せめて契約に愛を

水城ひさぎ

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キスまでの距離

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「わ、私が、湊くんと?」
「不服?」
「というか、意味がわからない……」

 私にとっては非現実的で、あまりにも突飛な話だ。

「説明しただろう? わかるまで説明するか?」
「そうじゃなくて。確かに私は上條だけど、円華の病院とはなんの関係もないし、メリットないのに……」
「メリットなんて作り出せばいいんだ。君と俺の子供が、円華の兄貴のご子息と結婚できる可能性はゼロじゃない、とあの母親は考えてるかもな」
「限りなくゼロに近そう……って、湊くんと私の子供とか……」

 さっきから頭の中は混乱したまま。それでも彼は、どんどん私を追い込んでいく。

「無理?」
「そ、そんな急に言われても……」
「だから、今日は確かめに来ただけだと言ったんだよ。俺だって、そこまでのことを考えてるわけじゃないさ。ただ母親があまりに不憫に感じることがないわけでもないからね。上條と名のつく君と結婚したら、少しは気持ちもなぐさめられるんじゃないかと感じてはいるよ」
「マザコンじゃない」

 あきれたら、湊くんは息をついて笑う。

「男はみんなそうだよ」
「開き直り?」
「母親は結城家にとっては他人さ。居場所のない世界で生きていくのに必死なんだ。上條病院に固執する理由もないとは思うけどね、思い込んだらとことんだからな、あの母親は。一つぐらい、願いを叶えてやってもバチはあたらないと思うよ」
「だから、政略結婚?」

 それでいいの?という気持ちもあって尋ねるが、彼は気分を害した様子で語気を強める。

「誰が政略結婚だと言った?」
「そういう話でしょ」
「君もわからない女だね。いろんな策略が今、合致してると話してるんだよ」
「策略だなんて穏やかじゃないわ」
「まあ確かに、結構今の俺の胸の内は穏やかじゃない」
「……え?」

 急に声のトーンが変わった。心穏やかじゃない私とは違って、ずいぶん楽しそうだ。

「だから、そのドレスはやたらと胸を豊満に見せるねと話してるんだよ」
「え?」
「もっと警戒したほうがいい。さっきから目のやり場に困ってるんだが、君はまったく隠そうとしないんだから参るよ」
「え、ちょっと……、どこ見て……」

 慌てて胸元に手を当てる。彼がどこを見てたかなんてわからないのだ。

「残念。まあ、存分に楽しませてもらったから、今更だけどね。あっと……、円華が戻ってきたみたいだ。もう行くよ。どうも円華は苦手でね」

 湊くんはそう言うと、すぐさま私の前から立ち去った。

「あら、今いたの、湊じゃない?」

 湊くんと入れ違いに現れた円華は、メガネを返してくれると、料理の乗ったお皿を私に差し出した。

 メガネをかけた途端、急に視界が開ける。こんなにも周囲は華やいでいたのかと思うほどだ。
 すぐに会場の入り口へと目を向けたが、湊くんの姿はもう見えなくなった後だった。

「本当に湊くんだったんだ」
「小さい頃とあんまり変わらないわよ。覚えてない?」
「顔は全然見えなかったから」
「ほんとに目が悪いのね。これからは予備のコンタクトぐらい用意しておかなきゃ」
「まさかなくすとは思ってなかったもの」
「なくさなきゃ、湊の顔が拝めたのにね、残念」

 円華は美しい顔を崩して、にやにや笑う。

「なんで残念なの?」
「結構いい男よ、湊って」
「円華は湊くんと結婚しないの?」
「結婚? いきなりね。しないわよ、絶対」
「絶対なんだ?」
「だって湊、性格悪いもの。昔みたいにいじわるされなかった?」
「うーん、されなかったかな、たぶん」

 なんだかんだ言って、湊くんは丁寧に接してくれていたようにも思う。

「ふーん、意外に本気なのかしら、湊」
「本気って?」
「ううん、別に。沙耶はどうなの? 湊のこと、どう?」
「ちょっと話しただけだけど、考え方はそんなに嫌いじゃないかなとは思ったよ。結婚とか言われても実感はわかないけど」

 本当に実感がない。結婚なんて夢のまた夢だと思ってた。

「湊、結婚なんて話したの?」
「湊くんがっていうより、結城家が上條家と関係を持ちたいって思ってるって話だよ」

 ああ、と円華は納得いったようにうなずく。

「悲願みたいね、その話。まあ、親同士はいろんな計画があるんだろうけど、私にしてみたらどうでもいい話よ。だから、沙耶も好きな人と結婚しなさいね。さあ、ちょっと食べたら、いい男探しに行くわよ。何人か目星はつけておいたから」

 円華はワイングラスを傾けると、そう言ってウィンクをした。
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