せめて契約に愛を

水城ひさぎ

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寝室までの距離

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 玄関ドアを開いた途端、目に飛び込んできたのは、横向きに倒れて交差したベージュのパンプスだった。

 沙耶の靴だ。今朝履いていったものだろう。まだ帰っていないのだとばかり思っていたが、先に帰宅していたようだ。
 しかし、彼女らしくない。脱いだ靴はきちんとそろえる女性なのに。

 俺はすぐにリビングへ向かった。明かりはついている。

「沙耶、帰ってるのか?」

 明かりをつけたまま、俺に連絡もしないで先に寝てしまったのだろうか。寝ているのなら、寝室をノックして起こすのも気が引けた。

 お風呂やトイレに人気がないのを確認して、ネクタイを緩めながらソファーへ向かう。そして、ため息を吐き出す。

「沙耶……」

 コートも脱いでいない、帰ってきたままの格好で、ソファーに沙耶は横たえていた。手足を無防備に投げ出して、すっかり眠ってしまっているようだ。

「沙耶、風邪引くよ」

 肩をそっと揺らすと、沙耶はハッとして目を開いた。驚いた顔で俺を見つめる。思ったより寝起きは良さそうだ。

「飲み過ぎたか?」
「湊くん……。私、寝てた?」
「みたいだな」

 沙耶はパチパチとまばたきをして、目元を押さえる。

「コンタクト外さなきゃ……」
「風呂も入ってないだろう?」
「あ、私……、なんにも……」

 コートを探って、沙耶はいきなり体を起こすと、何かを思い出したように洗面所へ走っていく。

「まだ寝ぼけてるのか?」

 唐突な行動を取る彼女がおかしくて笑ってしまう。またどこかで急に眠ってしまうといけないと思い、後を追いかけた。

「シャワーだけ浴びるか?」

 洗面所でコンタクトレンズを片付けている彼女の背中に声をかけると、沙耶は案の定眠くなったのか、めまいを覚えたようにうずくまった。

「沙耶、大丈夫か?」

 後ろから両腕に手を添えると、沙耶はゆっくりうなずく。

「いつも飲むとこんな風か?」

 また一つうなずく。曖昧な態度だ。適当にうなずいているのだろう。そう思った瞬間、沙耶は急に俺の首に抱きついてきた。

 いきなりのことに驚いてよろめき、彼女の身体を支える手が滑る。しりもちをついた俺を押し倒す勢いで、沙耶はすがり付いてくる。

「湊くん……、ベッドに連れてって」

 沙耶はそうつぶやいて、俺の胸に顔をうずめた。
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