せめて契約に愛を

水城ひさぎ

文字の大きさ
96 / 119
奪われるまでの距離

16

しおりを挟む



「沙耶、具合はどう?」

 お盆を持って私の部屋へ入ってきた母は、心配そうにそう尋ねた。

「お母さん、大丈夫だよ。ちょっと体がだるいけど、だいぶ良くなったし、ずっと仕事休んでるから明日は行かなきゃ」

 両親の暮らす自宅に帰ってきてから、二週間が経つ。

 父は何も言わずにいてくれ、母は私の世話をかいがいしく焼いてくれる。すっかりそんな生活に甘えてしまっている。だけど、湊くんと出会う前の生活に戻る努力をしなければならないとも思っている。

 ベッドに横になる私の額に触れる母の手が、少しひんやりして気持ちがいい。

「まだ微熱があるんじゃない? お医者様に来てもらうようにお電話したから、もうすぐ見えるわ。きちんと診てもらいましょうね」
「大げさだよ。ちょっと疲れてるだけ」
「そう言って何日になるの? はやく元気な沙耶になってちょうだい」
「お母さん、ごめんね、心配ばっかりかけて」
「いいのよ。沙耶は余計なこと考えなくていいの」

 体を起こすのを手伝ってくれる母の手を取り、ずっと聞けなかったことを今なら聞いてもいいかもと口にした。

「お父さんは? お父さんは迷惑してない?」
「どうしてパパに迷惑がかかるの? 沙耶は何も悪いことしてないでしょ?」
「……そうだね。湊くんのお父さんは最初からこうなることを望んでたんだから、お父さんに怒ったりしないよね」
「沙耶……。あなたはいらない心配ばかりしすぎよ。パパもママも沙耶の味方よ。それに、親身になってくれるお友達もいるじゃない。ママはそれだけで安心よ」
「純ちゃんと朔くんのこと?」

 優しく微笑む母に安堵しながら、純ちゃんと朔くんのことを思う。迷惑かけてばかりなのに、まだ連絡できていない。

「双子なんですってね」
「どうして知ってるの?」
「さっき、二人がいらしたわ。まだ具合が良くないと伝えたら、また来ますって」
「純ちゃんと朔くんが来たの? 教えてくれたら良かったのに」
「引き止める前に帰ってしまったから。元気になったらお礼を言いなさいね。それでね、ゼリーを持ってきてくださったの。食べられる?」

 ベッドサイドのテーブルに置かれたお盆の上には、グラスに注がれた水とカップゼリーがある。

「最近雑誌によく載ったりする、人気のあるゼリーらしいわよ」
「うん、食べる」

 母の差し出すゼリーを受け取った時、部屋の外の方からチャイムが鳴る音がした。

「お医者様かしら? 食べるのは後にして、ベッドに横になっていなさいね」

 母はそう言うと、足早に部屋を出ていった。

 しばらくして、母と共に部屋を訪れた医者は、昔から父と懇意にしている医者だった。私も幼少の頃は何度か診てもらったことがあった。

 体がだるいということ以外は特に具合が悪いところはないし、いくつかの質問に答えて診察は終わった。

 母がひどく心配するから、安心料として医者を呼んだだけなのだろうと私は思った。

 部屋の窓から外を覗くと、医者の帰る背中が見えて、ほどなくして母はまた部屋へとやってきた。

「お母さん、明日から会社に行くから大丈夫だよ。心配しないで」

 つとめて明るく言うが、母は浮かない表情をしている。診察を受ける前よりも不安そうにするから、母に駆け寄り腕に手を添えた。

「お母さん、どうしたの?」

 顔を覗くと、母は目線をそらし眉間にしわを寄せたが、しばらくしてため息を吐いた。

「お医者様がね……」
「何か言われたの?」
「ええ……。特に悪いところはなさそうだって」
「本当? 良かった。そんな顔するから不安になっちゃうよ」

 安堵の笑顔を見せるのに、お母さんの表情は変わらないまま。

「ゼリー、一緒に食べよう、お母さん」

 ベッドサイドのテーブルに向かう私の背中に向かって、「沙耶」とお母さんは呼び止める。

「何?」

 笑顔で振り返る私に、お母さんはあいかわらず深刻そうな目を向ける。

「沙耶、落ち着いて聞いて。別にそうだと決まったわけじゃないんだけど、お医者様にいろいろ尋ねられて……、ママも可能性がないわけじゃないと思うの」
「お母さん?」
「沙耶……もしそうだとしても、誰も責めたり出来ないとは思うの。それでもママはすぐには納得できないかもしれない」

 お母さんは私の手を取り、そっと引き寄せて抱きしめてくる。私の後ろ頭に回した手で、優しく髪を撫でる。

「沙耶、お医者様がね……」
「うん……」
「もしかしたら妊娠してるんじゃないかって……、お医者様は言うの」

 お母さんは私の目をつらそうに見つめて、そう息を吐き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...