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永遠の条件
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「佐那子ちゃん、何かいいことあった?」
ひょこっと後ろから顔を出す信太朗くんが、作業台の上の画用紙と、私の顔を交互に見て、そう言う。
「えっ、あ……どうしてそう思うの?」
「バラがすごく華やかだから。これから冬に向かうっていうのに、ウキウキしてるなぁって思って。次の題材?」
彼は画用紙を指差して、にこっと笑う。
「あっ、違うの。バラが綺麗だなぁって、描いてただけ。ただのらくがき」
恥ずかしくて、画用紙に描いたバラの絵を両手で隠す。
信太朗くんには夏凪さんとお付き合いを始めたことは話してないけど、絵から感情を見抜かれたようで、どきりとしてしまう。
夏凪さんはいよいよ出社するようになり、顔を合わせるのは朝食時だけの日が増えた。充寿さんの退院も決まって、このところは何かと忙しい日を送ってる。
夏凪さんとゆっくり過ごす時間がないわけではないけれど、まだキス以上のことはしてなくて、お付き合いが始まったんだなって実感する程度の気持ちでいて、そんなにウキウキしてるつもりもない。
でも、信太朗くんがそう言うのだから、自分で思ってるよりも、浮かれちゃってるのだろう。
「そうなんだ。らくがきと言わず、描いたらいいのに」
作業台の前にあるガラス窓からは、神林家のバラ園が見える。
ライラック、白、ピンク、アプリコット、緋色……さまざまな色合いのバラが、毎年神林家を賑わすが、今年もその美しい姿を見せてくれている。
「次のテーマは決めてるの」
「テーマって?」
「永遠」
「へえ。また難しそうだね」
「永遠の幸せってあるのかなって思って」
「どうかなぁ」
信太朗くんは私の隣にいすを持ってくると、腰をおろして腕を組む。
今日は仕事が休みで、行くところもないから来た、と言っていただけあって、よもやま話で時間をつぶす気満々みたい。
「俺はあんまり、永遠って信じてないかな」
「そうなの?」
どちらかというと、ロマンチストだと思っていたから、彼の反応は意外だった。
「そうは思わない? どんなに愛し合ってる恋人でも、すごく仲のいい友だちでもさ、離れる日は必ず来るよ。人はいつかこの世を去るんだから。この地球だってさ、いつかはなくなるかもしれないんだよ?」
「失うことは永遠って言ってるみたい」
今はまだ考えてもないけれど、私と夏凪さんもいつかは別れる日が来るのかな。でもきっと、それは悲しいことじゃなくて、生きていたら当たり前の出来事なんだって、信太朗くんは言うのだろうか。
「あ、やだなー。俺、ネガティブ思考じゃないんだけどな」
信太朗くんはくすくす笑って、ちょっといい? とバラの描かれた画用紙を持ち上げて眺める。
「佐那子ちゃん、恋してるみたいだね。いつもどことなく儚い花を描くのに、このバラは本当に色っぽくて、笑顔になってるみたいだ」
「恋をするなんて考えたことなかったの」
「結婚願望なんてないってずっと言ってたもんね」
「信太朗くんも」
私たちはお互いに恋愛に興味がなかったし、結婚は必要ないって思ってた。
「そうだね。俺はずっとこうやって、佐那子ちゃんと仲良く生きていけるのかなって思ってたよ」
まるで、この関係はもう続けられないって言われたみたい。
「もうここには来ない?」
夏凪さんは信太朗くんがアトリエに来るのをどう思ってるのだろう。
聞いてみる必要も感じてなかったけど、尋ねてみてもいいかもしれない。彼ははっきりしてるから、嫌なら嫌だと言うだろう。たとえ、信太朗くんはただのお友だちだといっても。
「夏凪がいいって言うならいいんじゃない?」
「えっ!」
「夏凪と付き合ってるでしょ?」
「ど、どうして?」
急に夏凪さんの名前が出てくるなんて。
「見てればわかるよ、夏凪はわかりやすいから。最近、和風先生の今までの活動を聞きたいって頻繁に連絡来るからさ、言葉の端々に佐那子ちゃんへの愛がダダ漏れって言うの?」
彼はからかうように言う。
「え、やだっ」
そんな話、聞いてない。信太朗くんと連絡取り合ってるなんて。
活動のことなら私に聞いてくれたらいいのに。でも、私は作品をつくることに集中してればいいと言ってくれてるから、気をつかってのことかもしれないけれど。
「ちょっと悔しいなぁ、俺は」
「悔しい?」
「俺と佐那子ちゃんの友情は永遠だと思ってたから」
これも、失われる永遠の一つだろうか。
そう思ったけれど、信太朗くんはしんみりする私に、にこっと笑ってくれる。
「俺はさ、傷つきたくない症候群なわけ。だから、夏凪に負けても本当は仕方ないわけで、悔しがる権利も持ってないんだよ」
だから、終わる日が来るまでこのままの関係でいてよ。
そう彼はぽつりとつぶやいて、画用紙を作業台の上へ伏せた。
「佐那子ちゃん、何かいいことあった?」
ひょこっと後ろから顔を出す信太朗くんが、作業台の上の画用紙と、私の顔を交互に見て、そう言う。
「えっ、あ……どうしてそう思うの?」
「バラがすごく華やかだから。これから冬に向かうっていうのに、ウキウキしてるなぁって思って。次の題材?」
彼は画用紙を指差して、にこっと笑う。
「あっ、違うの。バラが綺麗だなぁって、描いてただけ。ただのらくがき」
恥ずかしくて、画用紙に描いたバラの絵を両手で隠す。
信太朗くんには夏凪さんとお付き合いを始めたことは話してないけど、絵から感情を見抜かれたようで、どきりとしてしまう。
夏凪さんはいよいよ出社するようになり、顔を合わせるのは朝食時だけの日が増えた。充寿さんの退院も決まって、このところは何かと忙しい日を送ってる。
夏凪さんとゆっくり過ごす時間がないわけではないけれど、まだキス以上のことはしてなくて、お付き合いが始まったんだなって実感する程度の気持ちでいて、そんなにウキウキしてるつもりもない。
でも、信太朗くんがそう言うのだから、自分で思ってるよりも、浮かれちゃってるのだろう。
「そうなんだ。らくがきと言わず、描いたらいいのに」
作業台の前にあるガラス窓からは、神林家のバラ園が見える。
ライラック、白、ピンク、アプリコット、緋色……さまざまな色合いのバラが、毎年神林家を賑わすが、今年もその美しい姿を見せてくれている。
「次のテーマは決めてるの」
「テーマって?」
「永遠」
「へえ。また難しそうだね」
「永遠の幸せってあるのかなって思って」
「どうかなぁ」
信太朗くんは私の隣にいすを持ってくると、腰をおろして腕を組む。
今日は仕事が休みで、行くところもないから来た、と言っていただけあって、よもやま話で時間をつぶす気満々みたい。
「俺はあんまり、永遠って信じてないかな」
「そうなの?」
どちらかというと、ロマンチストだと思っていたから、彼の反応は意外だった。
「そうは思わない? どんなに愛し合ってる恋人でも、すごく仲のいい友だちでもさ、離れる日は必ず来るよ。人はいつかこの世を去るんだから。この地球だってさ、いつかはなくなるかもしれないんだよ?」
「失うことは永遠って言ってるみたい」
今はまだ考えてもないけれど、私と夏凪さんもいつかは別れる日が来るのかな。でもきっと、それは悲しいことじゃなくて、生きていたら当たり前の出来事なんだって、信太朗くんは言うのだろうか。
「あ、やだなー。俺、ネガティブ思考じゃないんだけどな」
信太朗くんはくすくす笑って、ちょっといい? とバラの描かれた画用紙を持ち上げて眺める。
「佐那子ちゃん、恋してるみたいだね。いつもどことなく儚い花を描くのに、このバラは本当に色っぽくて、笑顔になってるみたいだ」
「恋をするなんて考えたことなかったの」
「結婚願望なんてないってずっと言ってたもんね」
「信太朗くんも」
私たちはお互いに恋愛に興味がなかったし、結婚は必要ないって思ってた。
「そうだね。俺はずっとこうやって、佐那子ちゃんと仲良く生きていけるのかなって思ってたよ」
まるで、この関係はもう続けられないって言われたみたい。
「もうここには来ない?」
夏凪さんは信太朗くんがアトリエに来るのをどう思ってるのだろう。
聞いてみる必要も感じてなかったけど、尋ねてみてもいいかもしれない。彼ははっきりしてるから、嫌なら嫌だと言うだろう。たとえ、信太朗くんはただのお友だちだといっても。
「夏凪がいいって言うならいいんじゃない?」
「えっ!」
「夏凪と付き合ってるでしょ?」
「ど、どうして?」
急に夏凪さんの名前が出てくるなんて。
「見てればわかるよ、夏凪はわかりやすいから。最近、和風先生の今までの活動を聞きたいって頻繁に連絡来るからさ、言葉の端々に佐那子ちゃんへの愛がダダ漏れって言うの?」
彼はからかうように言う。
「え、やだっ」
そんな話、聞いてない。信太朗くんと連絡取り合ってるなんて。
活動のことなら私に聞いてくれたらいいのに。でも、私は作品をつくることに集中してればいいと言ってくれてるから、気をつかってのことかもしれないけれど。
「ちょっと悔しいなぁ、俺は」
「悔しい?」
「俺と佐那子ちゃんの友情は永遠だと思ってたから」
これも、失われる永遠の一つだろうか。
そう思ったけれど、信太朗くんはしんみりする私に、にこっと笑ってくれる。
「俺はさ、傷つきたくない症候群なわけ。だから、夏凪に負けても本当は仕方ないわけで、悔しがる権利も持ってないんだよ」
だから、終わる日が来るまでこのままの関係でいてよ。
そう彼はぽつりとつぶやいて、画用紙を作業台の上へ伏せた。
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