太陽と傀儡のマドンナ

水城ひさぎ

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すれ違う祈り

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***


「やっと終わったー!」

 期末テスト最終日、歓喜の声が溢れる教室から真っ先に飛び出した俺は、A組の教室をすぐさま覗き込んだ。

 その途端、ふわふわと揺れるアッシュブラウンの髪がいきなり眼前に迫ってくる。
 弥生と優香に「先に帰るねー」と手を振る芽依が、後ろ向きで歩いてくるのだ。

 あっ、と声にならない声をあげて身を引くが、よけきれずに彼女が俺の腕にぶつかってくる。

「ごめんね! あ! 凪っ、どうしたの?」
「ごめん、芽依。飛流さんいないかと思って」

 帰り支度でごった返す生徒の中に、那波の姿を見つけることができない。

「那波に用?」
「昨日会えなかったからさ、明日のことが気になって聞こうと思ったんだ」
「明日は予定通りよ。樋野先輩は乗り気じゃないけど、那波の意思は尊重してくれて。明日の午後二時に神社で待ち合わせしてるの」
「そうなんだ。うまく行くといいけど」
「本当にそう思ってるの? 凪」
「え?」
「いつもの渡り廊下で話さない? 那波は教室にはもういないの」

 いつになく表情を強張らせている芽依に違和感を感じながら、俺は無言で彼女についていった。

 生徒の注目を浴びる中、ひと気のない校舎まで移動する。そして渡り廊下にたどり着くとすぐ、芽依は口を開く。

「本当に凪は明日の計画がうまく行くといいと思ってるの?」
「思ってるよ。樋野先輩はあの目に劣等感があるみたいだった。そんなこと気にしなくていいぐらい、俺より優れたところばっかり持ってる先輩だけど、一つだけでも消極的になるものがあるなら、取り除いてあげた方がいいと俺は思う」
「たった一つの欠落でも、取り戻すのが大切だと凪は言うのね?」
「先輩の人生を左右するぐらい大きいことなら」
「その結果、大きなものを失うとしても?」
「どういう意味?」

 眉をひそめる俺から、芽依は目をそらす。

「何か見落としてない? 先輩の目に宿るものは、もともとは芽依の怒りなのよ。那波がなんといったか知らないけど、それを私に戻すという意味、凪はわかってる?」
「え……、もちろん」

 そう口にはするが、漠然とした不安が胸にぽかりと浮かぶ。

「那波は消えるつもりよ。愛する人のために、ううん、自分のためだと思って、間違った選択をしようとしてる。私はそう思うの」
「消えるって……」

 絶句する俺はこめかみを押さえた。頭痛がした。浮かんだばかりの不安が急速に大きな不安を生み出す。

 何か俺は大事なことを見落としているのだ。だがそれが何かわからないでいる。

 那波の計画が成功したら、花火大会に一緒に行きたいと言われた。いつでも会えるのだと言われた。那波が消えるなんてつゆほども思わなかった。

「あの子は怒りの感情だけじゃない。すべてを私に戻す気よ。そうなったら、あの子に何が残るの? 私にはわからないわ。わからないけど……、あの子があの子でなくなるのは間違いないじゃない」
「飛流さんはまた会えるって。だから怒りだけを、先輩から取り除くんだと思って。いろんな可能性を考えるって言ったから、そんなこともできるのかなって漠然と考えてた……」
「会えるわよ、凪。那波としてではなくて、飛流芽依としてなら。那波は芽依になってあなたに会うつもりよ」
「じゃあ、芽依は? 芽依はどうなるんだ?」

 芽依が何を思うのか、彼女の瞳に浮かぶ感情が、俺には見えなかった。

「わからないわ。私は私のまま心の中に那波を感じるのか、またはその逆。それとも私も那波も消えて別の人格が生まれるのか……。何もわからないわ。確かなことは、計画が成功した時に先輩の目を治すことができる、それだけよ」
「そんなこと飛流さんひとことも言わなかった」
「言えるわけないじゃない。あなたが好きなんだから」
「え……」
「なぜ気づかなかったの? 凪」

 芽依は責めるように言う。

「なんでって……、そんなこと考えもしないよ。だって現に、飛流さんが好きな男は、彼女が消えて喜ぶ男だって。俺は絶対に喜んだりしないよ」
「あなたが私を好きだと勘違いしてたからよ。那波は私の中へ戻って、あなたに愛されたいって思うようになったの」
「そんなっ……、じゃあ飛流さんが消えたら……、俺のせい」
「あなたのせいじゃないわよ。その代わり、私を好きになって、凪。那波の願いなんだから」
「できないよ……、きっとできない」

 俺は必死にあたまをふる。

「もう那波には会わない方がいいの? 凪。私、迷ってる。私だってこの体に満足してるわけじゃないの」
「飛流さんは消えて、芽依と先輩を救おうとしてる?」
「それだけじゃないわ。あなたに愛されたくて、那波でもある芽依になれる日を夢見てる」
「俺は……、どうしたらいい」

 考えるんだ。考えるんだ、凪。

 そう自分を叱咤する。昔のように戻りたがっている那波に、このままでいることを望むのは、俺のエゴだ。そして輝の人生までも左右してしまう。

 俺は三人の人生を背負えるか?

 そう考えたら、答えはノーだ。背負えるはずはない。自分の人生を背負うのは、いつも自分一人だけだからだ。

「飛流さんも芽依も、樋野先輩も、そして俺も……、納得できる答えを探すよ」
「あと一日よ。今更何ができるの?」
「それは今から考えるよ。とにかく飛流さんと話がしたい。飛流さんはどこに?」

 芽依は俺の目を、乱れのない静かな目でじっと見つめる。

「心理学研究部の部室よ。あの子はもう戻らないつもりなのよ」
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