せめて契約に愛を

水城ひさぎ

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キスまでの距離

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***


「で、いい男には会えたの? 沙耶」
「いい男って、どんな?」

 ランチタイム、いつものように同僚のじゅんちゃんと、会社の休憩室でお弁当を食べていた。
 日曜日に行われた秀人さんの婚約パーティーの話をしていた私は、彼女の質問に首を傾げる。

「いい男の条件は、やっぱり顔じゃない? あの結城の婚約パーティーでしょ。いい男の宝庫じゃない?」
「だったら、ピンとくる人はいなかったかなー」
「あきれた。一人も?」
「うーん……」
知野ともの先輩の送別会の時といい、沙耶は男に興味なさすぎ」

 純ちゃんは一つため息をつく。そして、卵焼きを口に運ぶ。彼女の作る卵焼きは見た目も味も絶品だ。

 純ちゃんとは入社式で隣同士の席になり、それが縁で話をするようになった。
 同い年とは思えないぐらいのしっかり者で、彼氏に困ったことがないらしいし、私の無欲さには飽きれると、毎日のように言う。

「だって知野先輩……、結婚しちゃうんだよ。すっごく憧れの人だったのに」
「大泣きだったもんねー、沙耶。泣きすぎてコンタクトなくしちゃうし、なぐさめようと寄ってくる男たちには目もくれないで、知野先輩に抱きついてるし。酒癖が意外と悪いのには驚いたわ」
「そんなに酔ってなかったよ」
「十分酔ってました。無事に帰れたのが不思議なぐらい。でも、心配いらなかったね。今日から知野先輩いないけど、沙耶は頑張ってる」

 頭にポンっと手を乗せて、純ちゃんはなでなでしてくれる。

 そうなのだ。入社以来お世話になっていた、美人で仕事の出来る憧れの存在だった知野深雪みゆき先輩が、今月いっぱいで寿退社する。有休消化で出勤はしないから、実質もう退社したようなものだ。

 ずっと憧れていたから、先輩が退社すると知った時には泣いた。先輩も私を可愛がってくれていたからなおさらだ。
 知野先輩を失ったショックは大きく、秀人さんの婚約パーティーも気乗りしなくて行きたくなかった。円華が絶対に来るようにとメールしてきたから、仕方なく出席したんだった。

「話は戻るけど、いいなーって思う男の人もいなかったの? 沙耶なら、その気になればすぐに彼氏できると思うよ」
「彼氏はいなくても困らないから」
「それは今までの話でしょ。知野先輩も前みたいに会ってくれないだろうし、私だっていつ結婚するかわからないよ。気づいたら周りはみんな結婚して、沙耶だけ一人、なんてことにならない保証はないわよ」
「えー、それはさみしい」

 結婚後の生活なんて想像したこともないけど、生活は一変してしまうのかも、とも思う。

「でしょ。だったら彼氏の一人でも作って溺れてみたら? 沙耶、きっともっと綺麗になって、知野先輩なんて目じゃないぐらい、とびきりの美女になるわよ」
「知野先輩は別格だよ。次元が違うんだから」
「はいはい、確かに先輩は綺麗だったよね。私は沙耶の方が好きだけどって話」
「本当? 私も純ちゃん好きだよ」
「知野先輩の次に?」
「もちろん」

 にこってしたら、純ちゃんはあきれ顔をする。

「先輩好きは筋金入りだね。そんな沙耶が、いつか男の話する日が来るのを楽しみにしてるわ」
「彼氏か……。彼氏が出来る前に結婚、なんてことになっちゃうかも」
「なにそれ?」
「なんて、思っただけ」
「そう言えば、沙耶はお嬢様だもんね。親が決めた相手と結婚することもあるんだ? そっか、確かにそんなこともあるのかと考えたら、彼氏は下手にいない方がいいのかもね」

 お嬢様は大変だね、なんて純ちゃんは眉を寄せる。

「でもまだ、やっぱり彼氏とか、結婚とか無縁な気がする」
「のんびり屋の沙耶はそこがいいのかもね。また新しい出会いはすぐに来るわよ」
「出会いか……」

 お弁当の蓋を閉じて、お茶の入った湯のみを両手で包み込み、お茶に映る自分と見つめあった。

 週末は誕生日だ。湊くんは本当に私に会いに来るんだろうか。
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