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別離までの距離
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***
湊くんの帰りは想像以上に遅かった。
明日は仕事だし、先に休んでいていいと湊くんから電話はもらった。けれど、秀人さんとどんな話をしているのかと思うと落ち着かなくて、結局彼の帰りを待ってしまった。
パジャマを着たままリビングのソファーに座り、ふわふわのクッションを胸に抱き寄せて、特に見たいわけでもないテレビをぼんやりと見ていると、リビングのドアが開く音がした。
「湊くん、おかえり」
「起きてたのか」
湊くんは立ち上がろうとする私を手で制し、少しばかり疲れた様子で私の隣にどさっと腰を下ろした。
わずかに酒の匂いでもするかと思っていたのに、それらしい香りは全くしなかった。
「飲んでないの?」
「飲む気になれなくてね」
「……そう」
ジッと見つめられたら落ち着かない。落ち着かない理由はきっと、好きな男性と目を合わせた時に高鳴る思いとは別のもの。
目を伏せると、彼の手が私の肩を抱く。びくりと跳ねた身体に気づき、私の耳元で彼は苦笑いする。
「君は最初からそうやって俺を拒んだよね」
「……だってそれは」
「俺が嫌で仕方なかった?」
「湊くん……」
彼に視線を移し、息を飲む。湊くんが今までにこんな顔を見せたことはないと思うほど、切なげで。
「深雪の男だったから、嫌だった?」
どくりと胸が鳴る。湊くんの口から知野先輩の名前を聞くと、やはり拒絶したくなる。明らかな嫉妬に、私は対応する言葉が思いつかない。
「深雪は俺の気持ちを知りながら、それでもかまわないから恋人になってくれと言ってきた」
「……そんな話はもういいよ」
「深雪との付き合いがどうだったとか話してるんじゃない。俺は彼女と好きで付き合ってたわけじゃないって言ってるんだ」
「だから……なに?」
「だから、誤解しないでくれと言ってる」
湊くんは押さえつけるようにしっかりと私の肩をつかんで離さない。
「何も誤解なんてしてないよ。湊くん、変だよ。帰ってくるなり変な話して」
「じゃあ、俺たちにはゆっくり話す時間はあるのか? 今しか話せないことだってあるだろう?」
「何を言って……。湊くん……、秀人さんと何を話したの……?」
おびえる目でもしたのだろうか。湊くんは私を安心させるようにゆるりと髪を撫でてくれた。
「沙耶は可愛いね。君はずっと清楚で可憐で……可愛い」
「湊くん……」
「はやく俺のものにしたら良かった。泣いたってなんだって、俺のものだって証を植え付けたら良かったんだ」
湊くんは唇を重ねてきた。それは唐突で深く。息をするひまをくれないほど。
彼の胸を押す手をつかまれ、ソファーに押し倒された。強引すぎる彼は初めてで、恐怖に身体が震えた。
酔っているわけでもない、正常な判断ができる彼の仕業とは思えなくて。
身体をよじり、顔をそらす私の耳にかかる髪をかきあげ、そのまま耳に唇を這わせてくる。
組み敷かれた身体は逃げ出すこともできず、彼を見上げる私の目にはいつしか涙がにじむ。
「沙耶……」
「湊くん、どうしたの……」
「どうかしてるんだ、俺は。でも俺だって譲れないものはあるんだ」
パジャマのボタンを外す彼の手をつかもうとすると、すぐにはねのけられて。
「湊くん……こんなの……」
「君が素直に受け入れてくれるなら乱暴はしない」
「何を受け入れろって言うの……? 私はもっと湊くんと話がしたいよ」
「話なんて後でいい。いつもそうしてきた。いや……、俺たちが本心を話し合ってきたことなんてあるか? 最初からこうすれば良かったんだ。俺と君がずっと一緒にいられる方法は一つしかなかったんだから」
「湊くん……なに」
彼の指がボタンをはじく。唇にキスをして。首筋に唇を這わせ。やがてあらわになる胸のふくらみに鼻先をうずめて。
そして、彼は冷静に言う。
「子供を作ろう。俺たちの子供を」
湊くんの大きな掌が私の頬を包み込む。絶望したような切ない目から目が離せない。私たちの未来が、彼の瞳に映っているようだ。
「湊くん……」
震える声。強張る身体。私の答えはもう口に出さずとも出ているのに、湊くんはそっとキスをしようと顔を近づけてくる。
「沙耶、そうしよう。それしか方法はないよ」
重なる唇に説得されたらいけない。そんなことをしたって、私たちが幸せになれるはずはないのに。
「沙耶……」
「やめて……、いやっ」
髪を撫でようとする彼の手をはたいた。彼を拒むなんてことしたいわけじゃないのに。だけど、彼の提案は容認できなくて。
身体にのしかかる湊くんを震えながら見上げた。すでに絶望に満ちた彼の目には、次第に怒りの感情が浮かぶ。湊くんはこんな冷酷な目をすることができる人なのだ。
怖い……。はじめて、彼を怖いと思った。
乱れたパジャマをかきあわせ、私から離れる彼から逃げるように後ずさった。
「君は俺に本気じゃないね」
「湊くん……こんなの間違ってるよ」
「別れるよりはいいだろ」
「別れたりしないよ」
湊くんはフッとバカにしたように笑う。
「このままなら別れることになるよ。俺たちは別に夫婦でもなんでもないんだから」
「……聞いたの?」
うなだれる彼は髪をくしゃりとつかむ。
「どうして言わなかった? どうして俺に相談しなかった?」
「自分でなんとかしたいって思ったの」
「自分でなんとか?」
ハッと顔をあげた彼の表情には嘲笑が浮かぶ。
「君に何ができるっていうんだ? 君の言葉に結城の誰が耳を傾けると思う? 何もできるわけないのに大きなこと言うなよ」
「それでも……なんとかしたいって」
「無理だよ。沙耶には何も出来ない」
「決めつけたりしないで……」
「わかってるから言ってるんだっ」
私のざれごとに耳を傾ける余裕はないとばかりに一喝した湊くんは、ジャケットの胸ポケットから封筒のようなものを取り出した。
「秀人は提案してきたよ。君を家政婦にしろって。別の女と結婚しても、沙耶を側に置いておけるだろって」
湊くんの帰りは想像以上に遅かった。
明日は仕事だし、先に休んでいていいと湊くんから電話はもらった。けれど、秀人さんとどんな話をしているのかと思うと落ち着かなくて、結局彼の帰りを待ってしまった。
パジャマを着たままリビングのソファーに座り、ふわふわのクッションを胸に抱き寄せて、特に見たいわけでもないテレビをぼんやりと見ていると、リビングのドアが開く音がした。
「湊くん、おかえり」
「起きてたのか」
湊くんは立ち上がろうとする私を手で制し、少しばかり疲れた様子で私の隣にどさっと腰を下ろした。
わずかに酒の匂いでもするかと思っていたのに、それらしい香りは全くしなかった。
「飲んでないの?」
「飲む気になれなくてね」
「……そう」
ジッと見つめられたら落ち着かない。落ち着かない理由はきっと、好きな男性と目を合わせた時に高鳴る思いとは別のもの。
目を伏せると、彼の手が私の肩を抱く。びくりと跳ねた身体に気づき、私の耳元で彼は苦笑いする。
「君は最初からそうやって俺を拒んだよね」
「……だってそれは」
「俺が嫌で仕方なかった?」
「湊くん……」
彼に視線を移し、息を飲む。湊くんが今までにこんな顔を見せたことはないと思うほど、切なげで。
「深雪の男だったから、嫌だった?」
どくりと胸が鳴る。湊くんの口から知野先輩の名前を聞くと、やはり拒絶したくなる。明らかな嫉妬に、私は対応する言葉が思いつかない。
「深雪は俺の気持ちを知りながら、それでもかまわないから恋人になってくれと言ってきた」
「……そんな話はもういいよ」
「深雪との付き合いがどうだったとか話してるんじゃない。俺は彼女と好きで付き合ってたわけじゃないって言ってるんだ」
「だから……なに?」
「だから、誤解しないでくれと言ってる」
湊くんは押さえつけるようにしっかりと私の肩をつかんで離さない。
「何も誤解なんてしてないよ。湊くん、変だよ。帰ってくるなり変な話して」
「じゃあ、俺たちにはゆっくり話す時間はあるのか? 今しか話せないことだってあるだろう?」
「何を言って……。湊くん……、秀人さんと何を話したの……?」
おびえる目でもしたのだろうか。湊くんは私を安心させるようにゆるりと髪を撫でてくれた。
「沙耶は可愛いね。君はずっと清楚で可憐で……可愛い」
「湊くん……」
「はやく俺のものにしたら良かった。泣いたってなんだって、俺のものだって証を植え付けたら良かったんだ」
湊くんは唇を重ねてきた。それは唐突で深く。息をするひまをくれないほど。
彼の胸を押す手をつかまれ、ソファーに押し倒された。強引すぎる彼は初めてで、恐怖に身体が震えた。
酔っているわけでもない、正常な判断ができる彼の仕業とは思えなくて。
身体をよじり、顔をそらす私の耳にかかる髪をかきあげ、そのまま耳に唇を這わせてくる。
組み敷かれた身体は逃げ出すこともできず、彼を見上げる私の目にはいつしか涙がにじむ。
「沙耶……」
「湊くん、どうしたの……」
「どうかしてるんだ、俺は。でも俺だって譲れないものはあるんだ」
パジャマのボタンを外す彼の手をつかもうとすると、すぐにはねのけられて。
「湊くん……こんなの……」
「君が素直に受け入れてくれるなら乱暴はしない」
「何を受け入れろって言うの……? 私はもっと湊くんと話がしたいよ」
「話なんて後でいい。いつもそうしてきた。いや……、俺たちが本心を話し合ってきたことなんてあるか? 最初からこうすれば良かったんだ。俺と君がずっと一緒にいられる方法は一つしかなかったんだから」
「湊くん……なに」
彼の指がボタンをはじく。唇にキスをして。首筋に唇を這わせ。やがてあらわになる胸のふくらみに鼻先をうずめて。
そして、彼は冷静に言う。
「子供を作ろう。俺たちの子供を」
湊くんの大きな掌が私の頬を包み込む。絶望したような切ない目から目が離せない。私たちの未来が、彼の瞳に映っているようだ。
「湊くん……」
震える声。強張る身体。私の答えはもう口に出さずとも出ているのに、湊くんはそっとキスをしようと顔を近づけてくる。
「沙耶、そうしよう。それしか方法はないよ」
重なる唇に説得されたらいけない。そんなことをしたって、私たちが幸せになれるはずはないのに。
「沙耶……」
「やめて……、いやっ」
髪を撫でようとする彼の手をはたいた。彼を拒むなんてことしたいわけじゃないのに。だけど、彼の提案は容認できなくて。
身体にのしかかる湊くんを震えながら見上げた。すでに絶望に満ちた彼の目には、次第に怒りの感情が浮かぶ。湊くんはこんな冷酷な目をすることができる人なのだ。
怖い……。はじめて、彼を怖いと思った。
乱れたパジャマをかきあわせ、私から離れる彼から逃げるように後ずさった。
「君は俺に本気じゃないね」
「湊くん……こんなの間違ってるよ」
「別れるよりはいいだろ」
「別れたりしないよ」
湊くんはフッとバカにしたように笑う。
「このままなら別れることになるよ。俺たちは別に夫婦でもなんでもないんだから」
「……聞いたの?」
うなだれる彼は髪をくしゃりとつかむ。
「どうして言わなかった? どうして俺に相談しなかった?」
「自分でなんとかしたいって思ったの」
「自分でなんとか?」
ハッと顔をあげた彼の表情には嘲笑が浮かぶ。
「君に何ができるっていうんだ? 君の言葉に結城の誰が耳を傾けると思う? 何もできるわけないのに大きなこと言うなよ」
「それでも……なんとかしたいって」
「無理だよ。沙耶には何も出来ない」
「決めつけたりしないで……」
「わかってるから言ってるんだっ」
私のざれごとに耳を傾ける余裕はないとばかりに一喝した湊くんは、ジャケットの胸ポケットから封筒のようなものを取り出した。
「秀人は提案してきたよ。君を家政婦にしろって。別の女と結婚しても、沙耶を側に置いておけるだろって」
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