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別離までの距離
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朔の名を聞いて、沙耶ははじかれたように顔をあげる。沙耶が朔に向ける関心の高さに俺は苛立つ。
朔は純の兄だから、沙耶は気を許しているだけだ。自分に言い聞かせながら、彼女から目をそらし、窓際へ向かう。
「……そう、そうなんだ」
篭谷先輩はちょっと苦笑いしながら肯定した。
「朔の悩みに興味はないですけどね、彼に煩わされるのはごめんです。小さな火種があるなら、踏みにじりますよ」
「穏やかじゃないね」
「先輩が言い出したんですよ。で、どんなことです?」
改めて尋ねると、篭谷先輩はいまだためらいながらも、「山口くんね」と切り出す。
「山口くん、どうやら好きな女性のことで悩んでいるようなんだ」
「へえー、そうですか」
抑揚のない俺の返事と対照的に、先輩はまだためらいを隠せていない。
「その好きな女性なんだが……、もしかしたら」
「沙耶でしょう?」
なんだそんなことかと、俺は早々に先輩の言葉を遮った。
「え……、知ってたのか?」
拍子抜けしたような声を上げた篭谷先輩は、お人好しだ。今更に朔の気持ちに気づき、彼を傷つけたくないとでも思ったのだろうか。
「見てればわかります。彼女に関わるなと俺から言いますよ」
「そうか……。余計なことだったね」
「いえ、ご忠告ありがとうございます」
「いや、君の婚約者が義理とはいえ、チョコを渡したらしくてね。山口くんも期待してしまうんじゃないかな。その上、手作りのケーキまで、わざわざ妹さんが届けに来たんだよ。その時の山口くんを見て、もしかしたらと思ったんだよ」
へぇ、と心の中でつぶやく。
「手作りケーキですか。そんなに動揺してましたか」
「そうだね。周りが見えないというのは、ああいう状態を言うのかなと思うほどにね」
「ふーん、朔がね」
沙耶の手作りケーキをもらった朔の様子がどんなものだったのか、想像しては笑いが込み上げる。そんな俺のかたわらに、沙耶が近づいてくる。
「湊くん……」
俺の袖をちょんちょんと引っ張って、「朔くんがどうしたの?」と、不安げに俺を見上げてくる。
「あ、先輩、すみません。この話はこれで」
「ああ、こんな時間に悪かったね。じゃあ、また」
沙耶の話し声が電話を通じて篭谷先輩の耳にも届いたのだろう。先輩はすぐに電話を切った。
「湊くん、私が朔くんに何か迷惑かけたの?」
スマホをポケットにしまうと、沙耶は先ほどよりも声を高ぶらせて尋ねてきた。
彼女の髪をゆるりと撫でて、不安げな目を見つめ返す。
「そうだよ。君は無神経に人を傷つけるようだね。朔も気の毒だな」
「そんな……」
「気にすることはないよ。朔が傷つくのは彼の自由だから」
「でも、私……」
「彼は好んで傷ついてるだけだよ」
「何に傷つくの? 私が関わらなければ済むこと?」
「まあ、そうだね。君がチョコをあげたいなんて思ったりしたから、朔は迷惑したんだよ」
「やっぱり……、迷惑だったのかな」
落胆の色を隠せない沙耶はうつむく。その頭を抱き寄せるように腕を回し、髪に頬を寄せた。
「朔のことで悩む必要はないよ、沙耶。朔には俺から話しておくから。君の気持ちは友情から来るもので、朔の恋路を邪魔するものじゃないってね」
「朔くん、好きな人がいるんだね……。だから私のチョコが迷惑だったんだね」
「朔には似合いの女がどこかにいるはずさ。恋路は一つじゃないって、気づかせてやらないとね」
「どういう意味?」
「間違った恋路を選ばないようにアドバイスするって話さ」
「湊くんは……、間違ってないの?」
「なんで急に俺の話になる? 君は何も心配しないで、俺と一緒にいたらそれでいいんだよ」
沙耶は納得しがたい目をして俺を見上げたが、「私も間違えてないよ」と弱々しく俺の背中に腕を回す。
「朔くんとは仲良くしたいと思っただけなの。その気持ちと、湊くんに対する気持ちは違うよ……」
「何も誤解しないよ、俺は。だから気にすることはないって言ってるんだ。君がそうまで言うなら、朔にも言っておくよ。沙耶が朔を恋人として好きになることはないってね」
朔に期待などするなと言ってやろう。希望のない恋をするのは無駄だと。
俺はほくそ笑みながら、不安げな沙耶を抱き上げた。すると、彼女はびっくりした目で俺を見つめる。
「湊くん……っ」
「さあ、風呂に入ろう。すぐに君の不安を忘れさせてあげるよ」
俺にしがみついて肩に顔をうずめる沙耶を抱き上げたまま、バスルームへと向かった。
朔は純の兄だから、沙耶は気を許しているだけだ。自分に言い聞かせながら、彼女から目をそらし、窓際へ向かう。
「……そう、そうなんだ」
篭谷先輩はちょっと苦笑いしながら肯定した。
「朔の悩みに興味はないですけどね、彼に煩わされるのはごめんです。小さな火種があるなら、踏みにじりますよ」
「穏やかじゃないね」
「先輩が言い出したんですよ。で、どんなことです?」
改めて尋ねると、篭谷先輩はいまだためらいながらも、「山口くんね」と切り出す。
「山口くん、どうやら好きな女性のことで悩んでいるようなんだ」
「へえー、そうですか」
抑揚のない俺の返事と対照的に、先輩はまだためらいを隠せていない。
「その好きな女性なんだが……、もしかしたら」
「沙耶でしょう?」
なんだそんなことかと、俺は早々に先輩の言葉を遮った。
「え……、知ってたのか?」
拍子抜けしたような声を上げた篭谷先輩は、お人好しだ。今更に朔の気持ちに気づき、彼を傷つけたくないとでも思ったのだろうか。
「見てればわかります。彼女に関わるなと俺から言いますよ」
「そうか……。余計なことだったね」
「いえ、ご忠告ありがとうございます」
「いや、君の婚約者が義理とはいえ、チョコを渡したらしくてね。山口くんも期待してしまうんじゃないかな。その上、手作りのケーキまで、わざわざ妹さんが届けに来たんだよ。その時の山口くんを見て、もしかしたらと思ったんだよ」
へぇ、と心の中でつぶやく。
「手作りケーキですか。そんなに動揺してましたか」
「そうだね。周りが見えないというのは、ああいう状態を言うのかなと思うほどにね」
「ふーん、朔がね」
沙耶の手作りケーキをもらった朔の様子がどんなものだったのか、想像しては笑いが込み上げる。そんな俺のかたわらに、沙耶が近づいてくる。
「湊くん……」
俺の袖をちょんちょんと引っ張って、「朔くんがどうしたの?」と、不安げに俺を見上げてくる。
「あ、先輩、すみません。この話はこれで」
「ああ、こんな時間に悪かったね。じゃあ、また」
沙耶の話し声が電話を通じて篭谷先輩の耳にも届いたのだろう。先輩はすぐに電話を切った。
「湊くん、私が朔くんに何か迷惑かけたの?」
スマホをポケットにしまうと、沙耶は先ほどよりも声を高ぶらせて尋ねてきた。
彼女の髪をゆるりと撫でて、不安げな目を見つめ返す。
「そうだよ。君は無神経に人を傷つけるようだね。朔も気の毒だな」
「そんな……」
「気にすることはないよ。朔が傷つくのは彼の自由だから」
「でも、私……」
「彼は好んで傷ついてるだけだよ」
「何に傷つくの? 私が関わらなければ済むこと?」
「まあ、そうだね。君がチョコをあげたいなんて思ったりしたから、朔は迷惑したんだよ」
「やっぱり……、迷惑だったのかな」
落胆の色を隠せない沙耶はうつむく。その頭を抱き寄せるように腕を回し、髪に頬を寄せた。
「朔のことで悩む必要はないよ、沙耶。朔には俺から話しておくから。君の気持ちは友情から来るもので、朔の恋路を邪魔するものじゃないってね」
「朔くん、好きな人がいるんだね……。だから私のチョコが迷惑だったんだね」
「朔には似合いの女がどこかにいるはずさ。恋路は一つじゃないって、気づかせてやらないとね」
「どういう意味?」
「間違った恋路を選ばないようにアドバイスするって話さ」
「湊くんは……、間違ってないの?」
「なんで急に俺の話になる? 君は何も心配しないで、俺と一緒にいたらそれでいいんだよ」
沙耶は納得しがたい目をして俺を見上げたが、「私も間違えてないよ」と弱々しく俺の背中に腕を回す。
「朔くんとは仲良くしたいと思っただけなの。その気持ちと、湊くんに対する気持ちは違うよ……」
「何も誤解しないよ、俺は。だから気にすることはないって言ってるんだ。君がそうまで言うなら、朔にも言っておくよ。沙耶が朔を恋人として好きになることはないってね」
朔に期待などするなと言ってやろう。希望のない恋をするのは無駄だと。
俺はほくそ笑みながら、不安げな沙耶を抱き上げた。すると、彼女はびっくりした目で俺を見つめる。
「湊くん……っ」
「さあ、風呂に入ろう。すぐに君の不安を忘れさせてあげるよ」
俺にしがみついて肩に顔をうずめる沙耶を抱き上げたまま、バスルームへと向かった。
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