嘘つきフェイク

水城ひさぎ

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私を幸せにしてくれる人

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「いらっしゃいま……、いらっしゃいませ」

 店内に入ってきた青年を見て反射的に声をあげたが、見覚えのある青年だと気づくと思わず息を飲んだ。
 しかし、動揺している余裕はない。すぐに笑顔を見せて頭を下げ、青年に歩み寄った。

 青年は俺を覚えているだろうか。ついさっき会ったばかりだ。確か、和美が勇介と呼んでいた青年だ。

 よほどでなければ忘れてはいないだろうと思うが、またここへ来た理由がわからないだけに慎重に近づく。
 青年も俺が目当てだったのだろう、他の店員には目もくれずに俺に向かってきた。

「すみません、さっきはどうも」
「あ、いえ、朝霧さまの……」

 友人か、それとも……と思うが、勇介ははっきりとは言わずに「ええ、そうです」とうなずく。

「どうされましたか?」
「さっき和美が見てたアクセサリー、どんなものかなって見に戻ってきたんですけど、見せてもらえますか?」

 勇介は辺りを見回す。和美に見せたアクセサリーはもう片付けている。探しても見つかるものではないが、俺の中に見せたくない気持ちが膨らむ。

「見ていたというほどのものでは。こちらでご紹介しただけなんですよ」
「ふーん。それでもいいや。どうせなら和美が欲しいやつプレゼントしたいし、和美に見せたの、全部見せてください」
「プレゼントですか。それはいいですね」
「だろ?」

 心にもない笑顔を浮かべた俺は、仕方なく勇介をカウンターの席へと案内した。

「こちらになりますね」

 ジュエリートレイにいくつかのネックレスを並べる。和美には見せていないものばかりだが、せめてもの良心で、彼女が好みそうなものは用意した。

 勇介は慎重に眺めているが、納得そうにうなずきはしない。

「失礼ですが、朝霧さまとは?」
「ん? ああ、関係?」
「ええ、ご主人ですか?」
「そうは見えない?」
「ああ、いえ、そういうつもりでは」

 やっぱりか、という思いはあるが、不思議と失望感はない。むしろ彼で良かったと思っているのかもしれない。きっと俺は彼よりも和美を幸せに出来るだなんて変な自信すら湧いてくるほどだ。

「なんか、自分で買えそうな感じだよなー」

 腕を組みながらネックレスを眺めて勇介は首をひねる。

「もっとさ、プレゼントしたくなるようなやつ見せてよ。たとえば……」

 勇介は目の前のガラスケースを覗き込み、一つのネックレスに目をとめた。

「あ、それがいいな。和美に似合いそうだ」

 そう言って勇介が指差すのは、俺が和美にプレゼントしたいと思っていたネックレスだ。

「こちらはあまりお気に召されなかったようでしたよ」

 とっさにそう答えてしまう。彼には売りたくない。そんな気持ちを隠しきれなかった。店員失格だと内心苦笑いしてしまう。さっきから俺は、妙な嫉妬に取り憑かれているようだ。

「なんだ、和美に見せたんだ? でもいいよ。和美が自分で買うには気が進まなかっただけだろうし」
「デザインの問題のようでしたよ。それでしたら、いっそのこと指輪なんていかがでしょう」

 結婚指輪を普段しない和美のことだ。指輪ならば彼女はあまり喜ばないのではないか。そんな安易な思いから提案したが、勇介は少し心動かされたようだった。

「指輪かぁ。うーん、どうするかなぁ」

 勇介はジュエリートレイの乗るガラスケースの下に陳列されているリングを覗こうとする。トレイをずらすと、彼は弾かれたように顔を上げた。

「あ、あなた、結婚してるんだ?」
「え……、あ、ええ」

 どうやら勇介は俺の左薬指の指輪に今更気づいたようだ。ひょんな驚きように、俺も驚く。

「へえー、そうなんだ。ふーん。なんか……へえーって感じ」

 やけに意味ありげにつぶやくものだ。いい気分はしない。

「なにか?」
「いや別に。まあいいや、和美に指輪かネックレス、どっちがいいか確認してからまた買いに来るよ。その時はまたあなたに接客してもらいたいな」
「今月の土日祝日は出勤しています」
「じゃあ都合いい時に来るからよろしく」
「はい。お待ちしております」

 勇介は椅子から立ち上がる。帰るのだ。ホッと安堵の息が出そうになるのをこらえながら笑顔で見送ろうとすると、勇介は突然俺に近づき、小さな声で囁いた。

「和美を幸せに出来るのは、あんたじゃないらしいな」
「……」
「いつか痛い目みるよ」

 奇妙に歪む俺の表情を楽しむように侮蔑した勇介は、立ち尽くす俺に背を向けて軽い足取りで店を出ていった。
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