せめて契約に愛を

水城ひさぎ

文字の大きさ
3 / 119
キスまでの距離

3

しおりを挟む
「私の名前……」

 なぜ、彼は私の名前を知っているのだろう。しかも、円華といつも一緒にいたことも。金魚のふんとは、またひどい言い方だけれど。

 唖然とする私に、彼はとうとうと語った。

「上條沙耶、25歳。A型。私立大宮しりつおおみや幼稚園卒業後、桐葉きりは女子大学付属小学校に入学。中学、高校と、大学に至るまで、男っ気のない桐葉ひとすじ。大学卒業後は山西商事やまにししょうじに入社。はじめて男のいる世界に入ったものの、入社3年目にしても男の影はない。そして、11月25日生まれ。誕生日も男と過ごす予定のない、うぶでシャイな女……あってる?」

 青年は屈託なく笑う。

「余計なお世話を除いては、あってます。私のこと調べたの?」
「そう、調べたというより、知っていたと言った方がいいかもしれない。どうして知ってるのかって怪訝な顔してるけど、俺にしてみたら、どうして君が俺を知らないのか不思議だよ。幼稚園の頃はよくいじめたじゃないか。いじめられたことは忘れないと思ってたけどね」
「いじめた……?」
「そう。好きな子の気を引きたくて、いじめる。典型的な手段で子供らしい発想さ。俺もうぶな時代があったという話だよ」

 懐かしむように話すが、ろくでもない青年だと思う。

「幼稚園が一緒で、よく遊んでたっていう男の子はそんなにいなくて」
「もちろんそうさ。君や円華の周りに集まる輩は全員、俺と秀人の二人でとっちめてやってたからな」
「秀人さんも?」
「秀人は昔から大人気ないやつだよ。幼稚園児が小学生に勝てるわけもないのに容赦ないからな」

 彼はあきれたように言うが、どこか誇らしげでもある。

「……私、本当に男の子の友だちなんていなくて。いたとしたら……」
「思い出した?」
「友だちだなんて一度も思ったことはない、意地悪な湊くん」
「覚えててくれて光栄だよ」
「本当に? 本当にあなた、結城みなとくん?」

 私は思わず身を引いていた。肩から離れた彼の手が、「まいったな」と髪をかきあげる。
 苦笑いでもしているのだろうが、やはり顔立ちも表情もよくわからない。

 メガネがないのがもどかしい。結城湊くんのことは、秀人さんの存在よりは覚えている。

 湊くんは秀人さんの弟で、円華とは同い年。秀人さんは年が離れていたからほとんど会うことはなかったけれど、湊くんには幼稚園に入園してからの2年間、よくいじめられたものだ。

 プレゼントだと渡された箱の中にトカゲが入っていたりだとか、目が合えばあっかんべーをされたりだとか。いま思えば子供によくあるからかいだったけれど、引っ込み思案の当時の私は、円華に守ってもらわなくては到底楽しく幼稚園生活を送れなかったのだ。

「俺の顔、覚えてなかった?」
「顔はあんまり……。こう言ったらなんだけど、怖い子だって記憶だけ」
「そんな風に言われるとショックだね。あれは俺なりの愛情表現だったんだけどな」
「だとしたら、屈折してる」
「あー、それはしてると思うよ。育った環境のせいさ」

 彼はちょっとだけ肩をすくめる。

「それは言い訳だと思うけど」
「そうかな。秀人が計算高くて薄情なのは、やっぱり結城家に育ったからだと思うよ。円華のことだってそうさ。秀人は円華と……っていうより、上條病院とつながりのある人物と結婚するように言われて育ってきたからね。いつしか義務を愛情だと勘違いするようになったのさ」
「円華も秀人さんと政略結婚する予定だったの?」
「まあね。結城家が思うより、円華は跳ねっ返りのじゃじゃ馬だったのが、秀人にとっても誤算だったんだろうな」
「なんだかさみしい」

 結婚に憧れがあるわけじゃないけど、決められた結婚はやっぱり違和感がある。

「仕方ない。それが結城家に生まれた秀人の運命だよ」
「じゃあ、湊くんもいつか政略結婚?」
「俺は違うよ。今日はそれを確かめるためにも来たんだ」
「確かめるって?」
「わからない?」
「全然」

 もったいぶった言い方は、どちらかというと苦手だ。

「君はあきれるぐらい、毒のない生活をしてきたんだね。純粋に育つわけだ」
「またバカにして……」
「いや、そのぐらいの方が、結城家で生きていけるかもしれない。いじめられても我慢したりしないで、周りに泣きつくぐらいの女の方が、母は可愛いと思うかもしれない」
「バカとハサミは使いよう?」
「そこまでは言ってないよ。想像より君はキュートで、意外にグラマーで、そのわりにけがれを知らなくて……」
「ちょっと待って」

 また何を言い出すのかと驚く。

「なに?」
「さらっと聞き流してたけど、結城家で生きていけるって、私が? なんでそんな話になるの?」
「今、さんざん説明してきたじゃないか」

 湊くんは大げさなため息をつく。まるで私が分からず屋みたいだ。しかし、かみ砕いて話してくれる優しさは、持ち合わせているらしい。

「ちょっと考えればわかることさ。秀人は円華との結婚を成立させることが出来なかったんだ。だけど、母親は蛇のように執念深いからね。なんとしてでも上條病院とゆかりのある人物と関係を持っていたい」
「じゃあ、湊くんが円華と?」
「言っただろ。秀人でも無理だったんだ。あの円華が俺と結婚するなんて頷くわけがない」
「だから意味が……」

 結局何が言いたいのかわからなくて、頭が混乱する。

「まあ聞けよ。上條病院の院長には二人の子供がいる。君も知っての通り、円華とその兄貴だ。残念ながら、円華には妹がいない。円華と結婚できないとなった今、上條ゆかりの人物で、若くて未来ある娘は、円華のいとこである上條沙耶、君しかいないんだ」
「つまり……」
「そう。秀人の結婚が決まった今、結城家は結城湊と上條沙耶の結婚を望んでいる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...