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悲しみのキャストドール
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「いち、に、さん、し___」
体育館に反響する男女の声。
白の体操着に赤のジャージ姿の生徒が規則正しい動きで準備体操をしている。
そこに当然というべきか、凪の姿はない。
体育教師は凪がいないことを確認したが、なぜいないのか理由は尋ねなかった。その理由は簡単だ。生徒の目が私に集中したからだ。
木梨凪がいないのは、飛流那波のせい。
教師であれども、私に関わりたくない人は多い。わざわざ事を荒立てて、学園長の逆鱗に触れたくないと考えるのは至極当然のことだ。
準備体操が終わると、男女別れてチームを作り、バスケットボールの練習が始まる。
バスケ部の芽依は誰よりもやる気満々で、スムーズに練習が始められるよう声かけをしている。
だから私に体育の授業を受けるように勧めたのだと、今更合点が行く。
しばらく経っても凪は体育館に姿を見せない。私がここにいるからだろうか。彼はもう私に関わりたくないだろう。
足元に転がってきたバスケットボールを拾い、それを取りに来た女子生徒の強張る笑顔から目をそらす。そのまま床にそっとボールを転がせた。
おそるおそるボールを拾って、逃げるようにコートの中へ戻っていく女子生徒の背中を見送り、体育館を出た。
体育教師は私を呼び止めない。むしろいない方がいいと思っているかもしれない。
教室に戻ろうと通路を歩いていくと、下駄箱に凪の姿を見つけた。
彼は掲示板をじっと見ている。そこにはまだ、心理学研究部部員募集の貼り紙が残っていた。
「木梨くん、気にすることないのよ、何も」
声をかけると、凪はびくっと体を震わせた。
眉を寄せて私を見つめる目も揺れている。怖がってる。
仕方ないことだと思うけど、胸がうずく。なぜだろう。なぜ彼に嫌われてると思うと、私の胸は痛むのだろう。
「廃部になってもいいって言ったでしょう?」
凪に近づく。それは貼り紙をはがすためだったが、彼は逃げ場を失ったように立ち尽くし、私から目をそらす。
「木梨くんはバスケ部に入るといいわ」
「え……」
ようやく凪は声を発するが、手に握りしめた紙をそのままに沈黙する。
退部届だろう。持ってきたのだ。凪はもう部室に来ない。そう思うと、胸が押しつぶされそうにもなる。
「芽依がね、木梨くんの話を聞きたがるの。あの子は誰にだって興味津々だけど、木梨くんのことすごく気になってるみたい」
「俺は、別に……」
「木梨くんも芽依を気に入ってたじゃない。当然よね。芽依を好きにならない人なんていない」
「……飛流さん、誤解だよ」
なんて悲しい顔をするのだろう。悲しみと恐怖、私はそれしか凪に与えられない。
「芽依が嫌いなの?」
「嫌いとか、そんなことはないけど……、でもきっと誤解だよ」
凪はくしゃくしゃになった退部届を広げて、私に差し出す。
「安藤先生に出すのよ。聞いてなかった? それにまだ何も書いてないじゃない」
「俺の話を聞いて欲しい。だからその前に、この退部届なかったことにしてくれないか」
「退部しないというの?」
なかったことにするということは、つまりそういうことだろう。
凪からの意外な言葉に、私は首を傾げる。
「木梨くんは私が怖くないの?」
「どうして? 怖くなんてないよ。ちょっと驚いただけだよ」
「みんなは不気味だって言うわ。それが自然よね。だから木梨くんの方が……」
「変? それとも、のうてんき?」
そう言って、凪は泣き出しそうな顔で笑う。
なぜそんな表情をするのかわからないから、戸惑う。彼の心は私には読めない。
「変ね。きっと変よ。あなたの気持ちをどう理解したらいいのかわからない」
「俺はただ、心理学研究部が気に入ってて、これからも飛流さんと過ごしていけたらいいって思ってるんだ。何も知らなかったことには出来ないけど、今まで通りでいて欲しい」
「そう、それがあなたの願い? 木梨くんがそれでいいなら私はかまわないわ。でもまた嫌な思いはするわよ。それでも私は助けてあげられない」
突き放すように言うのに、凪はうなずく。
「話は聞いてくれるんだろう? それだけで十分だよ」
「聞くだけよ。つらかったことがなくなったりしないのよ」
「飛流さんはつらかっただろ? だから自分からみんなと距離を置いてるんだ。それに比べたら、阿部にからまれることぐらいへっちゃらだよ」
「阿部……? 誰?」
クラスメイトの名前なんてろくに覚えたことはない。
クラスに阿部という名前の人物がいたかどうかも思い出せないし、別のクラスだというならなおさらわからない。
凪はきょとんとして、失笑する。彼にとって、私が阿部という人を知らないことはおかしくてたまらないことらしい。
「知らないならそれでいいよ。関わらなくてもいい男って、いると思うから」
「木梨くんがそう言うなら、無理に阿部くんという人を知ろうとは思わないわ。でも不思議。木梨くんって、私のみちしるべみたい」
「のうてんきの次はみちしるべ?」
凪はくすくす笑う。
今度はおかしくてたまらないというより、嬉しくて笑っているみたいだ。
じっと凪の顔を見上げると、彼はちょっと驚いて、それでも私から目をそらしたりしないで、「何?」と微笑む。
「笑顔にもいろいろあるのねと思って。それで驚いてるの」
「驚く?」
「私、木梨くんに出会ってから、すごく感情を理解できるようになっていると思うの。これって、運命的よね?」
「いち、に、さん、し___」
体育館に反響する男女の声。
白の体操着に赤のジャージ姿の生徒が規則正しい動きで準備体操をしている。
そこに当然というべきか、凪の姿はない。
体育教師は凪がいないことを確認したが、なぜいないのか理由は尋ねなかった。その理由は簡単だ。生徒の目が私に集中したからだ。
木梨凪がいないのは、飛流那波のせい。
教師であれども、私に関わりたくない人は多い。わざわざ事を荒立てて、学園長の逆鱗に触れたくないと考えるのは至極当然のことだ。
準備体操が終わると、男女別れてチームを作り、バスケットボールの練習が始まる。
バスケ部の芽依は誰よりもやる気満々で、スムーズに練習が始められるよう声かけをしている。
だから私に体育の授業を受けるように勧めたのだと、今更合点が行く。
しばらく経っても凪は体育館に姿を見せない。私がここにいるからだろうか。彼はもう私に関わりたくないだろう。
足元に転がってきたバスケットボールを拾い、それを取りに来た女子生徒の強張る笑顔から目をそらす。そのまま床にそっとボールを転がせた。
おそるおそるボールを拾って、逃げるようにコートの中へ戻っていく女子生徒の背中を見送り、体育館を出た。
体育教師は私を呼び止めない。むしろいない方がいいと思っているかもしれない。
教室に戻ろうと通路を歩いていくと、下駄箱に凪の姿を見つけた。
彼は掲示板をじっと見ている。そこにはまだ、心理学研究部部員募集の貼り紙が残っていた。
「木梨くん、気にすることないのよ、何も」
声をかけると、凪はびくっと体を震わせた。
眉を寄せて私を見つめる目も揺れている。怖がってる。
仕方ないことだと思うけど、胸がうずく。なぜだろう。なぜ彼に嫌われてると思うと、私の胸は痛むのだろう。
「廃部になってもいいって言ったでしょう?」
凪に近づく。それは貼り紙をはがすためだったが、彼は逃げ場を失ったように立ち尽くし、私から目をそらす。
「木梨くんはバスケ部に入るといいわ」
「え……」
ようやく凪は声を発するが、手に握りしめた紙をそのままに沈黙する。
退部届だろう。持ってきたのだ。凪はもう部室に来ない。そう思うと、胸が押しつぶされそうにもなる。
「芽依がね、木梨くんの話を聞きたがるの。あの子は誰にだって興味津々だけど、木梨くんのことすごく気になってるみたい」
「俺は、別に……」
「木梨くんも芽依を気に入ってたじゃない。当然よね。芽依を好きにならない人なんていない」
「……飛流さん、誤解だよ」
なんて悲しい顔をするのだろう。悲しみと恐怖、私はそれしか凪に与えられない。
「芽依が嫌いなの?」
「嫌いとか、そんなことはないけど……、でもきっと誤解だよ」
凪はくしゃくしゃになった退部届を広げて、私に差し出す。
「安藤先生に出すのよ。聞いてなかった? それにまだ何も書いてないじゃない」
「俺の話を聞いて欲しい。だからその前に、この退部届なかったことにしてくれないか」
「退部しないというの?」
なかったことにするということは、つまりそういうことだろう。
凪からの意外な言葉に、私は首を傾げる。
「木梨くんは私が怖くないの?」
「どうして? 怖くなんてないよ。ちょっと驚いただけだよ」
「みんなは不気味だって言うわ。それが自然よね。だから木梨くんの方が……」
「変? それとも、のうてんき?」
そう言って、凪は泣き出しそうな顔で笑う。
なぜそんな表情をするのかわからないから、戸惑う。彼の心は私には読めない。
「変ね。きっと変よ。あなたの気持ちをどう理解したらいいのかわからない」
「俺はただ、心理学研究部が気に入ってて、これからも飛流さんと過ごしていけたらいいって思ってるんだ。何も知らなかったことには出来ないけど、今まで通りでいて欲しい」
「そう、それがあなたの願い? 木梨くんがそれでいいなら私はかまわないわ。でもまた嫌な思いはするわよ。それでも私は助けてあげられない」
突き放すように言うのに、凪はうなずく。
「話は聞いてくれるんだろう? それだけで十分だよ」
「聞くだけよ。つらかったことがなくなったりしないのよ」
「飛流さんはつらかっただろ? だから自分からみんなと距離を置いてるんだ。それに比べたら、阿部にからまれることぐらいへっちゃらだよ」
「阿部……? 誰?」
クラスメイトの名前なんてろくに覚えたことはない。
クラスに阿部という名前の人物がいたかどうかも思い出せないし、別のクラスだというならなおさらわからない。
凪はきょとんとして、失笑する。彼にとって、私が阿部という人を知らないことはおかしくてたまらないことらしい。
「知らないならそれでいいよ。関わらなくてもいい男って、いると思うから」
「木梨くんがそう言うなら、無理に阿部くんという人を知ろうとは思わないわ。でも不思議。木梨くんって、私のみちしるべみたい」
「のうてんきの次はみちしるべ?」
凪はくすくす笑う。
今度はおかしくてたまらないというより、嬉しくて笑っているみたいだ。
じっと凪の顔を見上げると、彼はちょっと驚いて、それでも私から目をそらしたりしないで、「何?」と微笑む。
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