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永遠の誓いは摩天楼で
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「よく眠ってる」
愛らしい寝顔を見せる沙月の髪をそっとなで、ベッドから上体を起こす。
ブラインドから朝日が射し込んでいる。サイドテーブルの上で、日の光を受けるスマホを手に取る。着信が入っていた。
「園村か」
留守電を確認する。渡したいものがあるから、9時半にレジデンスの前で待っていると用件が入っていた。
ちょうど、9時半だ。今から行く、とメールを送信し、シーツからあらわになる沙月の肩にキスをして、ベッドから抜け出す。彼女は起きる素振りも見せず、眠り続けている。
「もう少し寝かせておくか」
疲れてるだろう。無論、疲れさせたのは、俺なのだが。
着替えを済ませ、薄手のジャケットを羽織ると、玄関を出た。思ったより、冷えている。ジャケットの前身を合わせ、エントランスへ行くと、スーツを着た園村が深々と頭を下げた。
園村は大きな荷物を持っていた。俺は悠長に近づき、彼の前で足を止めた。
「日曜日に、スーツか。ご苦労だな」
皮肉げに言うと、園村は薄く笑って首をふる。彼はいつも、戦いの土俵に上がってこない。
「善田が、木宮さんにプレゼントをご用意しました。陸斗さんからお渡しするようにと」
「じいさんが? ……ああ、昨日電話したからか。行動がはやいな」
苦笑しつつ、園村から大きな紙袋を受け取る。
「それでは」
用件が済むと、彼はすぐに帰ろうとする。
「なあ、園村。おまえは俺を恨んでないのか?」
呼び止めた。話は済んでない。
「いいえ」
静かに、園村はそう答える。
「俺は、恨んでるよ。なんで、俺から離れた?」
「仕方のないことです」
「どうしてすぐにそういう態度を取る? 善田家との養子縁組を解消しなければ、じいさんは沙月をおまえにと望んだかもしれない。どうして自分から不幸になろうとする?」
園村は困り顔で、ふたたび首をふった。
「何か勘違いをされています。木宮さんは、陸斗さんにふさわしいと思ったから選ばれたのでしょう? 私には最初からご縁のない方です」
「ただ単に、じいさんは沙月を気に入った。善田家で余ってるのは俺だけだからな。それで、俺に紹介したんだろう。園村が善田のままだったら、この話は違ったはずだ。誰がどう見ても、園村と沙月は似合いだ」
ほんの少し、園村は目を見開いた。
「俺が気づかないとでも思ったか? 心を閉ざした園村が、沙月の前ではよく笑う。おまえだって気づいてただろう?」
「それは陸斗さんも同じでしょう。木宮さんと出会ってから、楽しそうに毎日を過ごされています」
「ああ、そうかもな。それで、おまえは悔しくなかったのか?」
「昔から、すべてを手にされるのは、陸斗さんです。私は善田家とご縁をいただけるだけで幸せなのです」
歯がゆくて、唇をかむ。
なぜ、言わないのか。なぜ、取り乱しもせず、冷静でいるのか。
「たったの一度も、沙月を欲しいと思わなかった?」
「言わせたいのですか? 欲しいと」
「その方が、スッキリする」
「では、言わせてもらいます」
園村はぎゅっと手にこぶしを握る。
「私は木宮さんが好きです。それは、人として尊敬するという意味で。あんなに一生懸命で、優しい人はほかにいません。もし、善田に木宮さんとの結婚を勧められたら、すぐにお受けしたでしょう。ですが、善田は陸斗さんを選ばれた。私には、もったいない女性だからですよ。木宮さんを好きになる前に、あなたの婚約者になってよかった」
「やっぱり、好きなんじゃないか」
「そう聞こえましたか」
「聞こえたね。でも、やらないよ」
園村は奇妙に唇をゆがめて笑った。
「欲しいなんて言ってません」
「欲しくなる前に制御したんだろ? 昔からおまえはそうだよ。善田の家にいたかったなら、いたいって言えばよかったんだ。ばあさんがやたらと園村につらく当たるのは、おまえのデキがいいから、期待してのことだと思ってた。でも違ったな。ばあさんが死んで、ようやく真実を知ったよ。だからさ、俺はいま知りたいんだ。おまえの気持ちを。あとで、俺に後悔させないでくれ」
「ですから、言いましたでしょう。木宮さんと私には、何のご縁もありません」
憎たらしいぐらい、園村は冷静だった。彼が優秀たる所以は、何にも動じない強さだろう。
「信じていいか」
「陸斗さんは、ずっと私を信じてくださってるではありませんか。RIKUZENを立ち上げると言った時、本当にうれしかったんですよ。私の意見を取り入れてくれるとは思っていませんでしたので」
「おまえを秘書にほしかったが」
「望まれれば、いつでも」
「善田工業の居心地が悪くなったら、来いよ」
「今は善田のそばにいさせてください」
そう言った、園村の表情は晴々としていた。
「わかった。あの困ったじいさんは、園村の言うことなら聞くからな。大した男だよ、園村は」
「お褒めに預かり、光栄です」
「寒い中、悪かったな」
「いいえ。お仕事ですから」
「こういうのは、仕事とは言わないよ」
軽く、園村の肩を小突いた。
園村は穏やかにほほえむ。彼が俺にこんな笑顔を見せたのは、いつぶりだろう。
全部、沙月のおかげだろうか。
「沙月も、大した女だよ」
ぽつんとつぶやいて、空を見上げる。園村も、俺の視線の先を追う。ふたつの白い息が、薄水色の空に交わり、溶けて消えた。
「よく眠ってる」
愛らしい寝顔を見せる沙月の髪をそっとなで、ベッドから上体を起こす。
ブラインドから朝日が射し込んでいる。サイドテーブルの上で、日の光を受けるスマホを手に取る。着信が入っていた。
「園村か」
留守電を確認する。渡したいものがあるから、9時半にレジデンスの前で待っていると用件が入っていた。
ちょうど、9時半だ。今から行く、とメールを送信し、シーツからあらわになる沙月の肩にキスをして、ベッドから抜け出す。彼女は起きる素振りも見せず、眠り続けている。
「もう少し寝かせておくか」
疲れてるだろう。無論、疲れさせたのは、俺なのだが。
着替えを済ませ、薄手のジャケットを羽織ると、玄関を出た。思ったより、冷えている。ジャケットの前身を合わせ、エントランスへ行くと、スーツを着た園村が深々と頭を下げた。
園村は大きな荷物を持っていた。俺は悠長に近づき、彼の前で足を止めた。
「日曜日に、スーツか。ご苦労だな」
皮肉げに言うと、園村は薄く笑って首をふる。彼はいつも、戦いの土俵に上がってこない。
「善田が、木宮さんにプレゼントをご用意しました。陸斗さんからお渡しするようにと」
「じいさんが? ……ああ、昨日電話したからか。行動がはやいな」
苦笑しつつ、園村から大きな紙袋を受け取る。
「それでは」
用件が済むと、彼はすぐに帰ろうとする。
「なあ、園村。おまえは俺を恨んでないのか?」
呼び止めた。話は済んでない。
「いいえ」
静かに、園村はそう答える。
「俺は、恨んでるよ。なんで、俺から離れた?」
「仕方のないことです」
「どうしてすぐにそういう態度を取る? 善田家との養子縁組を解消しなければ、じいさんは沙月をおまえにと望んだかもしれない。どうして自分から不幸になろうとする?」
園村は困り顔で、ふたたび首をふった。
「何か勘違いをされています。木宮さんは、陸斗さんにふさわしいと思ったから選ばれたのでしょう? 私には最初からご縁のない方です」
「ただ単に、じいさんは沙月を気に入った。善田家で余ってるのは俺だけだからな。それで、俺に紹介したんだろう。園村が善田のままだったら、この話は違ったはずだ。誰がどう見ても、園村と沙月は似合いだ」
ほんの少し、園村は目を見開いた。
「俺が気づかないとでも思ったか? 心を閉ざした園村が、沙月の前ではよく笑う。おまえだって気づいてただろう?」
「それは陸斗さんも同じでしょう。木宮さんと出会ってから、楽しそうに毎日を過ごされています」
「ああ、そうかもな。それで、おまえは悔しくなかったのか?」
「昔から、すべてを手にされるのは、陸斗さんです。私は善田家とご縁をいただけるだけで幸せなのです」
歯がゆくて、唇をかむ。
なぜ、言わないのか。なぜ、取り乱しもせず、冷静でいるのか。
「たったの一度も、沙月を欲しいと思わなかった?」
「言わせたいのですか? 欲しいと」
「その方が、スッキリする」
「では、言わせてもらいます」
園村はぎゅっと手にこぶしを握る。
「私は木宮さんが好きです。それは、人として尊敬するという意味で。あんなに一生懸命で、優しい人はほかにいません。もし、善田に木宮さんとの結婚を勧められたら、すぐにお受けしたでしょう。ですが、善田は陸斗さんを選ばれた。私には、もったいない女性だからですよ。木宮さんを好きになる前に、あなたの婚約者になってよかった」
「やっぱり、好きなんじゃないか」
「そう聞こえましたか」
「聞こえたね。でも、やらないよ」
園村は奇妙に唇をゆがめて笑った。
「欲しいなんて言ってません」
「欲しくなる前に制御したんだろ? 昔からおまえはそうだよ。善田の家にいたかったなら、いたいって言えばよかったんだ。ばあさんがやたらと園村につらく当たるのは、おまえのデキがいいから、期待してのことだと思ってた。でも違ったな。ばあさんが死んで、ようやく真実を知ったよ。だからさ、俺はいま知りたいんだ。おまえの気持ちを。あとで、俺に後悔させないでくれ」
「ですから、言いましたでしょう。木宮さんと私には、何のご縁もありません」
憎たらしいぐらい、園村は冷静だった。彼が優秀たる所以は、何にも動じない強さだろう。
「信じていいか」
「陸斗さんは、ずっと私を信じてくださってるではありませんか。RIKUZENを立ち上げると言った時、本当にうれしかったんですよ。私の意見を取り入れてくれるとは思っていませんでしたので」
「おまえを秘書にほしかったが」
「望まれれば、いつでも」
「善田工業の居心地が悪くなったら、来いよ」
「今は善田のそばにいさせてください」
そう言った、園村の表情は晴々としていた。
「わかった。あの困ったじいさんは、園村の言うことなら聞くからな。大した男だよ、園村は」
「お褒めに預かり、光栄です」
「寒い中、悪かったな」
「いいえ。お仕事ですから」
「こういうのは、仕事とは言わないよ」
軽く、園村の肩を小突いた。
園村は穏やかにほほえむ。彼が俺にこんな笑顔を見せたのは、いつぶりだろう。
全部、沙月のおかげだろうか。
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