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言ってはいけない言葉
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「もう勇介のやつ、本当にしつこくて。アパートまでついてくるんじゃないかって勢いだったんだからぁ」
「で、食事ぐらいはしてきたの?」
紀子はアイスコーヒーの入ったグラスの中の氷をストローで躍らせながら、勇介に会った私の話を楽しそうに聞いている。
今日は二人とも仕事が休みで、たまにはランチをしようとレストランへ来ている。
話題は勇介のことで持ちきりだ。もう会わないとは言ったものの、昨日も直接会って話がしたいとメールが来たのだ。
「するわけないじゃない。紀子も紀子よー。勇介に会ったならひとこと言ってくれたって良かったのに」
「ごめんごめん。本当偶然だったし、和美は元気かー、なんて聞いてくるもんだから。別にね、深い意味もなくちょっと元気ないけど心配することないからって話したつもりだったのよ。まさか会いに来るとは私も思ってなかったわよ」
「ほんとに? 怜司さんのことも話してないよね?」
「話してないって。まあ、彼氏が出来たのかは気にしてたから、いるかもねーとは言ったけど。なんかまずかった?」
「じゃあ、勇介がわけありっぽいって言ったのは、紀子がはっきり言わなかったからだけだったんだ」
勇介はわかってるような態度だったけど、私と怜司さんが一緒にいるのを見て、勝手な想像で話していただけなのだ。
かまをかけるのが好きなタイプではあったけど、なんだか不安だ。ここははっきりと関わらないで欲しいというべきか。
「わけあり? そんなこと言ってたの。へえ、山野くんって意外と悟り屋さんなんだ? 和美のこと心配してるのね」
「心配っていうのか、興味本位で首突っ込むのが好きっていうのか。ほんと迷惑」
「そう? そんな風に言いながら、和美、元気になってるじゃない。石神さんのことで悩んでる和美より、ずっと楽しそうだよ」
「楽しそう? やめてよー」
大げさに顔の前で手を振る私を見て、紀子は目を細めて微笑む。
「ま、もう終わった恋だしね。追いかける必要もないけど、山野くんと和美って、お似合いだったんだなーって思う」
「あんまり思い出したくないけど」
勇介のことは嫌いになって別れたわけではなかったけど、好きだという感情もなくなったから別れたのだ。
「でもいいじゃない、心配してくれてるんだから。あんまり毛嫌いしないで、一友人として付き合っていったら?」
「勇介に会えっていうの?」
「じゃあ、石神さんに会いに行く? 今日。確か月曜日だったよね、彼に会いに行く日」
「それは……」
今日は月曜日だ。怜司さんには行くと約束はしていない。だけど、行かないとも言ってない。
「山野くんにグチの一つでも聞いてもらったら? 和美のこと、もしかしたら一番よくわかってくれてる人かもよ?」
「勇介が? でも……」
迷う。勇介に話すことなんてきっとないってわかってる。それでも迷うのは、ただ怜司さんに会いたい気持ちを持ってはいけないんじゃないかなんて考えてるからだ。
「でもだめだよ。勇介には今の私のことは関係ないことだもん」
と、熊井紀子と話をしていたのは8時間も前のことだ。
結局私は、仕事を終えると、そのまま怜司さんのマンションに来てしまった。
ためらいながらも、引き返すこともできず、チャイムを鳴らす。
しばらくしてドアが開く。
「いらっしゃい」
安堵したような困り顔を見せるのは怜司さんだ。
「ごめんなさい。連絡もしないで来てしまって……」
玄関に立つ彼の足元に視線を落とす。もしかしたら、みのりさんが来てる可能性だってある。
女性ものの靴がないことを確認しつつ、彼に不愉快な思いをさせたのではと危惧するが、彼の表情を見れば、それが徒労であることは一目瞭然だった。
「いや、連絡できないだろうと思ってたし、俺も遠慮した。これから月曜日はあけておこうと思ってるんだ」
怜司さんは力なくそう言う。
「いいの……?」
「この間の彼……ご主人、単身赴任先から帰ってきたんだろう?」
彼は小さく息を吐いて、部屋の中へ私を招き入れる。その疲労の浮かぶ表情にかける声が見つからない。彼は元カレの山野勇介を、私の夫だと勘違いしているのだ。
「怜司さん、それは……」
「来たよ」
私の言葉を遮って彼は言う。
「来た?」
「ご主人、君にジュエリーをプレゼントしたいんだって店に来た。聞いてない?」
「全然」
「そう、やっぱり」
「やっぱりって?」
「ご主人、さぐりに来たんじゃないかな。俺たちのこと気づいてるみたいだった」
初耳だ。勇介はあの後、フェリーチェに戻ったのだ。私を心配してのことかもしれないが、余計なことをする。
だけど、この事態を招いたのは私なのだから、勇介を責めるのは間違っている。私ができるのは、怜司さんにこれ以上勇介が関わらないようにすることだけだ。
「怜司さんに迷惑を?」
「迷惑だなんて思ってない。でも初めて不安になったな。もう君に会えないかと思ったら、正直不安だった」
「怜司さん……」
頭を抱えてソファーに座り込む怜司さんは、「こんなはずじゃ……」と苦悶する。
こんなはずではなかったというのはどういう意味だろう。私とは遊びなのだから、面倒に巻き込まれるのは予定外だった、ということだろうか。
かける言葉も見つからず、しばらく沈黙していると、突然怜司さんは我にかえって顔をあげた。
「ご主人は? はやく帰らないといけないね」
「えっと、あの、今日は大丈夫ですから……」
私の嘘が彼を苦しめている。
違う、と言うだけでいい。勇介は夫ではないのだと言うだけでいい。
だけど、それを言葉にしたらどうなるのだろう。結局、嘘をつこうがつかまいが、私たちは別れることになるのではないか。私たちは最初から別れることを前提に付き合っている。
「大丈夫……?」
奇妙に顔を歪める彼の隣に座り、そっと手を重ねる。私がためらいなく触れられる彼の右手に。
「勇介は何もわかってないの。かまをかけるのが好きなだけ。いつもそうなのよ」
「君に関わる男にはいつもさぐりを入れるっていうのか?」
「そう……、そういうところはあるわ」
怜司さんは納得しがたい表情を崩さないが、珍しく私の肩に寄りかかるように身を寄せて、重なる指をからめてくる。
こんなに頼りなげな彼を見るのは初めてだ。いや、前にも一度こんなことがあった。悪夢を見るのだと言った彼は、すがりつくように私を抱きしめ、安心感を得ようとしていた。
今の彼は、少しだけでも私に安らぎを覚え、私を必要としてくれている。
「それだけ君が魅力的だということなんだろうね」
「勇介はそんな風に思ってないわ……」
私はまだ怜司さんと一緒にいたい。頼りない彼を見ていたら、胸がうずく。
勇介のことは忘れて欲しい。私もみのりさんのことは考えたくないから。そう思うのに、怜司さんは私の髪に指をうずめ、真剣な目で尋ねてくる。
「君のご主人はどんな男?」
「どんなって……なんでそんなこと」
「彼は和美を愛してる?」
「そんなこと……」
そんなことあるわけない。勇介とはもう終わっているのだ。
「そんなこと愚問か。愛されてる自信があるから、俺に会いに来たんだろうな、君は」
「怜司さん……」
「最初から君は彼のものだったのにな。俺は何か期待でもしてたんだろうかな」
怜司さんは落ち着きを取り戻す。スッと私から離れると、「もう大丈夫だ」と言い、ビールを口に運ぶ。彼の前には空になったビールの缶が何本かある。私が来る前から飲んでいたようだ。
「勇介にはもう怜司さんのお店には行かないように言っておきます」
酒の入る彼に何を言っても仕方ないかもしれない。そう思いながらも、私だってどこかで期待してしまっているのだ。結婚は出来なくても、怜司さんはずっと私を好きでいてくれるんじゃないかだなんて。
「君の好きなようにしたらいい」
投げやりな態度に傷つく。俺には関係ないことだと言われたようで。
ビールを飲む横顔を見上げながら、ぽつりとうわごとのようにつぶやく。
「勇介と出会ったのは、大学卒業したばかりの合コンででした……」
「え?」
何を言い出すのだろうと、怜司さんは眉を寄せていぶかしむ。
「熊井紀子は同僚ですが、大学時代からの友人でもあって、人数調整に紀子が私を合コンに呼んだんです。そこに勇介がいました。その頃、私は両親のことで悩んだり落ち込んだりしていて、勇介は親身に話を聞いてくれたんです。私が朝霧になったのは、彼の支えがあったからなんです」
淡々と言葉が出た。理解してもらいたいという思いより、言わなくてはと変な義務感にとらわれるように。
「俺とこんなことしてても、大事な人だって言いたいのか?」
ますます怜司さんは怪訝そうにする。私が勇介とのことを話す理由なんてわからないんだろう。
「大事な人でした。ずっと大事な人でいてくれるって思ってました」
「今は違う?」
「勇介は私を裏切ったんです。今でももしかしたら私を大切に思ってくれているかもしれないけど、勇介の裏切りは許せなかったんです」
「愛情はないと言いたいのか?」
「勇介を今でも愛してるかと聞かれたら、好きではないとしか言えません。彼だって同じです。それだけは誤解して欲しくないんです」
「彼も同じ? 惰性で夫婦生活を続けてるとでも? 俺にはそうは見えなかったが」
「大切な人の裏切りに気づいた時、私はすごく傷ついたのに……、なんで今日はここに来てしまったのか、わからないんです」
言葉ではそう言っても、わからないのではないことは気づいている。
怜司さんが好きだ。みのりさんという女性がいるとわかっていても離れられない。でもそれは言えない。
涙がうっすらと浮かんでくるのを感じる。何も知らず、何も気づかずに、怜司さんと過ごしていける日々が続くだなんて本当に信じていたわけではないのに。
「俺は君とは結婚できないんだ」
怜司さんを好きだという気持ちをあらわにする私を警戒してか、彼は壁を作るように言う。
「わかってます……」
「君がご主人とうまくいってないことはわかった。だったら、今まで通りでいよう。会える時に会えたらそれでいい」
「怜司さんがそれでいいなら」
「君を失いたくない。それだけははっきりしている」
「私も……」
でも私たちがこうやって会うことで、傷つく人たちがいることも理解している。
「また会えるね? 和美」
確約を取ろうとするかのように、怜司さんは言う。
「はい」
お互いに手を伸ばし、むさぼるように抱きしめ合う。だけど怜司さんはキスをしてくれなくて。こんなにも近くにいるのに、感じてる距離は縮まらない。私たちの先のない未来は、もうすぐそこまで来ている気がした。
「もう勇介のやつ、本当にしつこくて。アパートまでついてくるんじゃないかって勢いだったんだからぁ」
「で、食事ぐらいはしてきたの?」
紀子はアイスコーヒーの入ったグラスの中の氷をストローで躍らせながら、勇介に会った私の話を楽しそうに聞いている。
今日は二人とも仕事が休みで、たまにはランチをしようとレストランへ来ている。
話題は勇介のことで持ちきりだ。もう会わないとは言ったものの、昨日も直接会って話がしたいとメールが来たのだ。
「するわけないじゃない。紀子も紀子よー。勇介に会ったならひとこと言ってくれたって良かったのに」
「ごめんごめん。本当偶然だったし、和美は元気かー、なんて聞いてくるもんだから。別にね、深い意味もなくちょっと元気ないけど心配することないからって話したつもりだったのよ。まさか会いに来るとは私も思ってなかったわよ」
「ほんとに? 怜司さんのことも話してないよね?」
「話してないって。まあ、彼氏が出来たのかは気にしてたから、いるかもねーとは言ったけど。なんかまずかった?」
「じゃあ、勇介がわけありっぽいって言ったのは、紀子がはっきり言わなかったからだけだったんだ」
勇介はわかってるような態度だったけど、私と怜司さんが一緒にいるのを見て、勝手な想像で話していただけなのだ。
かまをかけるのが好きなタイプではあったけど、なんだか不安だ。ここははっきりと関わらないで欲しいというべきか。
「わけあり? そんなこと言ってたの。へえ、山野くんって意外と悟り屋さんなんだ? 和美のこと心配してるのね」
「心配っていうのか、興味本位で首突っ込むのが好きっていうのか。ほんと迷惑」
「そう? そんな風に言いながら、和美、元気になってるじゃない。石神さんのことで悩んでる和美より、ずっと楽しそうだよ」
「楽しそう? やめてよー」
大げさに顔の前で手を振る私を見て、紀子は目を細めて微笑む。
「ま、もう終わった恋だしね。追いかける必要もないけど、山野くんと和美って、お似合いだったんだなーって思う」
「あんまり思い出したくないけど」
勇介のことは嫌いになって別れたわけではなかったけど、好きだという感情もなくなったから別れたのだ。
「でもいいじゃない、心配してくれてるんだから。あんまり毛嫌いしないで、一友人として付き合っていったら?」
「勇介に会えっていうの?」
「じゃあ、石神さんに会いに行く? 今日。確か月曜日だったよね、彼に会いに行く日」
「それは……」
今日は月曜日だ。怜司さんには行くと約束はしていない。だけど、行かないとも言ってない。
「山野くんにグチの一つでも聞いてもらったら? 和美のこと、もしかしたら一番よくわかってくれてる人かもよ?」
「勇介が? でも……」
迷う。勇介に話すことなんてきっとないってわかってる。それでも迷うのは、ただ怜司さんに会いたい気持ちを持ってはいけないんじゃないかなんて考えてるからだ。
「でもだめだよ。勇介には今の私のことは関係ないことだもん」
と、熊井紀子と話をしていたのは8時間も前のことだ。
結局私は、仕事を終えると、そのまま怜司さんのマンションに来てしまった。
ためらいながらも、引き返すこともできず、チャイムを鳴らす。
しばらくしてドアが開く。
「いらっしゃい」
安堵したような困り顔を見せるのは怜司さんだ。
「ごめんなさい。連絡もしないで来てしまって……」
玄関に立つ彼の足元に視線を落とす。もしかしたら、みのりさんが来てる可能性だってある。
女性ものの靴がないことを確認しつつ、彼に不愉快な思いをさせたのではと危惧するが、彼の表情を見れば、それが徒労であることは一目瞭然だった。
「いや、連絡できないだろうと思ってたし、俺も遠慮した。これから月曜日はあけておこうと思ってるんだ」
怜司さんは力なくそう言う。
「いいの……?」
「この間の彼……ご主人、単身赴任先から帰ってきたんだろう?」
彼は小さく息を吐いて、部屋の中へ私を招き入れる。その疲労の浮かぶ表情にかける声が見つからない。彼は元カレの山野勇介を、私の夫だと勘違いしているのだ。
「怜司さん、それは……」
「来たよ」
私の言葉を遮って彼は言う。
「来た?」
「ご主人、君にジュエリーをプレゼントしたいんだって店に来た。聞いてない?」
「全然」
「そう、やっぱり」
「やっぱりって?」
「ご主人、さぐりに来たんじゃないかな。俺たちのこと気づいてるみたいだった」
初耳だ。勇介はあの後、フェリーチェに戻ったのだ。私を心配してのことかもしれないが、余計なことをする。
だけど、この事態を招いたのは私なのだから、勇介を責めるのは間違っている。私ができるのは、怜司さんにこれ以上勇介が関わらないようにすることだけだ。
「怜司さんに迷惑を?」
「迷惑だなんて思ってない。でも初めて不安になったな。もう君に会えないかと思ったら、正直不安だった」
「怜司さん……」
頭を抱えてソファーに座り込む怜司さんは、「こんなはずじゃ……」と苦悶する。
こんなはずではなかったというのはどういう意味だろう。私とは遊びなのだから、面倒に巻き込まれるのは予定外だった、ということだろうか。
かける言葉も見つからず、しばらく沈黙していると、突然怜司さんは我にかえって顔をあげた。
「ご主人は? はやく帰らないといけないね」
「えっと、あの、今日は大丈夫ですから……」
私の嘘が彼を苦しめている。
違う、と言うだけでいい。勇介は夫ではないのだと言うだけでいい。
だけど、それを言葉にしたらどうなるのだろう。結局、嘘をつこうがつかまいが、私たちは別れることになるのではないか。私たちは最初から別れることを前提に付き合っている。
「大丈夫……?」
奇妙に顔を歪める彼の隣に座り、そっと手を重ねる。私がためらいなく触れられる彼の右手に。
「勇介は何もわかってないの。かまをかけるのが好きなだけ。いつもそうなのよ」
「君に関わる男にはいつもさぐりを入れるっていうのか?」
「そう……、そういうところはあるわ」
怜司さんは納得しがたい表情を崩さないが、珍しく私の肩に寄りかかるように身を寄せて、重なる指をからめてくる。
こんなに頼りなげな彼を見るのは初めてだ。いや、前にも一度こんなことがあった。悪夢を見るのだと言った彼は、すがりつくように私を抱きしめ、安心感を得ようとしていた。
今の彼は、少しだけでも私に安らぎを覚え、私を必要としてくれている。
「それだけ君が魅力的だということなんだろうね」
「勇介はそんな風に思ってないわ……」
私はまだ怜司さんと一緒にいたい。頼りない彼を見ていたら、胸がうずく。
勇介のことは忘れて欲しい。私もみのりさんのことは考えたくないから。そう思うのに、怜司さんは私の髪に指をうずめ、真剣な目で尋ねてくる。
「君のご主人はどんな男?」
「どんなって……なんでそんなこと」
「彼は和美を愛してる?」
「そんなこと……」
そんなことあるわけない。勇介とはもう終わっているのだ。
「そんなこと愚問か。愛されてる自信があるから、俺に会いに来たんだろうな、君は」
「怜司さん……」
「最初から君は彼のものだったのにな。俺は何か期待でもしてたんだろうかな」
怜司さんは落ち着きを取り戻す。スッと私から離れると、「もう大丈夫だ」と言い、ビールを口に運ぶ。彼の前には空になったビールの缶が何本かある。私が来る前から飲んでいたようだ。
「勇介にはもう怜司さんのお店には行かないように言っておきます」
酒の入る彼に何を言っても仕方ないかもしれない。そう思いながらも、私だってどこかで期待してしまっているのだ。結婚は出来なくても、怜司さんはずっと私を好きでいてくれるんじゃないかだなんて。
「君の好きなようにしたらいい」
投げやりな態度に傷つく。俺には関係ないことだと言われたようで。
ビールを飲む横顔を見上げながら、ぽつりとうわごとのようにつぶやく。
「勇介と出会ったのは、大学卒業したばかりの合コンででした……」
「え?」
何を言い出すのだろうと、怜司さんは眉を寄せていぶかしむ。
「熊井紀子は同僚ですが、大学時代からの友人でもあって、人数調整に紀子が私を合コンに呼んだんです。そこに勇介がいました。その頃、私は両親のことで悩んだり落ち込んだりしていて、勇介は親身に話を聞いてくれたんです。私が朝霧になったのは、彼の支えがあったからなんです」
淡々と言葉が出た。理解してもらいたいという思いより、言わなくてはと変な義務感にとらわれるように。
「俺とこんなことしてても、大事な人だって言いたいのか?」
ますます怜司さんは怪訝そうにする。私が勇介とのことを話す理由なんてわからないんだろう。
「大事な人でした。ずっと大事な人でいてくれるって思ってました」
「今は違う?」
「勇介は私を裏切ったんです。今でももしかしたら私を大切に思ってくれているかもしれないけど、勇介の裏切りは許せなかったんです」
「愛情はないと言いたいのか?」
「勇介を今でも愛してるかと聞かれたら、好きではないとしか言えません。彼だって同じです。それだけは誤解して欲しくないんです」
「彼も同じ? 惰性で夫婦生活を続けてるとでも? 俺にはそうは見えなかったが」
「大切な人の裏切りに気づいた時、私はすごく傷ついたのに……、なんで今日はここに来てしまったのか、わからないんです」
言葉ではそう言っても、わからないのではないことは気づいている。
怜司さんが好きだ。みのりさんという女性がいるとわかっていても離れられない。でもそれは言えない。
涙がうっすらと浮かんでくるのを感じる。何も知らず、何も気づかずに、怜司さんと過ごしていける日々が続くだなんて本当に信じていたわけではないのに。
「俺は君とは結婚できないんだ」
怜司さんを好きだという気持ちをあらわにする私を警戒してか、彼は壁を作るように言う。
「わかってます……」
「君がご主人とうまくいってないことはわかった。だったら、今まで通りでいよう。会える時に会えたらそれでいい」
「怜司さんがそれでいいなら」
「君を失いたくない。それだけははっきりしている」
「私も……」
でも私たちがこうやって会うことで、傷つく人たちがいることも理解している。
「また会えるね? 和美」
確約を取ろうとするかのように、怜司さんは言う。
「はい」
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