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消えた夢の軌跡
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養鶏場と農家の見学を終えてろまん亭に戻ったときには、3時を回っていた。予定より遅くなっちゃったねとあやまる陽仁さんは、私がコーヒーを淹れようとすると、代わるよと言ってくれた。
「みんな、望ちゃんに会えて喜んでたね」
テーブルにコーヒーカップをふたつ置いて、彼は私の向かいに座る。ようやくひと息ついてのむコーヒーはいつもより味わい深かった。
「父をなんにも知らない私にまで親切にしてくれるなんて、父のまわりはいい人ばっかりだったみたい」
視線を隣のテーブルに移す。そこには、かごいっぱいの新鮮たまごや、ダンボールからはみ出るたくさんの野菜が置かれている。全部、養鶏場や農家でいただいたものだ。父に似た私を、誰もが他人と思えずに親切にしてくれるのだろう。
「永朔さんがいい人だからだよ」
「父は……いい人でしたか」
目を戻したら、陽仁さんとすぐに目が合った。彼は穏やかな笑みを浮かべて私を見つめたまま目をそらさないでいる。
ほんの少し気まずくて、目を伏せる。つづみさんが変なことを言うからだ。すっかり忘れてたのに、彼が私を好ましく思ってるなんて、不意に思い出してしまって緊張してしまう。
コーヒーカップを口もとに運ぼうとして、ふと、彼のマグカップに目を止めた。前から気になっていたけど、彼はいつも手びねりのマグカップを使っている。
「陽仁さんのマグカップ、すごくおしゃれですね」
「ああ、これ? 村井さんが言ってたマグカップだよ」
「村井さん……って、もしかして?」
「うん、そう。永朔さんの作ったマグカップ」
彼は残っていたコーヒーをひと飲みすると、すぐに洗って乾かして見せてくれた。
口の広いカップには、大きめの取手がつけてある。シンプルなしのぎ模様の入ったカップと、ハートを半分に割ったような取手のバランスが絶妙で、垢抜けたおしゃれな雰囲気がある。少し照りのある深い茶色の釉薬には高級感があって、はじめて作った人の作品とは思えないようなものだった。
「永朔さんはセンスのある人だったよ」
村井さんの娘さんのアドバイスがよかったのだろうと思ったけど、黙っていた。それをわかった上で、彼は父を褒めてくれてるのだろうと思った。
「陽仁さんがもらったの? 父の最初で最後の作品」
「使っていいよって言うから。望ちゃんにプレゼントしたらよかったな。娘さんがいるなんて知らなかったから」
「プレゼントされても、なんとも思わなかったと思いますから。陽仁さんに使ってもらえて、父もマグカップも喜んでると思います」
父に思い入れのない私が使っていいようなものではないのだ、これは。カップ自ら、ちゃんと持ち主を選んでいる。
マグカップをテーブルにゆっくりおろしたとき、鳩時計が鳴った。静かな店内に、4回その音が響き渡る。
「夜ごはんはどうするの?」
時計に目を移す私に、陽仁さんがそう尋ねてくる。
「今から帰れば、夕食の時間に間に合うから」
「車でどのぐらいかかるの?」
「2時間ぐらいかな」
「そうなんだ。結構、距離あるね。毎週、車で来るの?」
彼は少々驚いたように言う。
「来週は電車で。荷物があるときは車にしようと思って。でも、こっちにいるときも車がないと不便ですよね。駅まで行けば、レンタカー借りられますよね?」
「借りれるけど、週末だけなら俺も時間あるし……そうだ、来週は駅まで迎えに行ってあげるよ」
「えっ、そんな……」
「遠慮しなくていいよ」
どうしてそんなに親切にしてくれるんだろう。野垣永朔の娘だからって言っても、親切すぎないだろうか。
私が気になるから? また意識しちゃうようなことを考えて、首を横にふる。そんなはずない。
「じゃあ、来週はお願いします」
ぺこりと頭を下げると、彼はおかしそうに目を細める。
「来週だけじゃなくて、ずっといいよ」
「ずっとって言っても、あと何回来るかわからないし……」
もし、陶芸の青年が見つからなかったら、不動産屋にお願いしてろまん亭は売却することになるだろう。見つかったとしても、結果は同じかもしれないけれど。
ろまん亭がなくなったら、私は途端に、この土地との縁を失う。そうしたら、陽仁さんと会うこともなくなるだろう。
「そっか。ずっとは大変だよね」
彼は複雑そうにつぶやいて、くしゃりと前髪をつかんだ。
養鶏場と農家の見学を終えてろまん亭に戻ったときには、3時を回っていた。予定より遅くなっちゃったねとあやまる陽仁さんは、私がコーヒーを淹れようとすると、代わるよと言ってくれた。
「みんな、望ちゃんに会えて喜んでたね」
テーブルにコーヒーカップをふたつ置いて、彼は私の向かいに座る。ようやくひと息ついてのむコーヒーはいつもより味わい深かった。
「父をなんにも知らない私にまで親切にしてくれるなんて、父のまわりはいい人ばっかりだったみたい」
視線を隣のテーブルに移す。そこには、かごいっぱいの新鮮たまごや、ダンボールからはみ出るたくさんの野菜が置かれている。全部、養鶏場や農家でいただいたものだ。父に似た私を、誰もが他人と思えずに親切にしてくれるのだろう。
「永朔さんがいい人だからだよ」
「父は……いい人でしたか」
目を戻したら、陽仁さんとすぐに目が合った。彼は穏やかな笑みを浮かべて私を見つめたまま目をそらさないでいる。
ほんの少し気まずくて、目を伏せる。つづみさんが変なことを言うからだ。すっかり忘れてたのに、彼が私を好ましく思ってるなんて、不意に思い出してしまって緊張してしまう。
コーヒーカップを口もとに運ぼうとして、ふと、彼のマグカップに目を止めた。前から気になっていたけど、彼はいつも手びねりのマグカップを使っている。
「陽仁さんのマグカップ、すごくおしゃれですね」
「ああ、これ? 村井さんが言ってたマグカップだよ」
「村井さん……って、もしかして?」
「うん、そう。永朔さんの作ったマグカップ」
彼は残っていたコーヒーをひと飲みすると、すぐに洗って乾かして見せてくれた。
口の広いカップには、大きめの取手がつけてある。シンプルなしのぎ模様の入ったカップと、ハートを半分に割ったような取手のバランスが絶妙で、垢抜けたおしゃれな雰囲気がある。少し照りのある深い茶色の釉薬には高級感があって、はじめて作った人の作品とは思えないようなものだった。
「永朔さんはセンスのある人だったよ」
村井さんの娘さんのアドバイスがよかったのだろうと思ったけど、黙っていた。それをわかった上で、彼は父を褒めてくれてるのだろうと思った。
「陽仁さんがもらったの? 父の最初で最後の作品」
「使っていいよって言うから。望ちゃんにプレゼントしたらよかったな。娘さんがいるなんて知らなかったから」
「プレゼントされても、なんとも思わなかったと思いますから。陽仁さんに使ってもらえて、父もマグカップも喜んでると思います」
父に思い入れのない私が使っていいようなものではないのだ、これは。カップ自ら、ちゃんと持ち主を選んでいる。
マグカップをテーブルにゆっくりおろしたとき、鳩時計が鳴った。静かな店内に、4回その音が響き渡る。
「夜ごはんはどうするの?」
時計に目を移す私に、陽仁さんがそう尋ねてくる。
「今から帰れば、夕食の時間に間に合うから」
「車でどのぐらいかかるの?」
「2時間ぐらいかな」
「そうなんだ。結構、距離あるね。毎週、車で来るの?」
彼は少々驚いたように言う。
「来週は電車で。荷物があるときは車にしようと思って。でも、こっちにいるときも車がないと不便ですよね。駅まで行けば、レンタカー借りられますよね?」
「借りれるけど、週末だけなら俺も時間あるし……そうだ、来週は駅まで迎えに行ってあげるよ」
「えっ、そんな……」
「遠慮しなくていいよ」
どうしてそんなに親切にしてくれるんだろう。野垣永朔の娘だからって言っても、親切すぎないだろうか。
私が気になるから? また意識しちゃうようなことを考えて、首を横にふる。そんなはずない。
「じゃあ、来週はお願いします」
ぺこりと頭を下げると、彼はおかしそうに目を細める。
「来週だけじゃなくて、ずっといいよ」
「ずっとって言っても、あと何回来るかわからないし……」
もし、陶芸の青年が見つからなかったら、不動産屋にお願いしてろまん亭は売却することになるだろう。見つかったとしても、結果は同じかもしれないけれど。
ろまん亭がなくなったら、私は途端に、この土地との縁を失う。そうしたら、陽仁さんと会うこともなくなるだろう。
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