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すれ違う祈り
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身長が伸びる度に、母が仕立て直してきたワンピースがある。
それはベルベットの黒いワンピースで、裾や袖口に白いレースがあしらわれており、腰の辺りを絞るリボンに特徴的な鍵の形をしたアクセサリーが、留め具として飾り付けられた品の良いワンピースだ。
私が飛流那波になった日から、一度も袖を通したことのなかったワンピースだが、母が用意し続けてきたのは、いつか私が芽依に戻る日を願ってのことだったかもしれない。
静かな風の吹く影見神社の鳥居の側で私を迎えた輝は、ワンピース姿の私を眺めて少しばかり複雑に表情を崩す。
「思い出した。いつも芽依が持ってた人形、そんな黒いドレス着てたな」
「黒い服なんて暗くて怖いって、お友達によく言われたわ。私はずっと嫌われ者ね」
「気にするなよ。そんなあんたでも、好きだっていうやつはいる」
「……そうね。今も悩んでいるの」
「悩むなら、この計画は中止した方がいい。俺の目はなんとかなるさ。今までもなんとかなってきた。こんな俺らでも、救ってくれるやつはいるんだろう」
輝は私の髪をそっとすくい上げて、うつむこうとする私の顔を覗き込む。
「木梨凪は承知してるのか?」
「輝の目を治すことは理解してくれてるわ」
「その結果、あんたが消えるのもかまわない、そんなこと、あいつが承知するわけないよな」
「木梨くんは優しすぎるのよ。犠牲のない成功なんてあるはずはないのに、彼はそれを求めようとするの」
「俺の目とあんたの命、その価値の重さは比べる必要もないとは思うが?」
「責任は感じているの。もしあなたの目がそんなことにならなければ、あなたの人生は全く違ったものになっていたかもしれない」
「それは過ぎた仮定の話だ。今ある人生が俺の人生なんだ。こうなったことも含め、俺の人生なんだろう」
「それでも嫌でしょう?」
輝と見つめ合う。眼帯をしていない彼の左目に魅入られる。そこには足りない私がある。怒りもまた、私には必要な要素の一つであるはずだ。
「あんたは冷たい体が嫌か?」
「……嫌よ」
かすれた声が出る。凪に触れられる度に、罪悪感を覚えるなんて悲しくて。
震える指を組み合わせ、口元に運ぶ。彼から受けた口づけの感触はまだここにあって、そのぬくもりを共有できなかったことに傷ついている。
「木梨くんと一緒にいると忘れられるの。私が芽依だった頃のことも、私が何者であるかも。一人の女の子として彼が私を愛してくれるなら、私は完璧な一人の女の子でいたいの」
「意外と欲深だな、あんたは」
「欲深……?」
「何かが足りないと感じながら生きてるやつはごまんといる。それに比べたら、あんたは結構いろんなものを持ってる方だ。それは俺にも共通するだろう。今更、ないものねだりはバカげてるようにも感じるな」
「今のままが一番だというの?」
「リスクを負ってまで得ようとしてるものが、思いの外、小さいって話だ」
私が本来の私であろうとすることは、小さいことなのだろうか。
「それでも成功したら……、木梨くんは喜んでくれる」
「何を成功というのか知らないが、芽依になったあんたをやつが好きでいる確証はない」
「心は私だもの。心を愛してくれるなら大丈夫だって信じてるわ」
「男をあんまり信用しすぎるな。あんたはあんたのために生きればいい。木梨凪が今のあんたでいいっていうなら、あんたはそれを素直に受け入れればいい。あいつのために犠牲を払う必要はない」
「これは私のためでもあるのよ……」
「あいつはそれを望んでない。今のあいつに好かれていたいなら、あんたは変化を望まないべきだ」
まるで凪の心を見透かしたように、輝は言うのだ。
「今がそのタイミングではないというの?」
「そうだ。あいつと別れて、やはり芽依に戻りたいと願う日が来てからでも遅くはないだろうと俺は思う」
「……それでも戻りたいの」
「頑固だな、あんたは。そうか……、俺があんたに惹かれたのは、あんたの中身が昔の芽依そのものだからかもな」
「輝……?」
「昔の芽依は誰からも好かれて、そこにいてくれるだけで周囲を和ませてくれたもんだ。まるで……」
輝は空を見上げる。雲の切れ間から漏れ指す太陽の光に眼を細める。
「まるで太陽のようだったんだ。当たり前のようにそこにいて、俺たちを幸せな気分にしてくれた。今日もいてくれるだけでいいって思いながら、俺たちは裏山に集まっていたんだ」
「太陽……」
「今もそうだ。あんたの心は芽依だよ。そこに木梨凪が惚れたっていうなら、今の自分を信じてやってもいいんじゃないか?」
輝はそう言って、かたくなな私の心をほどこうとする。だがどうしても、ここへたどり着くまでの思いを簡単にあきらめることなどできなくて。
「それでも……、私の願いを聞いて欲しいの」
「強い祈りが今のあんたを生み出したなら、俺の説得で曲がるような思いじゃ、最初から成功なんてないんだろうな」
輝は苦笑いして、私の手にそっと触れる。
「あの日のあんたは、本当に苦しそうだった。覚悟があるなら、思い出してみるんだな。すべてを捨てても逃げ出したかったあの時の気持ちを」
身長が伸びる度に、母が仕立て直してきたワンピースがある。
それはベルベットの黒いワンピースで、裾や袖口に白いレースがあしらわれており、腰の辺りを絞るリボンに特徴的な鍵の形をしたアクセサリーが、留め具として飾り付けられた品の良いワンピースだ。
私が飛流那波になった日から、一度も袖を通したことのなかったワンピースだが、母が用意し続けてきたのは、いつか私が芽依に戻る日を願ってのことだったかもしれない。
静かな風の吹く影見神社の鳥居の側で私を迎えた輝は、ワンピース姿の私を眺めて少しばかり複雑に表情を崩す。
「思い出した。いつも芽依が持ってた人形、そんな黒いドレス着てたな」
「黒い服なんて暗くて怖いって、お友達によく言われたわ。私はずっと嫌われ者ね」
「気にするなよ。そんなあんたでも、好きだっていうやつはいる」
「……そうね。今も悩んでいるの」
「悩むなら、この計画は中止した方がいい。俺の目はなんとかなるさ。今までもなんとかなってきた。こんな俺らでも、救ってくれるやつはいるんだろう」
輝は私の髪をそっとすくい上げて、うつむこうとする私の顔を覗き込む。
「木梨凪は承知してるのか?」
「輝の目を治すことは理解してくれてるわ」
「その結果、あんたが消えるのもかまわない、そんなこと、あいつが承知するわけないよな」
「木梨くんは優しすぎるのよ。犠牲のない成功なんてあるはずはないのに、彼はそれを求めようとするの」
「俺の目とあんたの命、その価値の重さは比べる必要もないとは思うが?」
「責任は感じているの。もしあなたの目がそんなことにならなければ、あなたの人生は全く違ったものになっていたかもしれない」
「それは過ぎた仮定の話だ。今ある人生が俺の人生なんだ。こうなったことも含め、俺の人生なんだろう」
「それでも嫌でしょう?」
輝と見つめ合う。眼帯をしていない彼の左目に魅入られる。そこには足りない私がある。怒りもまた、私には必要な要素の一つであるはずだ。
「あんたは冷たい体が嫌か?」
「……嫌よ」
かすれた声が出る。凪に触れられる度に、罪悪感を覚えるなんて悲しくて。
震える指を組み合わせ、口元に運ぶ。彼から受けた口づけの感触はまだここにあって、そのぬくもりを共有できなかったことに傷ついている。
「木梨くんと一緒にいると忘れられるの。私が芽依だった頃のことも、私が何者であるかも。一人の女の子として彼が私を愛してくれるなら、私は完璧な一人の女の子でいたいの」
「意外と欲深だな、あんたは」
「欲深……?」
「何かが足りないと感じながら生きてるやつはごまんといる。それに比べたら、あんたは結構いろんなものを持ってる方だ。それは俺にも共通するだろう。今更、ないものねだりはバカげてるようにも感じるな」
「今のままが一番だというの?」
「リスクを負ってまで得ようとしてるものが、思いの外、小さいって話だ」
私が本来の私であろうとすることは、小さいことなのだろうか。
「それでも成功したら……、木梨くんは喜んでくれる」
「何を成功というのか知らないが、芽依になったあんたをやつが好きでいる確証はない」
「心は私だもの。心を愛してくれるなら大丈夫だって信じてるわ」
「男をあんまり信用しすぎるな。あんたはあんたのために生きればいい。木梨凪が今のあんたでいいっていうなら、あんたはそれを素直に受け入れればいい。あいつのために犠牲を払う必要はない」
「これは私のためでもあるのよ……」
「あいつはそれを望んでない。今のあいつに好かれていたいなら、あんたは変化を望まないべきだ」
まるで凪の心を見透かしたように、輝は言うのだ。
「今がそのタイミングではないというの?」
「そうだ。あいつと別れて、やはり芽依に戻りたいと願う日が来てからでも遅くはないだろうと俺は思う」
「……それでも戻りたいの」
「頑固だな、あんたは。そうか……、俺があんたに惹かれたのは、あんたの中身が昔の芽依そのものだからかもな」
「輝……?」
「昔の芽依は誰からも好かれて、そこにいてくれるだけで周囲を和ませてくれたもんだ。まるで……」
輝は空を見上げる。雲の切れ間から漏れ指す太陽の光に眼を細める。
「まるで太陽のようだったんだ。当たり前のようにそこにいて、俺たちを幸せな気分にしてくれた。今日もいてくれるだけでいいって思いながら、俺たちは裏山に集まっていたんだ」
「太陽……」
「今もそうだ。あんたの心は芽依だよ。そこに木梨凪が惚れたっていうなら、今の自分を信じてやってもいいんじゃないか?」
輝はそう言って、かたくなな私の心をほどこうとする。だがどうしても、ここへたどり着くまでの思いを簡単にあきらめることなどできなくて。
「それでも……、私の願いを聞いて欲しいの」
「強い祈りが今のあんたを生み出したなら、俺の説得で曲がるような思いじゃ、最初から成功なんてないんだろうな」
輝は苦笑いして、私の手にそっと触れる。
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