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奪われるまでの距離
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「沙耶、具合はどう?」
お盆を持って私の部屋へ入ってきた母は、心配そうにそう尋ねた。
「お母さん、大丈夫だよ。ちょっと体がだるいけど、だいぶ良くなったし、ずっと仕事休んでるから明日は行かなきゃ」
両親の暮らす自宅に帰ってきてから、二週間が経つ。
父は何も言わずにいてくれ、母は私の世話をかいがいしく焼いてくれる。すっかりそんな生活に甘えてしまっている。だけど、湊くんと出会う前の生活に戻る努力をしなければならないとも思っている。
ベッドに横になる私の額に触れる母の手が、少しひんやりして気持ちがいい。
「まだ微熱があるんじゃない? お医者様に来てもらうようにお電話したから、もうすぐ見えるわ。きちんと診てもらいましょうね」
「大げさだよ。ちょっと疲れてるだけ」
「そう言って何日になるの? はやく元気な沙耶になってちょうだい」
「お母さん、ごめんね、心配ばっかりかけて」
「いいのよ。沙耶は余計なこと考えなくていいの」
体を起こすのを手伝ってくれる母の手を取り、ずっと聞けなかったことを今なら聞いてもいいかもと口にした。
「お父さんは? お父さんは迷惑してない?」
「どうしてパパに迷惑がかかるの? 沙耶は何も悪いことしてないでしょ?」
「……そうだね。湊くんのお父さんは最初からこうなることを望んでたんだから、お父さんに怒ったりしないよね」
「沙耶……。あなたはいらない心配ばかりしすぎよ。パパもママも沙耶の味方よ。それに、親身になってくれるお友達もいるじゃない。ママはそれだけで安心よ」
「純ちゃんと朔くんのこと?」
優しく微笑む母に安堵しながら、純ちゃんと朔くんのことを思う。迷惑かけてばかりなのに、まだ連絡できていない。
「双子なんですってね」
「どうして知ってるの?」
「さっき、二人がいらしたわ。まだ具合が良くないと伝えたら、また来ますって」
「純ちゃんと朔くんが来たの? 教えてくれたら良かったのに」
「引き止める前に帰ってしまったから。元気になったらお礼を言いなさいね。それでね、ゼリーを持ってきてくださったの。食べられる?」
ベッドサイドのテーブルに置かれたお盆の上には、グラスに注がれた水とカップゼリーがある。
「最近雑誌によく載ったりする、人気のあるゼリーらしいわよ」
「うん、食べる」
母の差し出すゼリーを受け取った時、部屋の外の方からチャイムが鳴る音がした。
「お医者様かしら? 食べるのは後にして、ベッドに横になっていなさいね」
母はそう言うと、足早に部屋を出ていった。
しばらくして、母と共に部屋を訪れた医者は、昔から父と懇意にしている医者だった。私も幼少の頃は何度か診てもらったことがあった。
体がだるいということ以外は特に具合が悪いところはないし、いくつかの質問に答えて診察は終わった。
母がひどく心配するから、安心料として医者を呼んだだけなのだろうと私は思った。
部屋の窓から外を覗くと、医者の帰る背中が見えて、ほどなくして母はまた部屋へとやってきた。
「お母さん、明日から会社に行くから大丈夫だよ。心配しないで」
つとめて明るく言うが、母は浮かない表情をしている。診察を受ける前よりも不安そうにするから、母に駆け寄り腕に手を添えた。
「お母さん、どうしたの?」
顔を覗くと、母は目線をそらし眉間にしわを寄せたが、しばらくしてため息を吐いた。
「お医者様がね……」
「何か言われたの?」
「ええ……。特に悪いところはなさそうだって」
「本当? 良かった。そんな顔するから不安になっちゃうよ」
安堵の笑顔を見せるのに、お母さんの表情は変わらないまま。
「ゼリー、一緒に食べよう、お母さん」
ベッドサイドのテーブルに向かう私の背中に向かって、「沙耶」とお母さんは呼び止める。
「何?」
笑顔で振り返る私に、お母さんはあいかわらず深刻そうな目を向ける。
「沙耶、落ち着いて聞いて。別にそうだと決まったわけじゃないんだけど、お医者様にいろいろ尋ねられて……、ママも可能性がないわけじゃないと思うの」
「お母さん?」
「沙耶……もしそうだとしても、誰も責めたり出来ないとは思うの。それでもママはすぐには納得できないかもしれない」
お母さんは私の手を取り、そっと引き寄せて抱きしめてくる。私の後ろ頭に回した手で、優しく髪を撫でる。
「沙耶、お医者様がね……」
「うん……」
「もしかしたら妊娠してるんじゃないかって……、お医者様は言うの」
お母さんは私の目をつらそうに見つめて、そう息を吐き出した。
「沙耶、具合はどう?」
お盆を持って私の部屋へ入ってきた母は、心配そうにそう尋ねた。
「お母さん、大丈夫だよ。ちょっと体がだるいけど、だいぶ良くなったし、ずっと仕事休んでるから明日は行かなきゃ」
両親の暮らす自宅に帰ってきてから、二週間が経つ。
父は何も言わずにいてくれ、母は私の世話をかいがいしく焼いてくれる。すっかりそんな生活に甘えてしまっている。だけど、湊くんと出会う前の生活に戻る努力をしなければならないとも思っている。
ベッドに横になる私の額に触れる母の手が、少しひんやりして気持ちがいい。
「まだ微熱があるんじゃない? お医者様に来てもらうようにお電話したから、もうすぐ見えるわ。きちんと診てもらいましょうね」
「大げさだよ。ちょっと疲れてるだけ」
「そう言って何日になるの? はやく元気な沙耶になってちょうだい」
「お母さん、ごめんね、心配ばっかりかけて」
「いいのよ。沙耶は余計なこと考えなくていいの」
体を起こすのを手伝ってくれる母の手を取り、ずっと聞けなかったことを今なら聞いてもいいかもと口にした。
「お父さんは? お父さんは迷惑してない?」
「どうしてパパに迷惑がかかるの? 沙耶は何も悪いことしてないでしょ?」
「……そうだね。湊くんのお父さんは最初からこうなることを望んでたんだから、お父さんに怒ったりしないよね」
「沙耶……。あなたはいらない心配ばかりしすぎよ。パパもママも沙耶の味方よ。それに、親身になってくれるお友達もいるじゃない。ママはそれだけで安心よ」
「純ちゃんと朔くんのこと?」
優しく微笑む母に安堵しながら、純ちゃんと朔くんのことを思う。迷惑かけてばかりなのに、まだ連絡できていない。
「双子なんですってね」
「どうして知ってるの?」
「さっき、二人がいらしたわ。まだ具合が良くないと伝えたら、また来ますって」
「純ちゃんと朔くんが来たの? 教えてくれたら良かったのに」
「引き止める前に帰ってしまったから。元気になったらお礼を言いなさいね。それでね、ゼリーを持ってきてくださったの。食べられる?」
ベッドサイドのテーブルに置かれたお盆の上には、グラスに注がれた水とカップゼリーがある。
「最近雑誌によく載ったりする、人気のあるゼリーらしいわよ」
「うん、食べる」
母の差し出すゼリーを受け取った時、部屋の外の方からチャイムが鳴る音がした。
「お医者様かしら? 食べるのは後にして、ベッドに横になっていなさいね」
母はそう言うと、足早に部屋を出ていった。
しばらくして、母と共に部屋を訪れた医者は、昔から父と懇意にしている医者だった。私も幼少の頃は何度か診てもらったことがあった。
体がだるいということ以外は特に具合が悪いところはないし、いくつかの質問に答えて診察は終わった。
母がひどく心配するから、安心料として医者を呼んだだけなのだろうと私は思った。
部屋の窓から外を覗くと、医者の帰る背中が見えて、ほどなくして母はまた部屋へとやってきた。
「お母さん、明日から会社に行くから大丈夫だよ。心配しないで」
つとめて明るく言うが、母は浮かない表情をしている。診察を受ける前よりも不安そうにするから、母に駆け寄り腕に手を添えた。
「お母さん、どうしたの?」
顔を覗くと、母は目線をそらし眉間にしわを寄せたが、しばらくしてため息を吐いた。
「お医者様がね……」
「何か言われたの?」
「ええ……。特に悪いところはなさそうだって」
「本当? 良かった。そんな顔するから不安になっちゃうよ」
安堵の笑顔を見せるのに、お母さんの表情は変わらないまま。
「ゼリー、一緒に食べよう、お母さん」
ベッドサイドのテーブルに向かう私の背中に向かって、「沙耶」とお母さんは呼び止める。
「何?」
笑顔で振り返る私に、お母さんはあいかわらず深刻そうな目を向ける。
「沙耶、落ち着いて聞いて。別にそうだと決まったわけじゃないんだけど、お医者様にいろいろ尋ねられて……、ママも可能性がないわけじゃないと思うの」
「お母さん?」
「沙耶……もしそうだとしても、誰も責めたり出来ないとは思うの。それでもママはすぐには納得できないかもしれない」
お母さんは私の手を取り、そっと引き寄せて抱きしめてくる。私の後ろ頭に回した手で、優しく髪を撫でる。
「沙耶、お医者様がね……」
「うん……」
「もしかしたら妊娠してるんじゃないかって……、お医者様は言うの」
お母さんは私の目をつらそうに見つめて、そう息を吐き出した。
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