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あなたのために
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和美は「帰って……」と、か細い声を吐き出すと、その場に座り込み、身をかがめて泣いた。
ああ、と声にならない声が漏れる。俺は和美を泣かせてばかりだ。
両手に顔をうずめる彼女を両腕で包み込む。拒むように体を硬くする彼女だが、俺を突き放したりはしない。
和美だって本意じゃないのだ。俺と別れたいなんて思ってない。そう思えて、さらに彼女を強く抱きしめる。
「どうして気付かなかったんだろうな……。みのりさんより君が大切になってたことに、どうしてもっと早く気付けなかったんだろう」
俺の胸に顔をうずめ、胸元をつかむ和美は息を凝らしている。
「本当にもう遅いのか? 俺はそうは思えない」
唇をかみしめている彼女の顔を上げさせ、目元の涙をぬぐう。
「和美だってそうだろう? まだなんとかできると思ったから、本当のことを話したんだ。そうじゃないなら嘘をついてれば良かったんだ」
「違うわ……」
ため息のように和美は吐き出す。
「違わないさ。結婚してないと聞いたら、放っておくなんてますます出来ない。君はどんな思いで俺に嘘をついてきたんだ。ひどいことばかりしてきたのに」
「怜司さんはずっと優しかったわ。あなたに安らぎを感じてもらえるなら、私はそれで良かったの。良かったのに……、いつの間にか欲深になったりして。ダメね……」
俺の胸に頭を傾げて、和美はほろほろと涙をこぼす。そして問う。
「今でも悪夢を見るの……?」
「時々ね。兄貴に体が乗っ取られていくような……そんな恐怖に襲われることがある」
「怜司さん……」
俺の見つめる左手を、和美はおそるおそる触れて、大丈夫とばかりに優しく握りしめる。
「みのりさんが欲しいのは、兄貴だ。兄貴のような清廉な男にはなれないのにな。なぜなれるなんて思ったんだろう」
「みのりさんは怜司さんが好きよ。だから不安にならないで」
「気休めだよ。この左手は兄貴のものだ。そしてみのりさんのものだ。君にはあげられないものだと、ずっとそう思ってきたんだ」
沈痛な面持ちで、和美は一生懸命に首を振る。
「この手は怜司さんのものよ。あなたが差し伸べたその手にみのりさんは救われたんでしょう? みのりさんも怜司さんも、みのりさんがお兄さんを愛してるなんて勘違いしてるだけ。もうみのりさんは怜司さんを愛してるの。それに気づいてないだけよ」
それを否定したところで、和美は納得しないだろう。みのりさんと幸せになれと、そればかりだ。
「だとしても、和美は……」
「私はいいの。怜司さんにほんの少しの時間だけでも愛してもらえたから、それでいいのよ」
「まだ愛してるよ」
「私はもう、愛してないの」
「和美……」
「この結婚指輪は外してもいいのよ、怜司さん」
和美は柔らかな笑顔を見せて、俺の左手に頬をうずめる。俺を兄の呪縛から解いてくれるようだ。
「私、新しい恋をするわ。私にもこんな優しい手を差し伸べてくれる人に出会える気がしてるの」
「そんな男いないよ」
俺しかいない。君を幸せに出来るのは俺だけだ。
「そんなこと言わないで」
「本当に、もう愛してない?」
彼女と見つめ合う。その瞳には、違うと、まだ俺を愛していると、そう浮かんでいる。それは俺の願望がそう見せるのか。
「愛してないわ。本当よ」
嘘だろう。和美がまた俺のために嘘をついている。俺はその気持ちに応えるしか許されないのか。
「君を忘れるよ。俺が君にできることは、きっとそのぐらいしかないんだ」
俺も嘘をつく。忘れるなんて出来るわけない。それでも俺の思いが彼女を傷つけるなら、嘘をつくしかないのだ。
「もう二度と会わない。約束するよ、和美」
「……ええ。さようなら、怜司さん」
終わった。確かにそう感じながら、和美を見つめる。
悲しげに微笑む彼女の胸元には、俺のプレゼントしたネックレスがきらめいていた。
和美は「帰って……」と、か細い声を吐き出すと、その場に座り込み、身をかがめて泣いた。
ああ、と声にならない声が漏れる。俺は和美を泣かせてばかりだ。
両手に顔をうずめる彼女を両腕で包み込む。拒むように体を硬くする彼女だが、俺を突き放したりはしない。
和美だって本意じゃないのだ。俺と別れたいなんて思ってない。そう思えて、さらに彼女を強く抱きしめる。
「どうして気付かなかったんだろうな……。みのりさんより君が大切になってたことに、どうしてもっと早く気付けなかったんだろう」
俺の胸に顔をうずめ、胸元をつかむ和美は息を凝らしている。
「本当にもう遅いのか? 俺はそうは思えない」
唇をかみしめている彼女の顔を上げさせ、目元の涙をぬぐう。
「和美だってそうだろう? まだなんとかできると思ったから、本当のことを話したんだ。そうじゃないなら嘘をついてれば良かったんだ」
「違うわ……」
ため息のように和美は吐き出す。
「違わないさ。結婚してないと聞いたら、放っておくなんてますます出来ない。君はどんな思いで俺に嘘をついてきたんだ。ひどいことばかりしてきたのに」
「怜司さんはずっと優しかったわ。あなたに安らぎを感じてもらえるなら、私はそれで良かったの。良かったのに……、いつの間にか欲深になったりして。ダメね……」
俺の胸に頭を傾げて、和美はほろほろと涙をこぼす。そして問う。
「今でも悪夢を見るの……?」
「時々ね。兄貴に体が乗っ取られていくような……そんな恐怖に襲われることがある」
「怜司さん……」
俺の見つめる左手を、和美はおそるおそる触れて、大丈夫とばかりに優しく握りしめる。
「みのりさんが欲しいのは、兄貴だ。兄貴のような清廉な男にはなれないのにな。なぜなれるなんて思ったんだろう」
「みのりさんは怜司さんが好きよ。だから不安にならないで」
「気休めだよ。この左手は兄貴のものだ。そしてみのりさんのものだ。君にはあげられないものだと、ずっとそう思ってきたんだ」
沈痛な面持ちで、和美は一生懸命に首を振る。
「この手は怜司さんのものよ。あなたが差し伸べたその手にみのりさんは救われたんでしょう? みのりさんも怜司さんも、みのりさんがお兄さんを愛してるなんて勘違いしてるだけ。もうみのりさんは怜司さんを愛してるの。それに気づいてないだけよ」
それを否定したところで、和美は納得しないだろう。みのりさんと幸せになれと、そればかりだ。
「だとしても、和美は……」
「私はいいの。怜司さんにほんの少しの時間だけでも愛してもらえたから、それでいいのよ」
「まだ愛してるよ」
「私はもう、愛してないの」
「和美……」
「この結婚指輪は外してもいいのよ、怜司さん」
和美は柔らかな笑顔を見せて、俺の左手に頬をうずめる。俺を兄の呪縛から解いてくれるようだ。
「私、新しい恋をするわ。私にもこんな優しい手を差し伸べてくれる人に出会える気がしてるの」
「そんな男いないよ」
俺しかいない。君を幸せに出来るのは俺だけだ。
「そんなこと言わないで」
「本当に、もう愛してない?」
彼女と見つめ合う。その瞳には、違うと、まだ俺を愛していると、そう浮かんでいる。それは俺の願望がそう見せるのか。
「愛してないわ。本当よ」
嘘だろう。和美がまた俺のために嘘をついている。俺はその気持ちに応えるしか許されないのか。
「君を忘れるよ。俺が君にできることは、きっとそのぐらいしかないんだ」
俺も嘘をつく。忘れるなんて出来るわけない。それでも俺の思いが彼女を傷つけるなら、嘘をつくしかないのだ。
「もう二度と会わない。約束するよ、和美」
「……ええ。さようなら、怜司さん」
終わった。確かにそう感じながら、和美を見つめる。
悲しげに微笑む彼女の胸元には、俺のプレゼントしたネックレスがきらめいていた。
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