嘘つきフェイク

水城ひさぎ

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私を幸せにしてくれる人

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***


 フェリーチェには数人の客がいた。
 私が店内に足を踏み込んだ時には店員の全てが接客中で、怜司さんも私に気づいたが、席を外せない様子で頭を下げたのみだった。

 ガラスケースに飾られたネックレスを眺めながら、店内をゆっくり歩く。入り口付近には思ったよりリーズナブルな価格のアクセサリーが並ぶ。

 敷居が高いだなんて勝手な思い込みだった。もう少し早くここを訪れていたら、もっと違う形で怜司さんに出会えていたかもしれないなどと考えてしまう。

 店内を見て回っているうちに客の流れが変わる。先ほどまでの混雑が嘘のように客が引けていく。

「待たせたね」

 お客様を店の外まで見送りに出ていた怜司さんは、店内に戻るなり笑顔で私に歩み寄る。

「忙しい時に来てしまって……」
「いや、気にしなくていいよ。いろいろ見ていたようだけど、何か気になるものあった?」
「あ、素敵なものばかりで、目移りしちゃって。石神さんがお勧めしてくださるものを見てみたいです」
「そう。じゃあ、こちらへ。もう用意はしてあるんだ」

 怜司さんに促されて、ジュエリーの並ぶガラスケース前の席に案内される。

 すでにいくつかのジュエリーが用意されていて、上客のような扱いに戸惑う。全て彼が私に似合うだろうと選んでくれたものだと思うだけで、やはり嬉しさがこみ上げてしまう。

「これなんだけどね、どうだろう?」

 すぐに怜司さんはアクセサリートレイに乗せたネックレスを目の前に差し出した。

 ゴールドとシルバーが組み合わさるしずく型のモチーフの中に、品の良いダイヤモンドが添えられたネックレス。その気品ある輝きに、思わずしり込みしてしまう。

「趣味に合うかな」
「私に似合うかしら。もう少しカジュアルなものを想像してたから……」
「普段使いでも問題ないよ。似合うと思う。つけてみようか」

 私の背後に回る怜司さんが、ネックレスをはめてくれる。
 髪にそっと触れる指先が、いつもお客様にそんな風に触れてるのかと思うと嫉妬してしまいたくなるぐらい優しい。

「どう?」

 怜司さんは鏡を私の前に引き寄せた。

「あ……すごく素敵。普段使いなんて、とても」

 胸元に手を添えながら、鏡の中の彼と目を合わせる。

「朝霧さんなら大丈夫だよ。他のもつけてみようか」
「あ、はい。でもデザインはこれが一番好きな感じ。もう少し良すぎないものがいいかも」
「良すぎる? そんなことないと思うけどね。まあ、朝霧さんの好みもあるし、幅広く用意するよ」
「なんか、ごめんなさい」
「意外と遠慮するんだね」
「意外ですか?」
「そう。いつも君は結構大胆なことしてるのにね」

 最後の言葉は私の耳元で囁いて、怜司さんは意味ありげに微笑む。恥ずかしくて耳が赤くなってしまう。その反応を見て彼は楽しむのだ。

 怜司さんはスッと私から離れると、店内を歩き回り、ガラスケースから取り出したいくつかのアクセサリーをトレイに移していく。

 その後ろ姿をぼんやり眺めていると、不意に店先に子供が現れた。通り過ぎるのかと思ったら、ためらいもなく店内に入ってきて怜司さんに向かって駆けていく。

 その頃には私の胸はバクバクと言い始めていた。

 その子には見覚えがあった。ついこの間、出会った。怜司さんと手をつないで歩いていた男の子。彼によく似たあの子だ。

 男の子は何も気づいていない怜司さんのスーツの裾をつかむと、何度か引っ張り、彼に存在を気づかせようと口を開いた。

「パパ、パパ」

 男の子のよく通る声が店内に響き渡る。驚いた表情で振り返った怜司さんが入り口に目を向けた時には、男の子の母親と思しき女性が姿を見せていた。

「怜司くん、ごめんね、仕事中だって春翔はるとには言ったんだけど、どうしてもあなたに会いたいって聞かなくて」
「みのりさん……」

 絶句した怜司さんの視線はわずかに私に移ったが、それはすぐに気まずげにそらされた。

「ごめん、接客中なんだ」

 怜司さんは春翔と呼ばれた男の子の頭にそっと手を乗せて、みのりさんに困り顔を見せる。

 店内の客は私一人だ。彼女は「そうよね」と私の方に視線を移して、申し訳なさげに春翔くんの手を引いた。

 とても線の細い清楚な人だ。だが決して大人しいタイプではない、利発そうな一面も持ち合わせている美しい人。
 そして彼女は、怜司さんが誰よりも大切にしてる人。

「春翔、ごめんな。また後でな」

 春翔くんの目線まで膝を折ってかがんだ怜司さんの横顔には、今までに見たことないぐらいの優しい笑顔が浮かぶ。

 敗北感とでもいうのだろうか。私の中にむなしさが広がる。いくら怜司さんに大切にされていても、決定的に私に足りないものを見せつけられた気がした。

 怜司さんに背を向けて、目の前に並ぶネックレスに視線を落とす。彼にとっては罪滅ぼしで、私には気休めでしかないのに、何を浮かれていたのだろう。

「お待たせしたね、朝霧さん。いくつか選んできたよ。今度はどうだろう?」
「石神さん……」

 何もなかったように怜司さんは笑顔を見せる。私には何も説明する気はなく、また聞くなと言っているのだ。

「あの、やっぱり私……とてもそんな気持ちになれなくて」

 これ以上彼との間に楽しい思い出を作ることに何の意味があるだろう。

「……そう、仕方ないね」

 途方にくれる私を切なげに見下ろして、彼は一つため息を落とす。

「石神さんの気持ちは嬉しいんです。最初に見せて頂いたものがやっぱり素敵だし、他のも……魅力的で。でも私にはもったいなさすぎます」
「無理にとは言わないよ。朝霧さんが喜ばないものを選びたいとは思わない」
「あの、本当に、気持ちは嬉しくて……」
「今日はそんな気になれないだけなら、また違う日においで」
「約束する自信がないです」
「また連絡するよ。今日はそれで納得してくれないか?」
「はい……わかりました」

 そう言うしかない。彼が譲歩してくれたのだから、私ばかり我儘言ってはいけない。

「じゃあ、すみません。今日はこれで」
「悪かったね。今度は納得行くものを用意するよ」

 怜司さんが私のために選んでくれるなら、どんなものでもかまわない。そうは思うけど言葉にならなくて、無言で頭を下げた。

「あ、朝霧さん、次はいつ?」

 店先まで見送りに出てくれた怜司さんは、帰ろうとする私を呼び止める。

「また連絡します……」
「今度の月曜は?」
「わからないです」
「そう」
「じゃあ行きますね」

 そう言って頭を下げた時、「あれ?」という声が背後でした。

 なんとはなしに反応して振り返り、我が目を疑う思いで息を飲んだ。

「和美っ」

 目が合わさった途端、私の名を呼んだスーツ姿の青年が、私に向かって手をあげる。

「……勇介ゆうすけ

 驚きで口元を両手で覆う私に笑顔で駆け寄ってきたのは、半年前に別れた元カレの山野やまの勇介だった。
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