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彼女は氷のように冷たい
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心理学研究部は、美術室の隣にあった。
入り口には部活の看板もない。知らない人は美術部の倉庫だと思っているだろう。
実際、俺はそう思っていた。
那波は鍵を開けて中へ入る。
どうやらまだ他の部員は来ていないようだ。
関心がなくて考えもしていなかったが、心理学研究部はどれほどの部員がいるのだろう。部の存続が危ぶまれているなら、それほど多くはないのだろうが。
机と椅子しかない空間を進んだ那波は、窓際にある机に近づく。教員が使用する机だ。
本来、安藤先生の使用する机かもしれないが、部員が好きなように私物化しているのか、ポットやティーセット、写真立てなどが置かれている。
唯一、この部室の中で生活感を感じる空間だ。
そこへ彼女はおもむろに缶を置き、ポットのスイッチを入れた。
「木梨くんは紅茶飲める?」
「紅茶?」
「いつもはインスタントのレモンティーなの。今日は切らしてて、セイロンのブレンドティーよ。フルーツの香りがするのだけど、大丈夫かしら?」
そう言って、缶から茶葉を取り出す。どうやら紅茶を取りに一度自宅へ帰ったようだ。
那波はティーカップを二つ用意する。
一つは彼女ので、もう一つは俺のためだろう。
俺は辺りを見回した。他の部員が部室を訪れる気配はない。
「他の部員は?」
尋ねると、那波は首を傾げた。
漆黒と言っていいほどに黒く艶めいた長い髪がさらさらと肩から落ちる。息をのむほどに美しいというのは、こういう髪のことを言うのだろう。
「部員は私一人よ。何も知らないのね、木梨くん」
「一人? だから飛流さんが部長なんだ」
「そうよ、今はね。これまではずっと二人でやってきたの。一人になったのは先月。と言っても、あの子はバスケ部とかけもちだったから、あまり顔は出さなかったけど」
「それで部員募集?」
先月まで部員だった『あの子』が誰かも知らないが、バスケ部と聞いて思い当たるのは一人だけだ。
飛流那波の双子の姉である芽依は、バスケ部に所属している。
「ええ。四月から部の規定が改定されたのよ。部を維持するための部員数は最低二人。かけもちは禁止。だから芽依は当然だけど、バスケ部を選んだわ」
それを責めるわけじゃない、と那波は言う。やはり先月までいた部員は芽依のようだ。
「それじゃあ、誰か入らないと廃部?」
「気にしないで、木梨くん。もともと私が作った部だし、入部希望者なんて今までいなかったわ。それを望んでいたわけでもないしね」
「部を作ったんだ。飛流さんはすごいな」
「結構みんなやってるわ。知ってるかしら。うちの学校、年間いくらって部員数に応じて部費が学園長から支払われているの。部費目当てに部を作るなんて珍しくもなかったみたい。最近は悪質になってきてたのかしらね、だから粛清。三月いっぱいでいくつか廃部になったわ。心理学研究部は安藤先生のおかげで、なんとか続いてるだけ」
とても生徒が優遇されているようだが、なんだかややこしいシステムがこの学園にはあるようだ。
「そうだったんだ。何にも知らなかったな」
「部費のおかげで美味しい紅茶が毎日飲めてきたんだから、廃部に追い込まれても文句は言わないわ」
部費で購入した紅茶を飲んで、楽しく過ごせる部活なら、なんだか悪い気はしない。
「俺が入部すれば、廃部にはならないんだ」
「そのために入部する必要なんてある? 木梨くんはたまたま安藤先生に目をつけられただけでしょう?」
「三月には廃部になっててもおかしくない部活が、今でも続いてる。それは守りたい人がいるからだろう? そうまでして守りたい部なんだったら興味はあるよ。心理学研究部って何を研究してるんだ?」
「何も」
ようやくわずかに興味がわいて尋ねてみたが、那波はその小さな好奇心すら簡単に打ちくだく。
「何も?」
「毎日紅茶を飲んでるだけよ。……あ、お湯が沸いたわ。すぐに淹れるわね。悪いけど、椅子を一つ運んでちょうだい」
部の存続をかけて大事な話をしているはずなのに、あっさりと那波は話題を変えて、手馴れた様子で紅茶を注ぎ始めた。
机の上にある写真立てには、那波、芽依、安藤先生の三人で映した写真が飾られていた。
真ん中に立つ那波は手に、『私立英美学園心理学研究部』と、手書きで書かれた画用紙のようなものを持っている。
彼女の右隣には、那波の肩に満面の笑みで抱きつく芽依の姿。そして、反対側には、穏やかな表情で腰に手を当てる安藤先生がいる。
季節は春だろう。三人の背後には葉桜が青々としている。
入学した一年生の時に、早々に那波は部を作ったようだ。
その時から、三人で守り続けてきた部なのだろう。
無表情の那波からは当時の喜びは見受けれない。部の存続を願うのは、彼女よりも芽依や安藤先生なのかもしれないと思わせる一枚の写真だ。
はす向かいで紅茶をたしなむ那波の横顔は、別世界の人のように美しい。
しかし、写真に映る芽依の笑顔を見ていると、温かみのある美女は芽依の方だと思う。
那波は美しいが、どこか冷たさを感じる。
「他に聞きたいことはない?」
那波は俺に尋ねる。
ない、と言ったら、きっと紅茶を飲んだら帰るように言われるのだろう。
それは願ってもない望みだが、なせだかもう少し那波と話をしていたいと思う俺がいる。
「安藤先生が最近悩み相談してるって言ってたけど、あれはどういう意味?」
「大げさな話よ。たまに学生が来て、私に悩みを話すの。私は聞くだけよ」
「悩みを聞くだけ?」
「芽依が部室に来る時は、何人か友だちがやってくるの。ほら、あの子、人気者だから。みんなでたわいのない話をしてるのを、私は聞いてるだけ。いつだったか、芽依の友だちの一人が、好きな男子がいるって言い出したこともあったわ」
「へえー、女子の好きそうな話だな」
「いないの? 木梨くんは好きな子」
無表情で尋ねられると、こんなに綺麗な顔立ちの女の子に見つめられても、どきどきもしないのだと気づく。
「いないよ」
「そう。人を好きになるってどんな感情なのかしら。木梨くんが知ってるなら、ぜひこの機会に聞いてみたかったけど、無理みたいね」
「それはわかるよ。きっと理屈じゃないから、話してもわからないよ」
「この学園に来るまでは好きな子がいたって言ったように聞こえるわ」
那波はなかなか鋭い。人を好きになる感情はわからないというのに、変に察しがいいようだ。
「まあ。でももう関係ないよ。クラスに好きだなぁって思う女の子が一人ぐらいいたって不思議じゃない」
「転校はつらかったでしょうね」
「親の都合だから仕方ないし、転校が決まったことにショックを受けるほどその子が好きだったわけじゃない」
「つまり、好きって感情には深さがあるのね」
「恋をしたらわかるよ、飛流さんにだって」
「しないわ。恋する感情とは無縁なの。そうじゃなきゃ、もうその感情を知ってる」
そう断言されると、そんなことない、と否定するのも無意味に思えてくる。そもそも那波には恋をする気などないように思える。
「で、悩みの話だけど」
話を戻す。那波は俺を嫌がらずに何でも話してくれるから、自分が何を尋ねていたか見失いそうだ。
「ああ、悩みの内容ね。あのね、その子が好きだった男子、芽依のことが好きだったの。別に驚くことじゃないわ。芽依を好きな男子なんてたくさんいるもの。だから彼女は悩んでた。容姿で芽依に勝つなんて出来ないからって」
「それで飛流さんはなんて言ったの?」
「恋は心同士がするものよって」
込み上げた笑いを表に出して、思わず笑ってしまった。そんな俺を、那波は気を害すようでもなく見ている。
「ごめん。だってさ、さっき恋する感情を理解できないとか言ってたのに」
「私は彼女の苦しみが理解できたからそう言ったの。それがわかったから、人は容姿で恋する生き物ではないんじゃない? とアドバイスしただけなの」
「そんなこともないよ。美人だからって好きになることもある。その上、性格が合うなら問答無用で好きになるよ」
「だったら私のアドバイスは間違ってたのかしら」
那波は考え込むように首をかしげる。
「そうでもないんじゃないかな。だってその子はそのアドバイスで納得したんだろう? 要はそれが真実かどうかは別として、飛流さんの優しい言葉がその子を救ったんだ」
「木梨くんの言う通りだといいわね」
「それってすごいことだと思うよ。俺は一生かけても誰一人救えないかもしれないのにさ、飛流さんはここへ来た学生を救ってるんだ」
「大げさね。実感はないわ」
那波は話を聞くだけ、なんていうけど、きっと彼女に悩み事を打ち明ける学生は、彼女に救われてる。
「だから部をつぶしてもかまわないって?」
「そう思ってるわ」
「でも俺が入部すれば、全部問題は解決する」
「きっと木梨くんが問題を抱えるわ」
やはり那波は優しい女の子だろう。そんな風に感じた俺は、明るく話しかけた。
「俺は転校してきたばかりで、飛流さんのことはよく知らないけど、もし飛流さんの部活に入ることで面倒に巻き込まれることがあったとしても、その悩みを飛流さんが聞いてくれるなら問題はすでに解決してる」
「あなたって、のうてんき?」
「少なくとも、のうてんき? と人を馬鹿にするつもりなら、その真顔はやめた方がいいよ。結構傷つく」
那波は細くて白い指を頬に当て、わずかに首を傾げる。
「傷つけたなら謝るわ。でもこの表情は治らないみたい」
「笑ったらいいのに」
そうしたらもっと可愛いのに、その言葉は飲み込んだ。まるで下心があって入部したいと言ったなんて思われるんじゃないかと危惧したのだ。
「木梨くん、最初の質問に戻るわ」
急になんだ?
最初の質問がなんだったかも、すぐには思い出せない。
「心理学研究部は何をしてるのか、そう尋ねたわね」
「飛流さんは何もと言ったね」
「何も、も事実よ。だけどね、私がこの部を作った目的は一つなの。人の感情を理解したい。喜怒哀楽をもっと細かく考えたら、私の中にある感情がなんであるのかわかるかと思って」
「俺は手伝えるかな」
那波の言っていることはいまいち理解できなかったが、それは俺が彼女をよく知らないからで。
彼女が何かの答えを探しているなら、俺はその手助けができるだろうかと、漠然と考えたに過ぎなかった。
その申し出を喜んでもらえるとは思っていなかったが、やはり那波は無表情で言う。
「紅茶、おかわりするかしら?」
心理学研究部は、美術室の隣にあった。
入り口には部活の看板もない。知らない人は美術部の倉庫だと思っているだろう。
実際、俺はそう思っていた。
那波は鍵を開けて中へ入る。
どうやらまだ他の部員は来ていないようだ。
関心がなくて考えもしていなかったが、心理学研究部はどれほどの部員がいるのだろう。部の存続が危ぶまれているなら、それほど多くはないのだろうが。
机と椅子しかない空間を進んだ那波は、窓際にある机に近づく。教員が使用する机だ。
本来、安藤先生の使用する机かもしれないが、部員が好きなように私物化しているのか、ポットやティーセット、写真立てなどが置かれている。
唯一、この部室の中で生活感を感じる空間だ。
そこへ彼女はおもむろに缶を置き、ポットのスイッチを入れた。
「木梨くんは紅茶飲める?」
「紅茶?」
「いつもはインスタントのレモンティーなの。今日は切らしてて、セイロンのブレンドティーよ。フルーツの香りがするのだけど、大丈夫かしら?」
そう言って、缶から茶葉を取り出す。どうやら紅茶を取りに一度自宅へ帰ったようだ。
那波はティーカップを二つ用意する。
一つは彼女ので、もう一つは俺のためだろう。
俺は辺りを見回した。他の部員が部室を訪れる気配はない。
「他の部員は?」
尋ねると、那波は首を傾げた。
漆黒と言っていいほどに黒く艶めいた長い髪がさらさらと肩から落ちる。息をのむほどに美しいというのは、こういう髪のことを言うのだろう。
「部員は私一人よ。何も知らないのね、木梨くん」
「一人? だから飛流さんが部長なんだ」
「そうよ、今はね。これまではずっと二人でやってきたの。一人になったのは先月。と言っても、あの子はバスケ部とかけもちだったから、あまり顔は出さなかったけど」
「それで部員募集?」
先月まで部員だった『あの子』が誰かも知らないが、バスケ部と聞いて思い当たるのは一人だけだ。
飛流那波の双子の姉である芽依は、バスケ部に所属している。
「ええ。四月から部の規定が改定されたのよ。部を維持するための部員数は最低二人。かけもちは禁止。だから芽依は当然だけど、バスケ部を選んだわ」
それを責めるわけじゃない、と那波は言う。やはり先月までいた部員は芽依のようだ。
「それじゃあ、誰か入らないと廃部?」
「気にしないで、木梨くん。もともと私が作った部だし、入部希望者なんて今までいなかったわ。それを望んでいたわけでもないしね」
「部を作ったんだ。飛流さんはすごいな」
「結構みんなやってるわ。知ってるかしら。うちの学校、年間いくらって部員数に応じて部費が学園長から支払われているの。部費目当てに部を作るなんて珍しくもなかったみたい。最近は悪質になってきてたのかしらね、だから粛清。三月いっぱいでいくつか廃部になったわ。心理学研究部は安藤先生のおかげで、なんとか続いてるだけ」
とても生徒が優遇されているようだが、なんだかややこしいシステムがこの学園にはあるようだ。
「そうだったんだ。何にも知らなかったな」
「部費のおかげで美味しい紅茶が毎日飲めてきたんだから、廃部に追い込まれても文句は言わないわ」
部費で購入した紅茶を飲んで、楽しく過ごせる部活なら、なんだか悪い気はしない。
「俺が入部すれば、廃部にはならないんだ」
「そのために入部する必要なんてある? 木梨くんはたまたま安藤先生に目をつけられただけでしょう?」
「三月には廃部になっててもおかしくない部活が、今でも続いてる。それは守りたい人がいるからだろう? そうまでして守りたい部なんだったら興味はあるよ。心理学研究部って何を研究してるんだ?」
「何も」
ようやくわずかに興味がわいて尋ねてみたが、那波はその小さな好奇心すら簡単に打ちくだく。
「何も?」
「毎日紅茶を飲んでるだけよ。……あ、お湯が沸いたわ。すぐに淹れるわね。悪いけど、椅子を一つ運んでちょうだい」
部の存続をかけて大事な話をしているはずなのに、あっさりと那波は話題を変えて、手馴れた様子で紅茶を注ぎ始めた。
机の上にある写真立てには、那波、芽依、安藤先生の三人で映した写真が飾られていた。
真ん中に立つ那波は手に、『私立英美学園心理学研究部』と、手書きで書かれた画用紙のようなものを持っている。
彼女の右隣には、那波の肩に満面の笑みで抱きつく芽依の姿。そして、反対側には、穏やかな表情で腰に手を当てる安藤先生がいる。
季節は春だろう。三人の背後には葉桜が青々としている。
入学した一年生の時に、早々に那波は部を作ったようだ。
その時から、三人で守り続けてきた部なのだろう。
無表情の那波からは当時の喜びは見受けれない。部の存続を願うのは、彼女よりも芽依や安藤先生なのかもしれないと思わせる一枚の写真だ。
はす向かいで紅茶をたしなむ那波の横顔は、別世界の人のように美しい。
しかし、写真に映る芽依の笑顔を見ていると、温かみのある美女は芽依の方だと思う。
那波は美しいが、どこか冷たさを感じる。
「他に聞きたいことはない?」
那波は俺に尋ねる。
ない、と言ったら、きっと紅茶を飲んだら帰るように言われるのだろう。
それは願ってもない望みだが、なせだかもう少し那波と話をしていたいと思う俺がいる。
「安藤先生が最近悩み相談してるって言ってたけど、あれはどういう意味?」
「大げさな話よ。たまに学生が来て、私に悩みを話すの。私は聞くだけよ」
「悩みを聞くだけ?」
「芽依が部室に来る時は、何人か友だちがやってくるの。ほら、あの子、人気者だから。みんなでたわいのない話をしてるのを、私は聞いてるだけ。いつだったか、芽依の友だちの一人が、好きな男子がいるって言い出したこともあったわ」
「へえー、女子の好きそうな話だな」
「いないの? 木梨くんは好きな子」
無表情で尋ねられると、こんなに綺麗な顔立ちの女の子に見つめられても、どきどきもしないのだと気づく。
「いないよ」
「そう。人を好きになるってどんな感情なのかしら。木梨くんが知ってるなら、ぜひこの機会に聞いてみたかったけど、無理みたいね」
「それはわかるよ。きっと理屈じゃないから、話してもわからないよ」
「この学園に来るまでは好きな子がいたって言ったように聞こえるわ」
那波はなかなか鋭い。人を好きになる感情はわからないというのに、変に察しがいいようだ。
「まあ。でももう関係ないよ。クラスに好きだなぁって思う女の子が一人ぐらいいたって不思議じゃない」
「転校はつらかったでしょうね」
「親の都合だから仕方ないし、転校が決まったことにショックを受けるほどその子が好きだったわけじゃない」
「つまり、好きって感情には深さがあるのね」
「恋をしたらわかるよ、飛流さんにだって」
「しないわ。恋する感情とは無縁なの。そうじゃなきゃ、もうその感情を知ってる」
そう断言されると、そんなことない、と否定するのも無意味に思えてくる。そもそも那波には恋をする気などないように思える。
「で、悩みの話だけど」
話を戻す。那波は俺を嫌がらずに何でも話してくれるから、自分が何を尋ねていたか見失いそうだ。
「ああ、悩みの内容ね。あのね、その子が好きだった男子、芽依のことが好きだったの。別に驚くことじゃないわ。芽依を好きな男子なんてたくさんいるもの。だから彼女は悩んでた。容姿で芽依に勝つなんて出来ないからって」
「それで飛流さんはなんて言ったの?」
「恋は心同士がするものよって」
込み上げた笑いを表に出して、思わず笑ってしまった。そんな俺を、那波は気を害すようでもなく見ている。
「ごめん。だってさ、さっき恋する感情を理解できないとか言ってたのに」
「私は彼女の苦しみが理解できたからそう言ったの。それがわかったから、人は容姿で恋する生き物ではないんじゃない? とアドバイスしただけなの」
「そんなこともないよ。美人だからって好きになることもある。その上、性格が合うなら問答無用で好きになるよ」
「だったら私のアドバイスは間違ってたのかしら」
那波は考え込むように首をかしげる。
「そうでもないんじゃないかな。だってその子はそのアドバイスで納得したんだろう? 要はそれが真実かどうかは別として、飛流さんの優しい言葉がその子を救ったんだ」
「木梨くんの言う通りだといいわね」
「それってすごいことだと思うよ。俺は一生かけても誰一人救えないかもしれないのにさ、飛流さんはここへ来た学生を救ってるんだ」
「大げさね。実感はないわ」
那波は話を聞くだけ、なんていうけど、きっと彼女に悩み事を打ち明ける学生は、彼女に救われてる。
「だから部をつぶしてもかまわないって?」
「そう思ってるわ」
「でも俺が入部すれば、全部問題は解決する」
「きっと木梨くんが問題を抱えるわ」
やはり那波は優しい女の子だろう。そんな風に感じた俺は、明るく話しかけた。
「俺は転校してきたばかりで、飛流さんのことはよく知らないけど、もし飛流さんの部活に入ることで面倒に巻き込まれることがあったとしても、その悩みを飛流さんが聞いてくれるなら問題はすでに解決してる」
「あなたって、のうてんき?」
「少なくとも、のうてんき? と人を馬鹿にするつもりなら、その真顔はやめた方がいいよ。結構傷つく」
那波は細くて白い指を頬に当て、わずかに首を傾げる。
「傷つけたなら謝るわ。でもこの表情は治らないみたい」
「笑ったらいいのに」
そうしたらもっと可愛いのに、その言葉は飲み込んだ。まるで下心があって入部したいと言ったなんて思われるんじゃないかと危惧したのだ。
「木梨くん、最初の質問に戻るわ」
急になんだ?
最初の質問がなんだったかも、すぐには思い出せない。
「心理学研究部は何をしてるのか、そう尋ねたわね」
「飛流さんは何もと言ったね」
「何も、も事実よ。だけどね、私がこの部を作った目的は一つなの。人の感情を理解したい。喜怒哀楽をもっと細かく考えたら、私の中にある感情がなんであるのかわかるかと思って」
「俺は手伝えるかな」
那波の言っていることはいまいち理解できなかったが、それは俺が彼女をよく知らないからで。
彼女が何かの答えを探しているなら、俺はその手助けができるだろうかと、漠然と考えたに過ぎなかった。
その申し出を喜んでもらえるとは思っていなかったが、やはり那波は無表情で言う。
「紅茶、おかわりするかしら?」
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