摩天楼で敏腕社長と頼まれ婚

水城ひさぎ

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愛を確かめたくて

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***


 イチョウ並木に、紅葉のじゅうたんが広がる街道を走っていた。

 春になると桜も楽しめるランニングコースは、学生時代からお気に入り。

 目線を上げると、陸斗さんの働くオフィスビルが遠くに見える。ビル群の中で、とりわけ高いビルは、手を伸ばしたって届きそうにない。私と彼の距離を象徴してるみたい。

 陸斗さんに会いたい、なんて思っても言い出せないでいる。

 気晴らしにランニングに出て正解だった。走ってる間は余計なことを考えないでいられる。

 ベンチに座って、ボトルポーチからペットボトルを取り出す。スポーツドリンクでのどを潤していると、車道に車が停まった。

 スポーティーな高級車。存在感のあるブラックに目がいく。キラキラと光沢のあるブラックは、きっとブラックサファイア。

 陸斗さんならこういう車に乗るのかなぁ、なんて考えて、ちょっと笑っちゃう。何を見聞きしても、彼のことばっかり考えてるみたい。

 ペットボトルをポーチにしまって、ふたたび走り出そうとしたとき、高級車から青年が降りてきた。

 彼はまっすぐ私に向かってくると、「やあ」と手をあげた。陸斗さんだった。

「沙月が見えたから。ランニング中?」

 見たらわかるだろう。彼が近づくから、ちょっとあとずさる。

「陸斗さんは?」
「なんで逃げる?」
「逃げてなんかないです」
「いや、逃げてるよ」

 グッと手首をつかまれて、身をすくませる。

「あ、汗かいてますからっ。あんまり近づかないでください」

 じりじりと下がる私を見て、陸斗さんは愉快そうに口もとをゆるめる。

「沙月はすぐに近づくなって言うよな。そんなに走った?」
「まだちょっと走っただけですけど……」
「体力は残ってる?」
「それは……はい」

 何が言いたいんだろう。いぶかしく思ってると、いきなり彼は私の腰を抱いた。

「これからプールに行くところだよ。沙月も行く?」
「プール? 寒いですよ。何月だと思ってるんですか」
「寒いって……。ホテルの屋内プール、貸し切りにしてるから。沙月もどう?」
「は……、貸し切り?」
「たまにね。まあ、行こうか」

 彼は私の腰を抱いたまま、車へ向かって歩き出す。

「行こうかって……水着もないですし」
「うちの商品、部屋にあるから」
「ええっ、RIKUZENの水着ですかっ?」
「着たい?」
「着たいです……!」
「じゃあ、行こう」

 くすくす笑う陸斗さん見てたら、ちょろい、なんて思われてそう。

 あー、でも断る理由が見つからない。
 RIKUZENの水着で、頭がいっぱい。

 陸斗さんの車に乗り込む。男性の車に乗るのも初めてなのに、高級感あふれる車内にそわそわする。

 彼は愉快そうに私を眺めて、車を発進させる。

「さっき、自宅に行ってきた。じいさん、あいかわらず元気そうだ。沙月に会いたいから、近いうちに顔出すってさ」
「病院に?」
「沙月がうちに来るなら、それでも?」
「陸斗さんのご自宅にっ? それは……気が引けます」
「そう言うと思ったよ。まあ、診察がてら、顔出すぐらいだよ」

 すみません、と頭を下げて、車窓の外へ視線を移す。

 イチョウ並木を過ぎて、さっきまで遠くに見えていたオフィスビルが、もう目の前。見慣れた光景が、私たちを迎えてくれる。

 車がレジデンスの駐車場に停まる。

「ちょっと待ってて」

 水着を持ってきてくれるんだろう。私を車に残して、陸斗さんは駐車場を出ていった。

 すぐに彼は紙袋を持って戻ってきた。RIKUZENのロゴ入り紙袋を見るだけでテンションがあがる。

「RIKUZENの水着、来年買おうかなぁって思ってたんです。かわいいスポーツ水着、たくさんあるし」
「そう。それは光栄だね」

 ハンドルを握って、うっすら笑む彼の横顔を見上げる。

「ほんとに、陸斗さんってすごいです」
「優秀な社員に恵まれてるだけだよ」
「陸斗さんだから集まるんです」
「そうか。じゃあ、沙月に会えたのも、必然かな」

 車は駐車場を出て、すぐにオフィスビル内にあるホテルの駐車場へ移動した。

 ロビーで受付をして、エレベーターに乗る。屋内プールは50階にあるみたい。

 陸斗さんは迷いなくホテルの中を進む。ここにもよく来るのだろう。

「そこの先、ロッカールームだから。着替えたら、プールにおいで」

 紙袋を渡されて、ロッカールームの前で彼と別れる。

 貸し切りだから、広いロッカールームには、誰もいない。入り口に近いロッカーを開き、紙袋を置く。

 少し汗ばんだランニングシャツを脱いで、紙袋から水着を取り出した私は、「ふへっ」っと変な声を漏らした。

「何、これ……。スポーツ水着じゃないの……」

 目の前で、水着を広げる。
 ううん、広げるほどの生地もない。

 真っ白な生地に、おしゃれなRIKUZENマークの入った、ビキニだった。

 やられた。陸斗さんが、肌を隠す水着を用意するはずなかった。

 迷いながら、ビキニをつけてみる。鏡の前に移動して、確認する。

 後ろで結んだリボンは大きめで、ひらひらと揺れて可愛らしい。デザインは、さすがというのか、文句なしの愛らしさ。

「白じゃなかったらよかったなぁ」

 ぽつんとつぶやいて、ロッカールームからプールへつながる廊下を歩いていく。

 現れたドアを開けると、プールサイドに陸斗さんが立っていた。

 ハッとする。筋肉質の身体を惜しげもなくさらす姿を目にしてはじめて、彼も水着になるんだった、なんて気づいたのだ。

 彼は軽くストレッチしながら、振り返り、私を見ると手招きした。

 でも、すぐには動けない。ビキニ姿見られるの恥ずかしいなんて言えない。

「沙月、どうした?」

 陸斗さんは不思議そうに、ドアから顔だけ出す私に近づいてくる。さらにドアに隠れると、彼は立ち止まる。

「また近づくなって?」

 にやっとする彼が憎らしい。

「笑いごとじゃないです。す、スポーツ水着じゃなくてびっくりしました」
「まあ、売れ残り商品だからね」
「売れ残りっ? だから、白なんですね……」
「かわいいと思うけどね」

 彼はまた歩き出す。

「デザインはいいと思います」
「だろう? いつまで隠れてるつもり? 俺しかいないんだから、出ておいで」
「陸斗さんがいるから、無理なんです」
「いいから、おいで」

 手を差し出される。ジッとその手のひらを見つめる。彼は一歩も譲る気はないみたい。

 そろそろと手を伸ばして、彼の手を取る。同時に手を引かれて、プールサイドへ足を踏み込む。

「ああ、いいね」
「あんまり見ないでください」
「白は、エロくて嫌?」
「エッ……、違います。引き締め効果がないから、嫌なんです」
「じゅうぶん、引き締まってるよ。ちょうどいいっていうのかな。すごくきれいだよ」

 陸斗さんの視線が肌の上を滑るたびに、身体をなでられてるような感覚に襲われる。目だけでそんな気分にさせるなんて、ずるい。

「は、はやくプールに入りたいです」
「わかった」

 彼の両腕が身体に回る。

「は……っ、きゃっ」

 いきなりお姫様だっこされる。入りたいって言ったけど、連れていってなんて言ってないのに。

「つかまって」

 そう言われたときには、プールに入る彼の身体にしがみついていた。

 ジャバジャバと音を立てて進む。プールの中ほどまで来ると、彼に抱きついたままでいる私を、ゆっくりとプールに下ろしてくれる。

 ほんの少し深い。つま先だちをして、濡れたたくましい身体に手を触れさせたまま、彼を見上げる。彼も、私の腰を沈まないように抱いてくれている。

「なあ、沙月」
「なんですか?」
「もっと気を許してほしいんだが、どうしたらいい?」
「え……っ?」
「沙月ともっとキスしたいし、抱きたいって思ってる」
「きゅ、急に、なんですか」

 後ろに下がったら、足が滑った。ズブンッと沈んで、あわてて手を伸ばす。すぐにグッと抱き上げられて、彼の首にしがみつく。

 頭の先までずぶ濡れになった私を見て、彼はおかしそうに笑うが、ふと真剣な目をして、そっとキスをしてくる。

「ガードが硬いのも、困りものだ。何回デートしたら、許してくれる?」
「回数なんですか?」
「違うの?」

 またキスをして、彼は笑う。

「お互いに好きだったら、回数なんて関係ないと思います」

 好き合ってないから、そんな関係にならないだけ。そう伝えたのに、ただキスをしたい陸斗さんと、キスされたい私の唇は、何度も触れ合う。

「次は、期待していいか?」
「次って、いつ?」
「予告がいる?」
「は、はじめてだから、緊張はします」

 かあっ、とほおが赤らむ。
 言ってしまった。男っ気のない私のことなんてバレてるのに、やっぱり知ってて欲しかったし、優しくして欲しいって思ってたから。

「水着姿見られるだけで大騒ぎだからね。部屋中、追いかけ回さなくてもいいよう、祈るよ」
「そうやって、からかうのやめてください」
「からかってなんかないって、どうしたらわかってくれるんだろうね」
「はっきり言ってもらわないとわからないです」
「ああ……、そう」

 私を好きだって言ってくれるなら、いつだっていいのに。

 でも彼は言わない。言えないでいる。
 本気になれないから、きっと言わない。

 だけど、近づいてくる彼の唇を受け止める。フリでもなんでも、今は私だけを婚約者として扱ってくれるから。

 この前より、キスは深かった。何度も角度を変えて重なるから、甘い息がもれてしまう。

 酸素を求めて薄く開く唇を、柔らかな舌がなぞっていく。そのまま口内に入ってきて、荒々しく求められていく……。

 陸斗さんはずっと、私に夢を見させてくれるだろう。夢から醒めるその日まで、ずっと優しく求めてくれる。
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