せめて契約に愛を

水城ひさぎ

文字の大きさ
29 / 119
寝室までの距離

9

しおりを挟む



「あー、結構飲んだね、沙耶。まあ、いつものことだけど」
「うん……、ふわふわするー」
「全然断らないから、どんどん勧められちゃうんだよー。大丈夫? マンションの前まで送ろうか?」
「大丈夫だよー。純ちゃん、電車の時間あるでしょー?」
「じゃあ、そこの交差点まで一緒に行こう。道路渡ったらマンションすぐだよね?」
「うん、ありがとー」
「その陽気な足取りが怖いのよねー」

 夜風は冷たいのに、ちょっと気持ちがいいと感じる。いつもより飲みすぎたかもしれない。このまま帰って眠ってしまいたい。そのぐらい気持ちがいい酔いだ。

 交差点はすぐそこで、忘年会の感想を話す前に到着してしまう。名残惜しく思いながらも、赤信号の横断歩道の前で足を止めた。

「じゃあ沙耶、気をつけて帰るんだよ」
「うん、純ちゃんもねー」
「マンションにミナトくんいるんだよね? 迎えに来てもらう?」
「大丈夫だよー。すぐそこだもん」
「ほんとに大丈夫?」
「うん。お正月は時間があったら連絡するね」
「きっと忙しいだろうから、無理しなくていいからね。じゃあ、また来年ね」
「良いお年をー」

 手を振る私を、純ちゃんは心配そうにしながら何度も振り返り、確認しながら去っていく。そうするうちに、次第に背中は見えなくなっていった。
 その頃には横断歩道も青信号になっていて、一歩足を踏み込んだ時、身体がわずかにぐらついた。

「あぶないなー。上條さんって、ずっとなんとなく生きてるだろー」

 倒れるほどではなかったが、腕をつかまれた。おぼつかない足元はそのまま、青年に腕を引かれて横断歩道を歩き出す。

「あ、浅田主任ー」
「あ、じゃないよ。危なっかしいから、途中まで一緒に行くよ」

 点滅を始めた信号を見て早足になる浅田主任に、ついていくので精一杯だ。いいも悪いもなく、彼に誘導されるがままに歩く。

「マンションって確か、あの高級マンションだよな? すごいな、結城は。あんな若造が住めるんだから」

 少し先にある高層マンションを指差して、浅田主任は言う。

「中もすごい豪華なんですよー」
「へえ、じゃあ今度、旦那様のいない時にでも見せてもらおうかな」
「ダメですよっ。絶対ダメです」
「酔ってるのに、そういうとこはちゃんとしてるんだな。君ってガードが甘そうで、なかなか頑丈なんだな」
「そうですかー?」

 今日はちょっとだけ気分がうきうきしてる。浅田主任との会話も弾む。

「そうだよ。今日だって、君に好意を持ってる同僚がなかなか声をかけられないうちに結婚してしまったって嘆いてたよ」
「そんな人いないですよー。冗談はやめてください」
「君は何も気づかないんだな。俺が結婚してなかったら、この状況にも危険を感じた方がいいよ」
「危ない人はわかります」

 ちょっと胸を張る。

「危険回避能力は意外に高いんだ? でも気持ち一つで、君をどうにでも出来るよ、俺は」
「湊くんが怒ります」
「怒るなんてものじゃないだろうな。命あっての物種だから、君には用心していよう」
「でも心配して、こうやって送ってくださるから、優しいですね」
「下心だよ、下心」

 浅田主任はくすくす笑う。

「浅田主任でもそんな冗談言うんですね」
「まだな。まだ君に女としての魅力は感じないからな。彼には抱かれてないのか? そうだとしたら、意外すぎるけどね」
「湊くんは優しいんです」
「へえ、そう」
「今日の浅田主任も、いつもと違いますね」
「それは君が酔ってるから、そう思うだけさ。さあ、ついた。ナイトの役目も短いものだったな」

 浅田主任は私の腕を離すと、早速帰ろうとする。本当に送ってくれただけなのだ。

「いつもありがとうございます」
「いや。いつかのために恩を売ってるだけさ」

 冗談だか本気だかわからないことを言って、浅田主任は来た道を戻り始める。その背中を見送っていると、彼は振り返って、「風邪引くから早く行けよ」と言う。

 私は頭を下げると、見守る浅田主任に背を向けて、マンションのエントランスへと入った。

 酔いは幾分冷めた気がしたが、エレベーターのボタンを押す指に力が入らない。このまま寝てしまうかもしれない、なんて思いながら、エレベーターの壁にもたれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...