せめて契約に愛を

水城ひさぎ

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奪われるまでの距離

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***


「沙耶……、今日も休みなんだー」

 いつも私より先に出勤している沙耶の姿が今日もない。
 体調不良でも、必ず休む時は連絡してくる彼女なのに、こちらから連絡しても返事がないのは初めてのことだ。

 今日は会えるかと思って早めに出社したのに、オフィスには浅田主任の姿しかない。
 前に沙耶が、浅田主任はいつも一番に出勤していると言っていたけれど、本当のようだ。

「浅田主任っ」
「なに?」

 パソコンに向かっていた浅田主任は、面倒そうに顔をあげた。

「沙耶が休んでる理由、部長から何か聞いてないですか?」
「まったく」
「浅田主任も知らないですか?」
「山口さんが知らないものを俺が知るわけないだろう」

 浅田主任は肩をすくめる。

「最近、沙耶と仲良くしてたじゃないですかー」
「やめてほしいね、誤解を招くような言い方は。格別親しくしてるわけじゃないよ」
「まあ、そうですけど」

 ふーん、と私は意味ありげにうなずいて、迷惑そうな浅田主任から目をそらした。

 浅田主任は沙耶に興味があるようだったけれど、思い返してみると、社内ではあまり話をしていないようにも思う。
 沙耶みたいなお嬢様と噂になると、冗談が冗談にならないから警戒しているのかもしれない。

 またちらりと浅田主任に目を向けると、しっかりと目が合った。

「なんですかー?」
「いや、山口さんにも連絡しないで、上條さんが休むこともあるんだなと思ってね」
「なんだかんだ言って、沙耶が心配なんですね」
「別に心配してるわけじゃない。ただちょっと気になったのさ」
「気になる?」
「思いの外、重症なのかなと思ってね」
「重症って……、いやな言い方しないでくださいよー」

 眉を寄せる私をよそに、浅田主任は「まあ、いつか来るだろう」とのんきにつぶやいて、パソコンへと視線を落とした。
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