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私を幸せにしてくれる人
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「久しぶりだね、朝霧さん。もう来ないかと思ってたよ」
カウンターに座るとすぐ、小坂くんがやってくる。何も知らないようなあどけない笑顔を見せるけど、月曜日に和音を訪れなくなった怜司さんのことを考えれば、私たちの関係は見透かされているのだろうと思う。
「たまには来るわよ」
にこっとすれば、小坂くんも嬉しそうだ。
「来たい時に来てくれたらいいよ。今日は待ち合わせ?」
「そうなの」
「個室まだ空いてるよ?」
そう尋ねてくるのだから、待ち合わせの相手が怜司さんであることは察してるんだろう。
「いいの。すぐに帰る予定だから、ここで大丈夫よ」
「すぐに帰るんだ? 残念だな」
「帰るのは、彼の方よ」
「え、そうなんだ」
小坂くんは微妙に気まずい表情をする。
「変な顔しないで。彼の都合よ」
「そんな顔したかな? あ、いや別に何も勘ぐってないよ。強いていうなら、少しの時間でも朝霧さんに会いたいんだろうなとは思ったけど」
「そういうわけじゃないわよ」
ただ髪留めを返しに来るだけ。
本当は今日、私が彼の部屋に取りに行く予定だったけど、仕事を終えた頃、急用が出来たから届けに来ると彼から電話があったのだ。
場所はどこでも良かったけど、和音を指定した。ここなら、彼と二人きりになる心配がなかったから。
「残念だったね」
うつむく私に、不意に小坂くんが言う。
「え?」
「せっかくのデートがダメになってさ」
「……そんなこともないわ」
小さな息を落とす。
怜司さんから連絡があった時、内心彼の部屋には行きたくなかったからホッとしていたのだ。
「結婚できないってわかってる人と付き合うのは、結構つらいね」
そう言うと、グラスを用意する小坂くんの手が止まる。
「そういう相手なの?」
「みたい」
「そうなんだ。あ、いらしたよ。じゃあ、また後で聞くよ」
「ありがとう、小坂くん」
小坂くんが私から離れていくのと同時に、姿を見せた怜司さんが私に近づく。
手には小さな紙袋を持っている。怜司さんの店の紙袋だ。髪留めを入れるのに利用した、というところだろう。
案の定、怜司さんは私の隣に腰掛けると紙袋をそっとカウンターの上に置いた。
「悪いね、すぐに行かなきゃいけない」
「いいんです。私の方こそ、うっかりしててごめんなさい」
「うっかり? そうだな、君は隙のあるところが可愛い。こうして会えるきっかけになったんだから、気にしてない」
怜司さんは柔らかく微笑む。その実、目は笑っていない。気にしてないと言いながら、私の様子を探るような目をしている。
彼と素直に目を合わせることが出来ないまま、紙袋を受け取る。中に髪留めが入っているのを確認する。
「じゃあ怜司さん、確かに受け取りましたから」
そう言うと、怜司さんは眉をひそめる。
「あんまり俺といたくないみたいだ」
「用事があるんでしょう?」
「少しぐらい君に割く時間はあるよ」
沈黙してしまう。何を話したらいいのか、何も思い浮かばない。
「君とじっくり話す時間がないのがもどかしいよ」
小さなため息を吐き出して、怜司さんはうつむく私の髪にそっと触れる。
「次の休みはいつ? 店においで。約束は守るよ」
ネックレスの話をしていることにすぐに気づく。まだ私と別れる気はないと言ってくれている。
「今週は土曜日が休みなので、昼頃なら」
そう答えると、怜司さんは安堵の息をつく。
「そう、楽しみにしてる。じゃあ行くよ」
「はい、じゃあまた」
立ち上がる彼を見上げると、切なげな目と目が合う。
急に不安になる。彼も本当は私と同じように、この恋の終わりが近いと気づいてるんじゃないかなんて思えて。
「あの、やっぱり私……」
腰を浮かす私の肩に手を乗せた彼は、首を横に振る。
「結論を出すのは早いよ。俺はまだ君を手放したくない」
そう囁いて、怜司さんは店を後にした。
ため息が出る。情けない。気にしてないふりなんて全く出来なかった。むしろ怜司さんに会いたくなかった気持ちが前面に出てしまっていた。
彼が私の言葉を遮ってくれなかったら、私は何を告げようとしていたのだろう。後悔しかない。
「プレゼント?」
不意に声をかけられた。
「え?」
いつの間にか小坂くんが戻ってきていて、怜司さんが持ってきた紙袋に視線を注いでいる。
「それ、石神さんの店のだよね?」
「あ、違うの。プレゼントとかじゃないの」
カクテルを差し出す小坂くんに覗かれはしないかと、ひやひやしながら紙袋をカバンにしまう。それでも小坂くんは気になるようで、少しだけカバンに視線を注いだ。
「わざわざプレゼントだけ渡しに来るなんて、やっぱり石神さんってマメなんだなって思ったけど違ったんだ?」
「マメよね、確かに。器用になんでもこなすんだもの」
「へえ、なんでも? 羨ましいや。でもそんな石神さんでも、朝霧さんのことは思うようにならないんだ?」
「そんなことないわ。思うように出来てないのは私の方」
「石神さんは朝霧さんが好きでたまらない感じするけどな」
「そんな風に見える?」
「見える見える。何も悩むようなことない気がするけど」
「でも怜司さんには私より大切な人がいるみたい」
小坂くんにこんなこと話したって仕方ないのにと思いながら、ため息と共に吐き出す。
「そうなんだ」
「うん……」
小坂くんは心配そうに私を見てたけど、少しの沈黙の後、気を取り直したような笑顔を見せる。
「朝霧さんの恋愛って変わらないね。いつもイイ男を追いかけてばっかりだ」
「そう? そうかしら」
頬に手を当てる。
「俺の知る限りではね。最初は男の方が必死なのに、いつの間にか朝霧さんが追いかけてるんだよなー」
「なんだか、恥ずかしい……」
「たまには違う恋愛したら?」
「違うって?」
首を傾げると、小坂くんがはにかむ。
「今度俺とデートしようよ。石神さんにとって朝霧さんが二番目だって言うなら、彼が口出す理由はないよ。本気で怒るなら、二番目だって思ってる朝霧さんの誤解も解ける。俺はデートできたらラッキーだし。三人にとって有益だと思わない?」
「え……あ、そんな急に」
「考えておいてよ」
にこっと無邪気に笑われると調子が狂う。
「なんか……」
「ん?」
「小坂くんって、思ったより積極的ね」
「年取ったからかな。俺も次に付き合う女性のことは慎重に考えてるよ」
「慎重に?」
「軽い気持ちじゃないよってこと」
小坂くんはそう言うと微笑んで、「さあ、今日は俺の料理食べてもらおうかな」と腕まくりする仕草を見せた。
「久しぶりだね、朝霧さん。もう来ないかと思ってたよ」
カウンターに座るとすぐ、小坂くんがやってくる。何も知らないようなあどけない笑顔を見せるけど、月曜日に和音を訪れなくなった怜司さんのことを考えれば、私たちの関係は見透かされているのだろうと思う。
「たまには来るわよ」
にこっとすれば、小坂くんも嬉しそうだ。
「来たい時に来てくれたらいいよ。今日は待ち合わせ?」
「そうなの」
「個室まだ空いてるよ?」
そう尋ねてくるのだから、待ち合わせの相手が怜司さんであることは察してるんだろう。
「いいの。すぐに帰る予定だから、ここで大丈夫よ」
「すぐに帰るんだ? 残念だな」
「帰るのは、彼の方よ」
「え、そうなんだ」
小坂くんは微妙に気まずい表情をする。
「変な顔しないで。彼の都合よ」
「そんな顔したかな? あ、いや別に何も勘ぐってないよ。強いていうなら、少しの時間でも朝霧さんに会いたいんだろうなとは思ったけど」
「そういうわけじゃないわよ」
ただ髪留めを返しに来るだけ。
本当は今日、私が彼の部屋に取りに行く予定だったけど、仕事を終えた頃、急用が出来たから届けに来ると彼から電話があったのだ。
場所はどこでも良かったけど、和音を指定した。ここなら、彼と二人きりになる心配がなかったから。
「残念だったね」
うつむく私に、不意に小坂くんが言う。
「え?」
「せっかくのデートがダメになってさ」
「……そんなこともないわ」
小さな息を落とす。
怜司さんから連絡があった時、内心彼の部屋には行きたくなかったからホッとしていたのだ。
「結婚できないってわかってる人と付き合うのは、結構つらいね」
そう言うと、グラスを用意する小坂くんの手が止まる。
「そういう相手なの?」
「みたい」
「そうなんだ。あ、いらしたよ。じゃあ、また後で聞くよ」
「ありがとう、小坂くん」
小坂くんが私から離れていくのと同時に、姿を見せた怜司さんが私に近づく。
手には小さな紙袋を持っている。怜司さんの店の紙袋だ。髪留めを入れるのに利用した、というところだろう。
案の定、怜司さんは私の隣に腰掛けると紙袋をそっとカウンターの上に置いた。
「悪いね、すぐに行かなきゃいけない」
「いいんです。私の方こそ、うっかりしててごめんなさい」
「うっかり? そうだな、君は隙のあるところが可愛い。こうして会えるきっかけになったんだから、気にしてない」
怜司さんは柔らかく微笑む。その実、目は笑っていない。気にしてないと言いながら、私の様子を探るような目をしている。
彼と素直に目を合わせることが出来ないまま、紙袋を受け取る。中に髪留めが入っているのを確認する。
「じゃあ怜司さん、確かに受け取りましたから」
そう言うと、怜司さんは眉をひそめる。
「あんまり俺といたくないみたいだ」
「用事があるんでしょう?」
「少しぐらい君に割く時間はあるよ」
沈黙してしまう。何を話したらいいのか、何も思い浮かばない。
「君とじっくり話す時間がないのがもどかしいよ」
小さなため息を吐き出して、怜司さんはうつむく私の髪にそっと触れる。
「次の休みはいつ? 店においで。約束は守るよ」
ネックレスの話をしていることにすぐに気づく。まだ私と別れる気はないと言ってくれている。
「今週は土曜日が休みなので、昼頃なら」
そう答えると、怜司さんは安堵の息をつく。
「そう、楽しみにしてる。じゃあ行くよ」
「はい、じゃあまた」
立ち上がる彼を見上げると、切なげな目と目が合う。
急に不安になる。彼も本当は私と同じように、この恋の終わりが近いと気づいてるんじゃないかなんて思えて。
「あの、やっぱり私……」
腰を浮かす私の肩に手を乗せた彼は、首を横に振る。
「結論を出すのは早いよ。俺はまだ君を手放したくない」
そう囁いて、怜司さんは店を後にした。
ため息が出る。情けない。気にしてないふりなんて全く出来なかった。むしろ怜司さんに会いたくなかった気持ちが前面に出てしまっていた。
彼が私の言葉を遮ってくれなかったら、私は何を告げようとしていたのだろう。後悔しかない。
「プレゼント?」
不意に声をかけられた。
「え?」
いつの間にか小坂くんが戻ってきていて、怜司さんが持ってきた紙袋に視線を注いでいる。
「それ、石神さんの店のだよね?」
「あ、違うの。プレゼントとかじゃないの」
カクテルを差し出す小坂くんに覗かれはしないかと、ひやひやしながら紙袋をカバンにしまう。それでも小坂くんは気になるようで、少しだけカバンに視線を注いだ。
「わざわざプレゼントだけ渡しに来るなんて、やっぱり石神さんってマメなんだなって思ったけど違ったんだ?」
「マメよね、確かに。器用になんでもこなすんだもの」
「へえ、なんでも? 羨ましいや。でもそんな石神さんでも、朝霧さんのことは思うようにならないんだ?」
「そんなことないわ。思うように出来てないのは私の方」
「石神さんは朝霧さんが好きでたまらない感じするけどな」
「そんな風に見える?」
「見える見える。何も悩むようなことない気がするけど」
「でも怜司さんには私より大切な人がいるみたい」
小坂くんにこんなこと話したって仕方ないのにと思いながら、ため息と共に吐き出す。
「そうなんだ」
「うん……」
小坂くんは心配そうに私を見てたけど、少しの沈黙の後、気を取り直したような笑顔を見せる。
「朝霧さんの恋愛って変わらないね。いつもイイ男を追いかけてばっかりだ」
「そう? そうかしら」
頬に手を当てる。
「俺の知る限りではね。最初は男の方が必死なのに、いつの間にか朝霧さんが追いかけてるんだよなー」
「なんだか、恥ずかしい……」
「たまには違う恋愛したら?」
「違うって?」
首を傾げると、小坂くんがはにかむ。
「今度俺とデートしようよ。石神さんにとって朝霧さんが二番目だって言うなら、彼が口出す理由はないよ。本気で怒るなら、二番目だって思ってる朝霧さんの誤解も解ける。俺はデートできたらラッキーだし。三人にとって有益だと思わない?」
「え……あ、そんな急に」
「考えておいてよ」
にこっと無邪気に笑われると調子が狂う。
「なんか……」
「ん?」
「小坂くんって、思ったより積極的ね」
「年取ったからかな。俺も次に付き合う女性のことは慎重に考えてるよ」
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