太陽と傀儡のマドンナ

水城ひさぎ

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すれ違う祈り

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***


「お兄ちゃん、出かけるの?」
「え? あぁ、なんだよ、美都夜」

 リビングに入るとすぐ、キッチンに立つ美都夜が声をかけてきた。
 誰もいないだろうと思っていただけに動揺したが、努めて平静を装いソファーへ腰掛けた。

「お昼食べた時、そんな格好してなかったよね? わざわざ着替えてるなんて変だもん」
「美都夜こそさっき出かけてただろ。来週もテストなんだろ? はやく勉強してこいよ」
「ちょっと休憩。アイスココア、お兄ちゃんも飲む?」

 マドラーでグラスの中を混ぜながら、美都夜はキッチンから出てくる。
 飲むか?と尋ねながらも、もう一つ作る気は全くない様子だ。

「もう少ししたら出かけるから。夕方までには戻るよ」
「どこ行くの?」
「別にどこだっていいだろ」
「なーんか、あやしいよねー。お兄ちゃんが喧嘩越しの時って、隠したいことありまくりって感じだもん」
「妹になんでも話す方がおかしいだろ。少し出かけるぐらいで勘ぐるなよ」
「お兄ちゃん、デート?」
「なんだよ、その顔」

 焦りを禁じ得ない俺に、にやりと笑う美都夜は、「ふぅん」と勝手に納得する。

「相手は飛流芽依? それとも、やっぱり那波?」
「デートじゃないよ。紅茶を買いに行くだけ」
「紅茶?」

 美都夜は心底意外そうに素っ頓狂な声を上げる。

「部活で使う紅茶だよ。って、何話してんだ、俺は」

 つい正直に話してしまう自分がうらめしい。なぜか昔から美都夜には隠し事が出来ない性格のようだ。

「へえー、お兄ちゃんの部活楽しそうだね。じゃあ、今日は飛流那波と出かけるの?」
「まあ、そうだよ」
「付き合ってるの?」
「……返事に困る」

 お互いに思い合っていることは確かめたものの、恋人同士になったという実感はない。それを那波に確認するのは、まだハードルが高い気がするのだ。

「困る? つまり、告白して返事待ち?」
「そんな具体的なこと話す必要ないだろ」
「だって聞きたいもん。もしかしたら、私のお義姉さんになるかもしれない人のことだよ?」
「お、お義姉さんって……、そんなこと」
「あるでしょ? あんな美人と付き合ったら、お兄ちゃん、もう他の女の人と付き合えないと思うよ」
「……そうかな、やっぱり」

 妙に納得だ。後にも先にも、那波以上の女性に出会うことはないと思うのだ。

「で、なんて告白したの?」

 美都夜は好奇心に満ちた目をして身を乗り出す。

「は?」
「飛流那波はお兄ちゃんのことどう言ってるの?」
「どうって……、別に」

 安心する。
 不意に那波の言葉が脳裏に浮かぶ。
 那波は確かにそう言った。俺に触れると安心すると。悲しみと不安しかない彼女の人生に、安らぎを覚える感情が生まれたことをその言葉で知った。

「安らぎって……、どうやって感じたんだろう」

 その感情が安らぎであることをどうやって理解したのだろう。なぜかそんなことが気になってつぶやいていた。

「お兄ちゃん、なんて?」
「いや、不安と安心って対極にある気がするんだけどさ、不安の中にいるのに、一緒に過ごす誰かに安らぎを感じるってどういうことかなって思ってさ」
「なんの話? 急に。話をそらしたいつもりなら、もう少しマシな話してよー」
「あ、別にそういうんじゃないけどさ、なんとなくふと思ったから」
「まあ、あれでしょ。なんかで読んだことあるよ、愛を感じて安らぎを覚えるって話。愛を知って芽生える感情もあるんでしょ?」
「……おまえ、恥ずかしげもなくそういうこといつもサラッと言うのな」
「持論じゃないし。誰かの意見だよ、あくまでも」
「いや、感心してるんだよ。すごく納得した。なんか、自信出る」
「自信? 誰かに言われたの? 一緒にいると安心するって」
「え……、まあ」

 こりこりと指先でこめかみをかく俺を見て、心底美都夜はあきれ顔だ。

「騙されないようにね、お兄ちゃん。お兄ちゃんみたいなモテナイ男は、ちょっと可愛い女の子にそう言われると自惚れちゃうんだから」
「おまえなぁー……」
「だってそうでしょ? 飛流芽依に言われたのか、那波に言われたのか知らないからなんとも言えないけど、文化祭の時に見かけたあのめちゃくちゃカッコいい人があのでっかいお屋敷に行くの見たよ、私。あの人、飛流姉妹のどっちかと付き合ってるんじゃないの?」
「え、なんて?」

 驚いて腰を浮かす。

「だから文化祭で見た、眼帯した男の人。さっきコンビニ行った時に見かけたよ」
「樋野先輩が飛流さんちに? なんで」
「なんでって、そんなこと知らないよ。それこそデートじゃないの? お兄ちゃんが那波とデートっていうなら、あの人の本命は芽依か、それとも那波が二股かけてるって話じゃない?」
「まさか。どっちもあり得ないよ」
「じゃあ、他に会う理由があるんじゃない? お兄ちゃんも美人には気をつけなきゃ」
「他に会う理由……?」

 俺はとっさに腕時計に目を落とした。

 時刻はちょうど午後2時だ。
 嫌な予感がした。那波はなぜ3時を指定したのか。不安と焦りが体の中に湧き上がり、落ち着かなくなる。

「出かけてくるっ」
「え? あっ、ちょっ…お兄ちゃんっ」

 呼び止めようとする美都夜の横を走り抜け、俺はアパートを飛び出した。
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