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遺産の使い道
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なんなのだろう、この人は。一方的に出ていけと怒ったくせに、急に謝ってきたかと思ったら、今度は楽しく食事がしたいだなんて。
何かを企んでるのは間違いないのだろうけど、つかみどころのない人だ。
「筑前煮か。久しぶりだな。和食はやっぱり落ち着くよ」
夏凪さんは、うまい、と上機嫌にれんこんをほおばる。
そんな屈託のない横顔を見ていると、いい人なのかしら? と気を許しそうになってしまう。
だめだめ。この人のお腹の中は、きっと真っ黒なんだから。
「料理、上手だな」
不意にこちらに視線を移し、彼はそう言う。ばっちり目が合って、どきりとしてしまう。
第一印象が最悪だったから苦手意識ができてしまったけれど、整った顔立ちの彼に見つめられると、落ち着かない気分になる。
「わ、若い頃からしてますので」
すぐに目をそらす。次はどんな嫌味を言われるかわかったものじゃない。
「はたちからうちで暮らしてるって言ってたよな。毎日こんな料理を出してもらえたら、父さんも喜ぶはずだな」
「ご希望があれば、なんでも作りますからおっしゃってください」
「なんでもか。いや、こうして毎日一緒に食べられるなら、佐那子さんの作りたいもので大丈夫だ」
わざとらしく私の顔をのぞき込むようにして、ニッと笑う。
私の顔なんて見たくないって言ったくせに。本当に調子のいい人だ。
「充寿さんはお仕事が遅くなる日は外食されるので、一緒にお食事するのは週末ぐらいなんです。夏凪さんは毎日こちらで召し上がるんですか?」
できれば、遠慮してほしい。そんな願いを込めて尋ねた。
「父さんは、そうか、週末だけか。俺はしばらく毎日頼むよ。出社するのは来月からになるんだ」
「来月? まだ2週間ほどありますね」
がっかりする。しばらくはこの気まずい食卓が続きそうだ。
「来月からは週末だけお願いするよ。それほど残業はしないつもりだけどね」
「残業があまりないお仕事なんですね」
「したいやつはするさ。俺は優秀だからね、残業なんて必要ない」
「あー、そうですか」
自信満々な夏凪さんにあきれる私を一向に気にする様子もなく、彼は続けた。
「ただ、出張が多い仕事でね。仕事が始まれば、あまり家にいないかもしれない。食事を作ってもらいたいときは都度連絡を入れるよ」
ということは、来月からはほとんど顔を合わせずに済みそうだ。
いったい、どんな仕事をしてる人なのだろう。さっきは聞きそびれてしまったけれど、尋ねても大丈夫だろうか。
「どんな仕事をしてるんだ? って顔してるな」
彼は察してか、そう言う。というより、聞いて欲しかったのかもしれない。お互いをよく知るところから始めたいと言っていたし。
「聞いてもいいですか?」
「もちろん」
してやったりと、満足そうに彼はうなずく。なんだかちょっとめんどくさい人だ。
「夏凪さんって、何のお仕事をされてる方なんですか?」
改めて尋ねる。
「佐那子さんは知ってるかな? トップアートオークションで働いてるよ」
トップアートオークション……?
本当に?
アートの世界に関わっている人間で、その名を知らないものはいない。
トップアートオークションとは、通称トップと呼ばれるオークション会社だ。彼らに注文すれば、どんなに入手困難なアートでも見つけ出してくれるという、世界有数のオークション企業。そして、彼らが発掘し提供するアートは超一流品ばかりで、その信頼と実績は世界トップクラスと言われている。
トップの本社はニューヨークにある。彼はアメリカから帰国したと言っていた。ということは、ニューヨーク本社に勤務していたのだ。本社で勤務する日本人は5本の指におさまるほどと聞いたことがある。
いくら夏凪さんが、世界的に有名な日本画家、深山四季の息子だとしても、相当な知識と卓越した才能の持ち主でなければ、トップへの就職など不可能だろう。
「うそ……っ」
思わず、両手で口を覆って驚くと、彼は意外だったのか、眉をぴくりとあげた。
「佐那子さんは知ってるのか。普通の人はあまりトップを知らないと思ってたよ」
普通の人……とは、また無意識に人を傷つける。
夏凪さんは私が絵を描いてることすら知らない。トップの人間に知ってもらうには、まだまだ経験と実績が足りないのだと思い知らされる。深山四季は23歳の時に発表した作品で一躍有名になったというのに。
「私も、絵画には興味があるんです。もちろん、深山四季さんの絵画は存じてます」
私も画家なんです。
そう言ったら、夏凪さんは私の絵画を見てくれるかもしれない。
そう思ったけれど、彼は私に気を許してないから、まだ話せない。トップの人間ににらまれたら、画家としての生命を絶たれる可能性もあるのだ。
「母さんの。それはそうか、この家にいて、深山四季を知らないはずはないな。絵画に興味があるなら、近いうちにふたりでギャラリーへ行こうか」
「……あ、はい。かまいませんけど……」
おずおずと答えつつ、首をかしげてしまう。
なんで一緒に出かける話になってるのだろう。
「日本に帰ってきたら、真っ先に行きたい展覧会があったんだが、明日はどう?」
彼は早速、誘ってくる。
「あ、明日は充寿さんの検査があるって言ってたので、朝から病院に行かないといけないんです」
「それじゃあ、あさっては?」
「あさっては仕事で行かなきゃいけないところがあって……」
都合が悪いのは事実だけど、なんだかんだと理由をつけてお誘いを断ってるみたいで気まずい。
それでも、夏凪さんはいっさい嫌な顔を見せないで、むしろ、余裕のある笑みを見せる。
「仕事があるなら仕方ないな。また誘うよ」
気が短そうで長い人なのか……、本当につかみどころがない。
「はい、お願いします」
「とりあえず、明日は病院だな。一緒に行くよ。父さんに会うのは久しぶりだしね」
彼は上機嫌に言うと、私の作った料理をぺろりと平らげた。
なんなのだろう、この人は。一方的に出ていけと怒ったくせに、急に謝ってきたかと思ったら、今度は楽しく食事がしたいだなんて。
何かを企んでるのは間違いないのだろうけど、つかみどころのない人だ。
「筑前煮か。久しぶりだな。和食はやっぱり落ち着くよ」
夏凪さんは、うまい、と上機嫌にれんこんをほおばる。
そんな屈託のない横顔を見ていると、いい人なのかしら? と気を許しそうになってしまう。
だめだめ。この人のお腹の中は、きっと真っ黒なんだから。
「料理、上手だな」
不意にこちらに視線を移し、彼はそう言う。ばっちり目が合って、どきりとしてしまう。
第一印象が最悪だったから苦手意識ができてしまったけれど、整った顔立ちの彼に見つめられると、落ち着かない気分になる。
「わ、若い頃からしてますので」
すぐに目をそらす。次はどんな嫌味を言われるかわかったものじゃない。
「はたちからうちで暮らしてるって言ってたよな。毎日こんな料理を出してもらえたら、父さんも喜ぶはずだな」
「ご希望があれば、なんでも作りますからおっしゃってください」
「なんでもか。いや、こうして毎日一緒に食べられるなら、佐那子さんの作りたいもので大丈夫だ」
わざとらしく私の顔をのぞき込むようにして、ニッと笑う。
私の顔なんて見たくないって言ったくせに。本当に調子のいい人だ。
「充寿さんはお仕事が遅くなる日は外食されるので、一緒にお食事するのは週末ぐらいなんです。夏凪さんは毎日こちらで召し上がるんですか?」
できれば、遠慮してほしい。そんな願いを込めて尋ねた。
「父さんは、そうか、週末だけか。俺はしばらく毎日頼むよ。出社するのは来月からになるんだ」
「来月? まだ2週間ほどありますね」
がっかりする。しばらくはこの気まずい食卓が続きそうだ。
「来月からは週末だけお願いするよ。それほど残業はしないつもりだけどね」
「残業があまりないお仕事なんですね」
「したいやつはするさ。俺は優秀だからね、残業なんて必要ない」
「あー、そうですか」
自信満々な夏凪さんにあきれる私を一向に気にする様子もなく、彼は続けた。
「ただ、出張が多い仕事でね。仕事が始まれば、あまり家にいないかもしれない。食事を作ってもらいたいときは都度連絡を入れるよ」
ということは、来月からはほとんど顔を合わせずに済みそうだ。
いったい、どんな仕事をしてる人なのだろう。さっきは聞きそびれてしまったけれど、尋ねても大丈夫だろうか。
「どんな仕事をしてるんだ? って顔してるな」
彼は察してか、そう言う。というより、聞いて欲しかったのかもしれない。お互いをよく知るところから始めたいと言っていたし。
「聞いてもいいですか?」
「もちろん」
してやったりと、満足そうに彼はうなずく。なんだかちょっとめんどくさい人だ。
「夏凪さんって、何のお仕事をされてる方なんですか?」
改めて尋ねる。
「佐那子さんは知ってるかな? トップアートオークションで働いてるよ」
トップアートオークション……?
本当に?
アートの世界に関わっている人間で、その名を知らないものはいない。
トップアートオークションとは、通称トップと呼ばれるオークション会社だ。彼らに注文すれば、どんなに入手困難なアートでも見つけ出してくれるという、世界有数のオークション企業。そして、彼らが発掘し提供するアートは超一流品ばかりで、その信頼と実績は世界トップクラスと言われている。
トップの本社はニューヨークにある。彼はアメリカから帰国したと言っていた。ということは、ニューヨーク本社に勤務していたのだ。本社で勤務する日本人は5本の指におさまるほどと聞いたことがある。
いくら夏凪さんが、世界的に有名な日本画家、深山四季の息子だとしても、相当な知識と卓越した才能の持ち主でなければ、トップへの就職など不可能だろう。
「うそ……っ」
思わず、両手で口を覆って驚くと、彼は意外だったのか、眉をぴくりとあげた。
「佐那子さんは知ってるのか。普通の人はあまりトップを知らないと思ってたよ」
普通の人……とは、また無意識に人を傷つける。
夏凪さんは私が絵を描いてることすら知らない。トップの人間に知ってもらうには、まだまだ経験と実績が足りないのだと思い知らされる。深山四季は23歳の時に発表した作品で一躍有名になったというのに。
「私も、絵画には興味があるんです。もちろん、深山四季さんの絵画は存じてます」
私も画家なんです。
そう言ったら、夏凪さんは私の絵画を見てくれるかもしれない。
そう思ったけれど、彼は私に気を許してないから、まだ話せない。トップの人間ににらまれたら、画家としての生命を絶たれる可能性もあるのだ。
「母さんの。それはそうか、この家にいて、深山四季を知らないはずはないな。絵画に興味があるなら、近いうちにふたりでギャラリーへ行こうか」
「……あ、はい。かまいませんけど……」
おずおずと答えつつ、首をかしげてしまう。
なんで一緒に出かける話になってるのだろう。
「日本に帰ってきたら、真っ先に行きたい展覧会があったんだが、明日はどう?」
彼は早速、誘ってくる。
「あ、明日は充寿さんの検査があるって言ってたので、朝から病院に行かないといけないんです」
「それじゃあ、あさっては?」
「あさっては仕事で行かなきゃいけないところがあって……」
都合が悪いのは事実だけど、なんだかんだと理由をつけてお誘いを断ってるみたいで気まずい。
それでも、夏凪さんはいっさい嫌な顔を見せないで、むしろ、余裕のある笑みを見せる。
「仕事があるなら仕方ないな。また誘うよ」
気が短そうで長い人なのか……、本当につかみどころがない。
「はい、お願いします」
「とりあえず、明日は病院だな。一緒に行くよ。父さんに会うのは久しぶりだしね」
彼は上機嫌に言うと、私の作った料理をぺろりと平らげた。
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