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言ってはいけない言葉
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俺はいつも和美を待つことしかできない。会いたいと思っても、彼女の部屋を訪ねることは許されてない。
電話越しに彼女が泣いていると気づいても、駆けつけることができない苦しみが、俺にため息をつかせる。
突然切れたスマホを握りしめたまま、頭を抱えた。電話したばかりに彼女を苦しめてしまった。俺に会いに来ない、その事実が彼女の心なのだから、俺はただ受け入れていれば良かっただけなのに。
もう和美とは会えないかもしれない。
漠然とそんな気持ちがわいてきた時、チャイムが鳴る。
俺は迷わず玄関に向かった。
彼女が来たのだ。
不確かなのに、やけに妙な自信と予感があった。
玄関ドアを開けて、彼女の姿を目にした時、予感が間違っていなかったことに安堵を覚える。
「和美……」
「怜司さん、あの……急いで来たので、髪もおかしいままで……」
和美は髪を落ち着きなく撫でたり、丈の長いスカートのしわを気にしながら変な言い訳をする。
「おかしいなんてことはないよ。それより急いで来てくれたことが嬉しいね」
「だって私も会いたくて……」
「俺もだよ。さあ、おいで」
和美の腰に両腕を回し、軽く抱き上げながらキスをする。
いつも少し恥ずかしそうに目をつむるのに、次第に深くなるキスを情熱的に受け入れる彼女には魅了される。
甘いため息が俺を高ぶらせ、しゃにむに抱きたくなる感情をあおり出す。
「怜司さん、抱いて……」
俺の背中をしっかりつかみ、必死に身を寄せてくる。そんな風にしがみつかれたら、「ああ」と言うしかなく。すぐさま和美をベッドに連れ去る。
彼女が気にした髪型など無にするように、いともたやすくリボンをほどいて、彼女が気にしたスカートのしわなど目に入らず、いともたやすく脱ぎ捨てさせて。
「抱いてもらってないのか?」
すぐに俺を求めた和美にかぶさり、耳元にキスをしながら尋ねる。
「そんなわけないか。ご主人は和美に惚れてる」
返ってこない返事が否定のような気がして、卑屈に言ってしまう。
和美は俺の頬に手をあてて、小さく首を振る。
「怜司さんだけです……」
「そうか。情けないな。やけに嬉しい」
彼が和美を抱かないわけがない。そんな嘘に騙されてる俺は本当に情けない。それでも笑いがこみ上げてくるような、胸躍る思いをどう隠したらいいのだろう。
「指輪はしてない?」
少し前のことだ。勇介が和美のために指輪を買いに来た。彼女の指輪のサイズに迷うことなく購入していった彼を見ていたら、和美の身体を熟知しているだなんて苛立ったりもした。
「迷っていて……」
和美は指を握りしめ、不安そうに俺を見上げる。
「なにを?」
「プレゼントは受け入れられないのに、怜司さんが私のために選んでくれたって知ったら、断ることもできなくて。まだ見てもいないの……ごめんなさい」
それは知らなかった。そんなこと考えもしなかった。和美は夫の前では良き妻を演じ、俺の前ではまるで夫を愛していない女を演じているような気がしていた。
いや、そもそも、これだって嘘かもしれない。だが、悩みに押しつぶされそうに儚げな彼女を見ていたら、嘘だろうがかまわないじゃないかと思えてくる。俺たちはたまに会って、こうして抱き合うことで、心の隙間を埋めているだけだ。
「そんな風に気にしてるなら、いらない悩みだよ。君にはもっと似合うものを用意した」
「え……」
「ちょっと待ってて」
「あ、怜司さん……っ」
ベッドから降りようとする俺の手を、和美は引き止めるようにつかんでくる。
不安なんだろう。少しでも離れたくないと言われているようで、俺の中にますます彼女への愛しさが増す。
俺は俺のやり方で、和美を愛していられたらそれでいい。
「すぐ戻るよ」
彼女の白い肌にいくつかキスを落とした後、俺はベッドルームをあとにした。
俺はいつも和美を待つことしかできない。会いたいと思っても、彼女の部屋を訪ねることは許されてない。
電話越しに彼女が泣いていると気づいても、駆けつけることができない苦しみが、俺にため息をつかせる。
突然切れたスマホを握りしめたまま、頭を抱えた。電話したばかりに彼女を苦しめてしまった。俺に会いに来ない、その事実が彼女の心なのだから、俺はただ受け入れていれば良かっただけなのに。
もう和美とは会えないかもしれない。
漠然とそんな気持ちがわいてきた時、チャイムが鳴る。
俺は迷わず玄関に向かった。
彼女が来たのだ。
不確かなのに、やけに妙な自信と予感があった。
玄関ドアを開けて、彼女の姿を目にした時、予感が間違っていなかったことに安堵を覚える。
「和美……」
「怜司さん、あの……急いで来たので、髪もおかしいままで……」
和美は髪を落ち着きなく撫でたり、丈の長いスカートのしわを気にしながら変な言い訳をする。
「おかしいなんてことはないよ。それより急いで来てくれたことが嬉しいね」
「だって私も会いたくて……」
「俺もだよ。さあ、おいで」
和美の腰に両腕を回し、軽く抱き上げながらキスをする。
いつも少し恥ずかしそうに目をつむるのに、次第に深くなるキスを情熱的に受け入れる彼女には魅了される。
甘いため息が俺を高ぶらせ、しゃにむに抱きたくなる感情をあおり出す。
「怜司さん、抱いて……」
俺の背中をしっかりつかみ、必死に身を寄せてくる。そんな風にしがみつかれたら、「ああ」と言うしかなく。すぐさま和美をベッドに連れ去る。
彼女が気にした髪型など無にするように、いともたやすくリボンをほどいて、彼女が気にしたスカートのしわなど目に入らず、いともたやすく脱ぎ捨てさせて。
「抱いてもらってないのか?」
すぐに俺を求めた和美にかぶさり、耳元にキスをしながら尋ねる。
「そんなわけないか。ご主人は和美に惚れてる」
返ってこない返事が否定のような気がして、卑屈に言ってしまう。
和美は俺の頬に手をあてて、小さく首を振る。
「怜司さんだけです……」
「そうか。情けないな。やけに嬉しい」
彼が和美を抱かないわけがない。そんな嘘に騙されてる俺は本当に情けない。それでも笑いがこみ上げてくるような、胸躍る思いをどう隠したらいいのだろう。
「指輪はしてない?」
少し前のことだ。勇介が和美のために指輪を買いに来た。彼女の指輪のサイズに迷うことなく購入していった彼を見ていたら、和美の身体を熟知しているだなんて苛立ったりもした。
「迷っていて……」
和美は指を握りしめ、不安そうに俺を見上げる。
「なにを?」
「プレゼントは受け入れられないのに、怜司さんが私のために選んでくれたって知ったら、断ることもできなくて。まだ見てもいないの……ごめんなさい」
それは知らなかった。そんなこと考えもしなかった。和美は夫の前では良き妻を演じ、俺の前ではまるで夫を愛していない女を演じているような気がしていた。
いや、そもそも、これだって嘘かもしれない。だが、悩みに押しつぶされそうに儚げな彼女を見ていたら、嘘だろうがかまわないじゃないかと思えてくる。俺たちはたまに会って、こうして抱き合うことで、心の隙間を埋めているだけだ。
「そんな風に気にしてるなら、いらない悩みだよ。君にはもっと似合うものを用意した」
「え……」
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俺は俺のやり方で、和美を愛していられたらそれでいい。
「すぐ戻るよ」
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