の声が、段々はっきりと聞こえてくる。
「修也と恋人の看護師だな。昼間からよくやるよ」
「えっ?」
修也って、愛莉ちゃんのフィアンセ?
「見てみろ、前の部屋」
陸斗さんに抱きしめられたまま、ドアの隙間から廊下の方をのぞくように仕向けられる。
はっ、と息を飲む。
5017号室の向かい側の部屋のドアが、薄く開いてる。その隙間から、水色のナース服と、そこに重なる白衣が見えた。
「いつもいちゃついてる。じいさん、からかってドア開けたな」
どうやら、惣一がいちゃつくふたりに気づいて、うっすらドアを開けていったみたいだ。いたずら好きそうな老紳士だから、ありえそうな話ではある。
陸斗さんがおかしそうにくすくす笑っている。背中に張り付く胸から、振動がダイレクトに伝わってくる。人を笑うけど、じゅうぶんに私たちもおかしい行動してる。
「何の部屋ですか、あそこ」
「製氷機が置いてあるぐらいしか、知らないな。あ、またドアが開いた」
陸斗さんが言う通り、ナース服の足がドアを蹴って、半分ほど開いてる。
白衣の医師がナース服の彼女にかぶさるようにして、キスをしてるみたい。彼らの甘い息が私の耳にまで届いてくる。無我夢中のふたりは、ドアが開いてることにも気づいてないみたい。
私の耳は真っ赤だろう。キスもしたことない私には、刺激が強すぎる。
「最後までやる気かよ」
愉快そうに笑った陸斗さんは、胸の前に回していた手のひらをあげて、私の胸をさりげなく触った。
まさか、感化された? 驚いて彼の手をつかむ。がっしりとした、大きな手にどきりとして、パッと離す。
「いいカラダ、してるな」
かすかに、耳たぶに唇が触れてる。このまま振り返ったら、キスされちゃうかもしれない。
「き、鍛えてますから」
「カラダの柔らかい女は好きだ。どんなポーズにも応えてくれるからな」
「……い、意味がわかりませんがっ」
からかうにも程がある。身体の柔軟性には自信があるけれど。そんなこと言える雰囲気じゃない。
私に抱きつく陸斗さんの腕がゆるまる。とっさに、彼を突き放し、ドアノブをつかむが、後ろから伸びてきた男の手で、あっけなくドアは閉じられた。
そのまま前に回り込んできた陸斗さんは、ドアにもたれて、腕を組む。完全に、退路は絶たれた。
「婚約、してもいい」
「は……、何言ってるんですか」
心変わりが早すぎる。いちゃつく恋人を見てその気になるなんて、そんなに欲求不満なのか。いや、遊ぶだけなら、婚約なんてまどろっこしいことしなくたっていい。
「じいさんのわがままは今に始まったことじゃない」
「よく、女の人を紹介されてるんですか?」
「いや。結婚しろって言われたのは、はじめてだ。よっぽど、沙月が気に入ってるらしい」
はっ、沙月……。
ドキッとする。
あの、RIKUZENの社長が、私を呼び捨てにしてるなんて。
「見たところ、俺に近づくために、じいさんをたぶらかしたわけじゃなさそうだ。信頼できる女なら、頼める」
「頼めるって?」
「婚約したフリをしてほしい」
「えぇ……」
フリって、何?
「婚約を断って、また次の女を連れてこられてもわずらわしい。じいさんを黙らせるために、婚約したフリをするだけでいい。まあ、パーティーがあれば、恋人のフリして参加してもらうからな、多少の覚悟はいる」
「どんな覚悟がいるんですか」
ごくりとつばを飲み込む。
とんでもない要求されるんじゃないかと、気が気じゃない。
「善田財閥を知ってるか?」
「今は善田工業が母体のセレブですよね」
ざっくり答えると、陸斗さんはおかしそうに眉をさげた。
「まあ、間違ってはないけどな。旧善田財閥は、財閥解体後、善田グループに引き継がれた。今や、銀行から自動車まで手広く活躍する、世界に名を轟かせる名門家だ。相手にする支援者も、それ相応と思っていい」
「なんか……、ちょっと聞いただけで心折れます」
巨万の富を築く善田財閥に対抗できる旧財閥家は、5本の指もないだろう。
「だろうね。じいさんは、沙月なら善田家でやっていけると目をつけた。そこに、俺も期待しよう。その覚悟があるなら、婚約しようじゃないか」
「……いや、いやいや、そんな急には無理です」
「俺に興味ない?」
顔をのぞき込んでくる彼と目を合わせたら、ほおが紅潮する。
興味ないわけない。あの、RIKUZENの敏腕社長だ。仕事ができる、イケメン中のイケメン。誰もが憧れる、若きカリスマ。彼の申し出を断る女性なんて、いるはずない。
「俺に、興味ある?」
「あ、わ、わ……、あんまり近づかないでください」
「なんで?」
「神々しすぎます」
目もとに手を当てると、陸斗さんはきょとんとしてから、うっすら笑った。
「珍しい女だな。じいさんでなくても、興味が湧く。じゃあ、婚約するっていうまで、ここから出さない。そう言ったらどうする?」
これは、脅し?
いやいや、ほかの女性なら口説かれてるって喜ぶんだろう。
私が、おかしい? でも、婚約? そんなのできる?
「嫌われてないなら、安心する。婚約しようか。あくまで、フリだけどね」
「フリ、ですよね」
ああ、忘れるところだった。
陸斗さんの言う通り、これは、あくまでもフリなのだ。
たとえ、ゴージャスなパーティーに出かけて、私が恥をかいたって、いつかは笑い話にしてしまえる、架空の婚約。
「夢なら見させてやれるよ」
陸斗さんは、私に手を差し伸べた。
この手を取ったら、婚約は成立するだろう。
昨日まで、出会うことすら叶わないと思ってた善田陸斗に求婚されてる現実を、なかなか直視できないでいるけど。
「沙月、どうする?」
選択肢を与えてくれてるようで、引かない手を見れば、与えてくれてないのだとも思う。
でも、断る理由なんてどこにあるだろう。フリでも……、フリだからこそ、受け入れられることもある。
「じゃあ……、婚約します」
おずおずと伸ばした手は、彼に届く前に、彼の方から近づいた手につかまれた。
「それでいい」
満足そうに、陸斗さんはうなずいた。
仕事中なのだろうか。スーツを身につけ、ビジネスバッグを携えている。
「私が呼びました。園村くんとコーヒーをいただこうと思いましてね」
ふたたび、惣一は杖をつかむと、ベッドからゆっくり降りる。私も手を貸して、園村さんのもとへ案内する。
「園村さん、お久しぶりです。先日はごちそうしていただいて、ありがとうございました」
「お礼でしたら、会長に」
会長命令だったのだと、頭を下げる園村さんに、惣一は優しい視線を注ぐ。慈愛に満ちたまなざしをしている。よほど可愛がってる秘書なのだろう。
「園村くん、いいんですよ。木宮さんと楽しく過ごせたなら、それでいいではありませんか」
「あ、はい。ありがとうございます」
「園村くんにも、素敵な女性を見つけないといけませんね」
「私は……」
園村さんは、私をちらりと見た後、陸斗さんに気付いて、恐縮そうに肩をすくめた。
「おや、園村くんも、木宮さんが良いですか」
「あ、いえ。いえ……」
後退りながら、頭をさげる園村さんを、惣一は楽しそうにからかう。
やっぱり、ずいぶんと惣一は、私を買ってくれてるみたいだけど、私のどこに惹きつける魅力があるのかわからなくて、違和感しかない。
「ほほっ。では、行きましょうか」
「このあと、会議に出席しますので……」
「コーヒーを飲む時間ぐらいあるでしょう」
腕時計を確認する園村さんなどおかまいなしに、惣一は病室を出ていく。
なんだ、颯爽と歩けるんじゃないか。そう思わせるほどの、しっかりとした足取りだ。なかなか食わせものの老紳士だろう。
「会長、お待ちくださいっ」
あわてて、園村さんが追いかけていく。
彼もまた、いつも惣一に振り回されてるのだろう。どこか庶民的な彼に、親近感が湧く。
「俺もそろそろ行くか」
つぶやき声に気付いて、ハッとする。
惣一も園村さんもいない今、この広い病室で、私と陸斗さんはふたりきり。
一気に緊張してしまう。
彼は、あの、憧れてやまないブランド、RIKUZENの社長なのだ。
サッとドアの端に移動して、道を開ける。
くすっと、陸斗さんは笑った。
「よく、ジム行くの?」
「えっ……、はいっ。休日はほとんど」
「どこ?」
「駅ナカのヘルレスです」
「ああ、うちの直営店なんだ。じゃあ、使ってるマシン、ほんとに全部RIKUZENなのか」
ほんとにって、うそだと思ってたのか。だけど、彼ほどの実力者に近づく女性の中には、平気でうそをつく人もいるのかもしれない。
「まあ、あのじいさんに嘘は通用しないからな。で、どうする?」
「……どうするって、何をですか」
「結婚。したいか?」
「へっ」
ありえなさすぎて、変な声しか出ない。
「結婚したいって言うなら、迷わず断ったけどな」
これは、困った。欲深さを見せてれば、簡単に破談にしてもらえたらしい。でも今更、結婚したいですっ、なんて手もあげられない。
「それは……またの機会に」
「考える余地はあるということか。それなら、今決めてもいいだろう」
うやむやにして終わらせたい。どうも、それもできないらしい。
「あの……」
「なんだ?」
「私、仕事中ですので、これで……」
病室から逃げ出そうと、そそくさとドアノブを引いた時、背後に異様に迫る圧迫感を覚えた。
「な、な、な、なにするんですか」
気づけば、背中にぴたりと厚い胸板が当たってる。胸の前に回された腕も、太くてたくましい。
陸斗さんになぜか、抱きしめられてる。
「黙ってろ」
「……だって」
「シッ」
耳元に生温かい息が触れて、身体に力が入る。何がどうなってるのか。パニックで、頭が回らない。
「ふっ……」
と、陸斗さんが息を漏らして笑った時、「もー、やぁーだ……」って、甘ったるい声が聞こえた。
「なんですか、今の?」
そら耳? 少し、耳をすます。
「もうちょっと、だけ」
今度は男の声が聞こえた。
「もうちょっとって、何回めー?」
甘える女の子の声が、段々はっきりと聞こえてくる。
「修也と恋人の看護師だな。昼間からよくやるよ」
「えっ?」
修也って、愛莉ちゃんのフィアンセ?
「見てみろ、前の部屋」
陸斗さんに抱きしめられたまま、ドアの隙間から廊下の方をのぞくように仕向けられる。
はっ、と息を飲む。
5017号室の向かい側の部屋のドアが、薄く開いてる。その隙間から、水色のナース服と、そこに重なる白衣が見えた。
「いつもいちゃついてる。じいさん、からかってドア開けたな」
どうやら、惣一がいちゃつくふたりに気づいて、うっすらドアを開けていったみたいだ。いたずら好きそうな老紳士だから、ありえそうな話ではある。
陸斗さんがおかしそうにくすくす笑っている。背中に張り付く胸から、振動がダイレクトに伝わってくる。人を笑うけど、じゅうぶんに私たちもおかしい行動してる。
「何の部屋ですか、あそこ」
「製氷機が置いてあるぐらいしか、知らないな。あ、またドアが開いた」
陸斗さんが言う通り、ナース服の足がドアを蹴って、半分ほど開いてる。
白衣の医師がナース服の彼女にかぶさるようにして、キスをしてるみたい。彼らの甘い息が私の耳にまで届いてくる。無我夢中のふたりは、ドアが開いてることにも気づいてないみたい。
私の耳は真っ赤だろう。キスもしたことない私には、刺激が強すぎる。
「最後までやる気かよ」
愉快そうに笑った陸斗さんは、胸の前に回していた手のひらをあげて、私の胸をさりげなく触った。
まさか、感化された? 驚いて彼の手をつかむ。がっしりとした、大きな手にどきりとして、パッと離す。
「いいカラダ、してるな」
かすかに、耳たぶに唇が触れてる。このまま振り返ったら、キスされちゃうかもしれない。
「き、鍛えてますから」
「カラダの柔らかい女は好きだ。どんなポーズにも応えてくれるからな」
「……い、意味がわかりませんがっ」
からかうにも程がある。身体の柔軟性には自信があるけれど。そんなこと言える雰囲気じゃない。
私に抱きつく陸斗さんの腕がゆるまる。とっさに、彼を突き放し、ドアノブをつかむが、後ろから伸びてきた男の手で、あっけなくドアは閉じられた。
そのまま前に回り込んできた陸斗さんは、ドアにもたれて、腕を組む。完全に、退路は絶たれた。
「婚約、してもいい」
「は……、何言ってるんですか」
心変わりが早すぎる。いちゃつく恋人を見てその気になるなんて、そんなに欲求不満なのか。いや、遊ぶだけなら、婚約なんてまどろっこしいことしなくたっていい。
「じいさんのわがままは今に始まったことじゃない」
「よく、女の人を紹介されてるんですか?」
「いや。結婚しろって言われたのは、はじめてだ。よっぽど、沙月が気に入ってるらしい」
はっ、沙月……。
ドキッとする。
あの、RIKUZENの社長が、私を呼び捨てにしてるなんて。
「見たところ、俺に近づくために、じいさんをたぶらかしたわけじゃなさそうだ。信頼できる女なら、頼める」
「頼めるって?」
「婚約したフリをしてほしい」
「えぇ……」
フリって、何?
「婚約を断って、また次の女を連れてこられてもわずらわしい。じいさんを黙らせるために、婚約したフリをするだけでいい。まあ、パーティーがあれば、恋人のフリして参加してもらうからな、多少の覚悟はいる」
「どんな覚悟がいるんですか」
ごくりとつばを飲み込む。
とんでもない要求されるんじゃないかと、気が気じゃない。
「善田財閥を知ってるか?」
「今は善田工業が母体のセレブですよね」
ざっくり答えると、陸斗さんはおかしそうに眉をさげた。
「まあ、間違ってはないけどな。旧善田財閥は、財閥解体後、善田グループに引き継がれた。今や、銀行から自動車まで手広く活躍する、世界に名を轟かせる名門家だ。相手にする支援者も、それ相応と思っていい」
「なんか……、ちょっと聞いただけで心折れます」
巨万の富を築く善田財閥に対抗できる旧財閥家は、5本の指もないだろう。
「だろうね。じいさんは、沙月なら善田家でやっていけると目をつけた。そこに、俺も期待しよう。その覚悟があるなら、婚約しようじゃないか」
「……いや、いやいや、そんな急には無理です」
「俺に興味ない?」
顔をのぞき込んでくる彼と目を合わせたら、ほおが紅潮する。
興味ないわけない。あの、RIKUZENの敏腕社長だ。仕事ができる、イケメン中のイケメン。誰もが憧れる、若きカリスマ。彼の申し出を断る女性なんて、いるはずない。
「俺に、興味ある?」
「あ、わ、わ……、あんまり近づかないでください」
「なんで?」
「神々しすぎます」
目もとに手を当てると、陸斗さんはきょとんとしてから、うっすら笑った。
「珍しい女だな。じいさんでなくても、興味が湧く。じゃあ、婚約するっていうまで、ここから出さない。そう言ったらどうする?」
これは、脅し?
いやいや、ほかの女性なら口説かれてるって喜ぶんだろう。
私が、おかしい? でも、婚約? そんなのできる?
「嫌われてないなら、安心する。婚約しようか。あくまで、フリだけどね」
「フリ、ですよね」
ああ、忘れるところだった。
陸斗さんの言う通り、これは、あくまでもフリなのだ。
たとえ、ゴージャスなパーティーに出かけて、私が恥をかいたって、いつかは笑い話にしてしまえる、架空の婚約。
「夢なら見させてやれるよ」
陸斗さんは、私に手を差し伸べた。
この手を取ったら、婚約は成立するだろう。
昨日まで、出会うことすら叶わないと思ってた善田陸斗に求婚されてる現実を、なかなか直視できないでいるけど。
「沙月、どうする?」
選択肢を与えてくれてるようで、引かない手を見れば、与えてくれてないのだとも思う。
でも、断る理由なんてどこにあるだろう。フリでも……、フリだからこそ、受け入れられることもある。
「じゃあ……、婚約します」
おずおずと伸ばした手は、彼に届く前に、彼の方から近づいた手につかまれた。
「それでいい」
満足そうに、陸斗さんはうなずいた。
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