仮初めの甘い誘惑

水城ひさぎ

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お気に入りの画家

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『秋本さんから買ってくれるって連絡入ったから、今から行ってくるよ』
『明日はお父さんの手術だから、施設の方はおやすみします。佐那子ちゃんも病院に来る?』

 車から降りて、スマートフォンを確認すると、信太朗くんと秋花さんからのメールが入っていた。

 どちらも数時間前に届いたメールだ。はやめに連絡した方がいいだろう。

 簡単な返信を送っていると、車を停めに行った夏凪さんが、ガレージの奥から戻ってくる。

「何かあったか?」
「充寿さんの手術の件で、秋花さんから。明日は私も病院に行ってきますね」
「俺も行くよ」
「じゃあ、秋花さんにもそう伝えておきます」

 ふたたび、秋花さんにメールを送って、さらに言う。

「それと、絵が売れたって、信太朗くんから」
「そうか。売れたのか。よかったな」

 一緒に喜んでくれる彼の方が、なんだかうれしそうだ。

「桜の絵だったので、春になる頃に購入を考えていただけたらいいかなって思ってたんですけど、思ったよりはやく決めてくださったみたい」
「桜か。俺も見てみたかったな。購入者は信太朗の知り合いだっけ?」
「信太朗くんのご友人の実家です」
「わかった。信太朗の連絡先、知りたいんだが、俺の連絡先を伝えてもらえるか?」
「いいですけど……」

 秋本さんちへ行くつもりだろうか。夏凪さんの行動力を思うと、とめても聞かないとは思うけれど。

 仕方なく、夏凪さんが絵のことで連絡を欲しがってる、と信太朗くんにも再度、メールする。

 秋花さんからの返信はすぐに届いたが、信太朗くんからはなかった。まだ秋本さんちにいるのかもしれない。

「手数をかけて悪いね。コーヒーでも飲んで、ゆっくりするか」

 全然悪いと思ってない、浮かれた口調で言う彼と、玄関へ向かって歩き出す。

 エントランスホールに入り、リビングへ向かおうとした私は、ふと思い出して尋ねた。

「夏凪さんのお部屋にある作品って、白山和風の作品なんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「私の作品がアメリカのギャラリーにあったってことですよね? 本当に? って思って」
「人から人へ渡ってたどり着いたんだろう。うそだと思うなら、見てみるか?」
「はい、見てみたいです。桜の作品って、たくさんは描いてないので、あの大きさの作品だったら、もしかしてって思って」

 アメリカから届いた絵画の大きさは、50号ほどだったと思う。

 50号の桜は、一枚しか描いていない。

 もしかしたら、夏凪さんの部屋に飾られているのは……。

「タイトル、覚えてますか?」
「もちろん。郷愁だよ」
「やっぱり」
「すぐに見るか?」
「はい」

 夏凪さんについて階段をあがる。

 書斎だけは入らないようにと言われていたから知らなかったけれど、郷愁がまさか、こんなにも身近なところにあったなんてと心が浮き立つ。

 ドアを開けてくれる彼の奥にある、壁に飾られた絵画は、すぐに目に飛び込んできた。

 ああ……、とため息が漏れた。

 間違いない。行方知れずになっていた郷愁だ。

 郷愁に駆け寄り、隅々まで眺め見る。傷一つなく、保管状態が良かったみたいで劣化もない。

 郷愁を描きあげ、感極まったあの日のままの美しい姿が存在している。

「夏凪さんが持っていたなんて思いもしなかったです」
「俺も、佐那子さんの作品だなんて知らなかったよ」

 隣に立つ夏凪さんを見上げる。

 郷愁を眺めるその横顔は穏やかで、私の絵画を見てこんなにも優しい顔をしてくれるのだと思う。

「この絵画を見つけたとき、日本に帰ろうと決めた。必ず、白山和風を見つけ出して、一緒に世界を目指そうと思ったんだ」

 夏凪さんの帰国を決意させたのは、この桜の絵……私の描いた絵画。

「そんなに気に入ってくださったの?」
「ああ。その思いは、白山和風が佐那子さんとわかって、より強くなったよ」

 夏凪さんは私と向き合うと、目線を合わせるように身をかがめる。

「公私ともに、俺のパートナーになってもらえたらうれしい」
「え……」

 彼の指がスッと伸びて、私の髪をまさぐった。そのまま、手のひらがほおに触れて、彼の顔が近づいてくる。

 あ、キス……?

 なんとなく予感があって、でも、そう思うのは自意識過剰なだけで、違うかもしれないって思ってどうすることもできなくて、そうこうしてるうちに彼の親指が下唇をなでた。

「あ……」

 どきっとして、ほおが赤らむのがわかった。

 目を細めた彼が、「佐那子」と私を呼び捨てにする。

 今日一日、ずっと夏凪さんと一緒にいた。お付き合いしてもいいと思えるほどの時間を、彼は作ってくれた。

 あとは、このキスを受け入れたらいいのだと思う。

 でも、夏凪さんとキスだなんて。よくよく考えてみれば、私はこんなにも魅力的な男の人をほかに知らない。

 そんな彼とキスしたりなんかしたら……、私……。

「いいか?」

 じれったそうに言う彼の袖をぎゅっと握りしめて、ようやくうなずく。

 緊張で、どうにかなってしまいそうな私の頭を、彼は優しい目をしてするりとなでると、唇を合わせてきた。

 優しいキスだった。ただただ優しく重なったあと、ついばむように触れて、ふたたび重なる。

 心地いいキスに胸が高鳴って、身体がとろけていくみたいだった。いつしか、緊張はほどけて、口内に入り込む舌先を受け入れる。

 私が私じゃないみたい。夏凪さんの前で、素直になっていく私が恥ずかしい。それでも彼に触れていたくて、終わらないキスを受け止め続けた。
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