7 / 119
キスまでの距離
7
しおりを挟む
「良かったの? 沙耶ー」
乱れた息を整えて、ようやく足を止めた私に純ちゃんは言う。
学生以来の猛ダッシュ。100メートル以上は走っただろう。私も息が上がって、すぐには返事が出来ず、首を縦に振って応えた。
「あんなカッコいい人いないよー」
胸を押さえて、「だって……」と、私は息を吐く。
「だって、先輩の元カレだよ?」
「この際、関係ないよ。まあ、結婚前提とか、いきなりすぎる気はしたけど」
「だよね。先輩から私のこと聞いて、からかっただけかも」
「でも、もったいないと思う」
「いいの。それよりそこの喫茶店に入ろ」
先輩の元カレの話はもういいのと話を切って、近くにある喫茶店を見つけると、純ちゃんと店内へ向かう。
中へ入ると、思ったより混雑していたが、空席はすぐに見つけることができた。
純ちゃんがすぐにカウンターで販売されるホットコーヒーを二つ買ってきてくれて、向かいあって座る。
そして、結城秀人さんの婚約パーティーでの出来事へと、すぐに話題を変えた。
「パーティーでね、幼なじみっていうのかな……、幼稚園が一緒だった男の子に会ったの」
「カッコいいの?」
純ちゃんの関心事は、イケメンかどうかだけみたいでおかしい。
「顔はわからなかったけど」
「なんで?」
「ほら、コンタクトなくした後だったから」
「そう言えば、今日はコンタクトだね。新しいの買ったんだ?」
「うん。今度は予備も買ったし、メガネも新しくしたの。……って、そうじゃなくてね」
すぐに脱線してしまうから、話を戻す。
「その彼がね、今日会いに来てくれるって言ってたの」
「今日?」
「うん、私の誕生日だから」
「へえ、沙耶に気があるんだ? その彼」
ちょっと首をかしげる。
「そうなのかなぁ。いろいろ家の事情があるみたいで、お母さんのために私と結婚してもかまわないみたいな言い方してたの」
「お母さんのため……? なにそれ、マザコン? やだやだ、そんな男ー」
「やっぱりそう思う?」
「思う思う。やめておきなよ。だったら、さっきの人の方がいいって」
「でもね」
「でもなの?」
純ちゃんは神妙な表情をする。
「うん……。純ちゃんに聞いてもらいたかったのは、私がね……」
「うん、私が?」
「私が……、なんとなく彼が来るのを待ち遠しく思ってたりして。はやく今日にならないかなってずっと考えてたりして……。彼のことが好きだとか、そんな風には思ってないんだけど、また会えたら嬉しいなって思ってるんだって気づいて。こういう気持ちはじめてだから……」
「で、それはやっぱり、彼のことを好きになりかけてるんじゃないの? って、私に言わせたいんだ?」
純ちゃんは、なーんだ、とコーヒーカップを持ち上げる手を止めて、にやりと笑った。
「そ、そうじゃないよ!」
バッと一気に真っ赤になったほおを両手で隠して、首を振る。
「そうだよ、きっと」
余裕ぶってにやにやする純ちゃんは意地悪だ。
「そうじゃなくてね。湊くんはいじめっ子だったし、大人になった顔もわからないし、好きになれる理由なんてないけど……、初対面の男性と不思議と自然に話せたのって初めてだったから」
「楽しかったんでしょ? そのミナトくんって彼との会話が」
「そうなのかな……」
湊くんに会えたとしても、きっと彼はまた私をからかうのだろう。
それに湊くんは、結城家のために私との結婚を考えているだけだ。私が上條でなければ、私なんかに興味も示さなかっただろう。
「だったら、さっきの彼の告白は受け入れられないよねー。ミナトくん、いつ会いに来るって?」
「え、知らない……」
純ちゃんに問われて、ふと気づく。
「知らないの?」
「うん……。今日来るってだけ……」
「電話番号とかも知らないの? 今日って、もうあと何時間かしかないし、これからご両親と食事なんでしょ? いつ会いに来るっていうの?」
純ちゃんに言われるまで、そんなことも考えてなかった。
「なんとなく会いに来てくれるんだって思ってただけだから……」
「あきれた」
「でも、本当に来てくれるかはわからないし」
「まあねー、約束も守れないような男なら、最初からやめた方がいいしね。でも、相手の顔もわからないんじゃ、会いに来てもわかんないね」
「あ、本当だね」
「もう沙耶って、ほんとそういうとこのんびりだよねー」
純ちゃんと顔を見合わせて、くすくす笑う。
本当にそうだ。湊くんの顔も知らないし、もちろん連絡が取り合えるわけじゃない。今から行く、ぐらいの連絡があれば心の準備も出来るけれど。
「あ、でもさ、沙耶……」
「ん? なに?」
少し冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ時、純ちゃんがふと何かを思いついた表情をする。
「さっきの彼が、そのミナトくんってことはないの?」
「……え?」
「え?」
「……えぇ」
「沙耶……」
「ま、まさかー」
また純ちゃんと顔を見合わせて、一瞬沈黙する。
「まさかだよねー」
「だよね、まさかだね」
「あ、お母さんから電話だ。ごめん、ちょっと電話に出るね」
純ちゃんがオッケーと指で円を作るのを見ながら、スマホを耳に当てる。
「あ、もしもし、お母さん?」
乱れた息を整えて、ようやく足を止めた私に純ちゃんは言う。
学生以来の猛ダッシュ。100メートル以上は走っただろう。私も息が上がって、すぐには返事が出来ず、首を縦に振って応えた。
「あんなカッコいい人いないよー」
胸を押さえて、「だって……」と、私は息を吐く。
「だって、先輩の元カレだよ?」
「この際、関係ないよ。まあ、結婚前提とか、いきなりすぎる気はしたけど」
「だよね。先輩から私のこと聞いて、からかっただけかも」
「でも、もったいないと思う」
「いいの。それよりそこの喫茶店に入ろ」
先輩の元カレの話はもういいのと話を切って、近くにある喫茶店を見つけると、純ちゃんと店内へ向かう。
中へ入ると、思ったより混雑していたが、空席はすぐに見つけることができた。
純ちゃんがすぐにカウンターで販売されるホットコーヒーを二つ買ってきてくれて、向かいあって座る。
そして、結城秀人さんの婚約パーティーでの出来事へと、すぐに話題を変えた。
「パーティーでね、幼なじみっていうのかな……、幼稚園が一緒だった男の子に会ったの」
「カッコいいの?」
純ちゃんの関心事は、イケメンかどうかだけみたいでおかしい。
「顔はわからなかったけど」
「なんで?」
「ほら、コンタクトなくした後だったから」
「そう言えば、今日はコンタクトだね。新しいの買ったんだ?」
「うん。今度は予備も買ったし、メガネも新しくしたの。……って、そうじゃなくてね」
すぐに脱線してしまうから、話を戻す。
「その彼がね、今日会いに来てくれるって言ってたの」
「今日?」
「うん、私の誕生日だから」
「へえ、沙耶に気があるんだ? その彼」
ちょっと首をかしげる。
「そうなのかなぁ。いろいろ家の事情があるみたいで、お母さんのために私と結婚してもかまわないみたいな言い方してたの」
「お母さんのため……? なにそれ、マザコン? やだやだ、そんな男ー」
「やっぱりそう思う?」
「思う思う。やめておきなよ。だったら、さっきの人の方がいいって」
「でもね」
「でもなの?」
純ちゃんは神妙な表情をする。
「うん……。純ちゃんに聞いてもらいたかったのは、私がね……」
「うん、私が?」
「私が……、なんとなく彼が来るのを待ち遠しく思ってたりして。はやく今日にならないかなってずっと考えてたりして……。彼のことが好きだとか、そんな風には思ってないんだけど、また会えたら嬉しいなって思ってるんだって気づいて。こういう気持ちはじめてだから……」
「で、それはやっぱり、彼のことを好きになりかけてるんじゃないの? って、私に言わせたいんだ?」
純ちゃんは、なーんだ、とコーヒーカップを持ち上げる手を止めて、にやりと笑った。
「そ、そうじゃないよ!」
バッと一気に真っ赤になったほおを両手で隠して、首を振る。
「そうだよ、きっと」
余裕ぶってにやにやする純ちゃんは意地悪だ。
「そうじゃなくてね。湊くんはいじめっ子だったし、大人になった顔もわからないし、好きになれる理由なんてないけど……、初対面の男性と不思議と自然に話せたのって初めてだったから」
「楽しかったんでしょ? そのミナトくんって彼との会話が」
「そうなのかな……」
湊くんに会えたとしても、きっと彼はまた私をからかうのだろう。
それに湊くんは、結城家のために私との結婚を考えているだけだ。私が上條でなければ、私なんかに興味も示さなかっただろう。
「だったら、さっきの彼の告白は受け入れられないよねー。ミナトくん、いつ会いに来るって?」
「え、知らない……」
純ちゃんに問われて、ふと気づく。
「知らないの?」
「うん……。今日来るってだけ……」
「電話番号とかも知らないの? 今日って、もうあと何時間かしかないし、これからご両親と食事なんでしょ? いつ会いに来るっていうの?」
純ちゃんに言われるまで、そんなことも考えてなかった。
「なんとなく会いに来てくれるんだって思ってただけだから……」
「あきれた」
「でも、本当に来てくれるかはわからないし」
「まあねー、約束も守れないような男なら、最初からやめた方がいいしね。でも、相手の顔もわからないんじゃ、会いに来てもわかんないね」
「あ、本当だね」
「もう沙耶って、ほんとそういうとこのんびりだよねー」
純ちゃんと顔を見合わせて、くすくす笑う。
本当にそうだ。湊くんの顔も知らないし、もちろん連絡が取り合えるわけじゃない。今から行く、ぐらいの連絡があれば心の準備も出来るけれど。
「あ、でもさ、沙耶……」
「ん? なに?」
少し冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ時、純ちゃんがふと何かを思いついた表情をする。
「さっきの彼が、そのミナトくんってことはないの?」
「……え?」
「え?」
「……えぇ」
「沙耶……」
「ま、まさかー」
また純ちゃんと顔を見合わせて、一瞬沈黙する。
「まさかだよねー」
「だよね、まさかだね」
「あ、お母さんから電話だ。ごめん、ちょっと電話に出るね」
純ちゃんがオッケーと指で円を作るのを見ながら、スマホを耳に当てる。
「あ、もしもし、お母さん?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる