嘘つきフェイク

水城ひさぎ

文字の大きさ
29 / 54
言ってはいけない言葉

6

しおりを挟む



 俺はいつも和美を待つことしかできない。会いたいと思っても、彼女の部屋を訪ねることは許されてない。

 電話越しに彼女が泣いていると気づいても、駆けつけることができない苦しみが、俺にため息をつかせる。

 突然切れたスマホを握りしめたまま、頭を抱えた。電話したばかりに彼女を苦しめてしまった。俺に会いに来ない、その事実が彼女の心なのだから、俺はただ受け入れていれば良かっただけなのに。

 もう和美とは会えないかもしれない。
 漠然とそんな気持ちがわいてきた時、チャイムが鳴る。

 俺は迷わず玄関に向かった。

 彼女が来たのだ。
 不確かなのに、やけに妙な自信と予感があった。

 玄関ドアを開けて、彼女の姿を目にした時、予感が間違っていなかったことに安堵を覚える。

「和美……」
「怜司さん、あの……急いで来たので、髪もおかしいままで……」

 和美は髪を落ち着きなく撫でたり、丈の長いスカートのしわを気にしながら変な言い訳をする。

「おかしいなんてことはないよ。それより急いで来てくれたことが嬉しいね」
「だって私も会いたくて……」
「俺もだよ。さあ、おいで」

 和美の腰に両腕を回し、軽く抱き上げながらキスをする。

 いつも少し恥ずかしそうに目をつむるのに、次第に深くなるキスを情熱的に受け入れる彼女には魅了される。

 甘いため息が俺を高ぶらせ、しゃにむに抱きたくなる感情をあおり出す。

「怜司さん、抱いて……」

 俺の背中をしっかりつかみ、必死に身を寄せてくる。そんな風にしがみつかれたら、「ああ」と言うしかなく。すぐさま和美をベッドに連れ去る。

 彼女が気にした髪型など無にするように、いともたやすくリボンをほどいて、彼女が気にしたスカートのしわなど目に入らず、いともたやすく脱ぎ捨てさせて。

「抱いてもらってないのか?」

 すぐに俺を求めた和美にかぶさり、耳元にキスをしながら尋ねる。

「そんなわけないか。ご主人は和美に惚れてる」

 返ってこない返事が否定のような気がして、卑屈に言ってしまう。
 和美は俺の頬に手をあてて、小さく首を振る。

「怜司さんだけです……」
「そうか。情けないな。やけに嬉しい」

 彼が和美を抱かないわけがない。そんな嘘に騙されてる俺は本当に情けない。それでも笑いがこみ上げてくるような、胸躍る思いをどう隠したらいいのだろう。

「指輪はしてない?」

 少し前のことだ。勇介が和美のために指輪を買いに来た。彼女の指輪のサイズに迷うことなく購入していった彼を見ていたら、和美の身体を熟知しているだなんて苛立ったりもした。

「迷っていて……」

 和美は指を握りしめ、不安そうに俺を見上げる。

「なにを?」
「プレゼントは受け入れられないのに、怜司さんが私のために選んでくれたって知ったら、断ることもできなくて。まだ見てもいないの……ごめんなさい」

 それは知らなかった。そんなこと考えもしなかった。和美は夫の前では良き妻を演じ、俺の前ではまるで夫を愛していない女を演じているような気がしていた。

 いや、そもそも、これだって嘘かもしれない。だが、悩みに押しつぶされそうに儚げな彼女を見ていたら、嘘だろうがかまわないじゃないかと思えてくる。俺たちはたまに会って、こうして抱き合うことで、心の隙間を埋めているだけだ。

「そんな風に気にしてるなら、いらない悩みだよ。君にはもっと似合うものを用意した」
「え……」
「ちょっと待ってて」
「あ、怜司さん……っ」

 ベッドから降りようとする俺の手を、和美は引き止めるようにつかんでくる。 

 不安なんだろう。少しでも離れたくないと言われているようで、俺の中にますます彼女への愛しさが増す。

 俺は俺のやり方で、和美を愛していられたらそれでいい。

「すぐ戻るよ」

 彼女の白い肌にいくつかキスを落とした後、俺はベッドルームをあとにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...