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奪われるまでの距離
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それから私たちは久しぶりにいろんな話をした。会社の話や、旅行の計画、最近人気のあるカフェやショップなど。
湊くんと出会う前には当たり前のように毎日していた会話。
私はずっと純ちゃんとこうやって過ごしていけたらいいって、かつては思っていたのだ。
「純ちゃんは結婚する予定ないの?」
「私? 私はないよー。今は30になってからでもいいかなーって思ったりするし。でもそんなこと言ってると結婚できないぞってお兄ちゃんに言われるから、なんかムカつくんだよね」
「朔くんが?」
「うん、そう。お兄ちゃんの方が絶対結婚できないって私は思うけどね」
「そうなんだぁ。でも朔くん、好きな人いるよね? 優しいから、きっとうまくいくと思うけど」
「お兄ちゃんに好きな人いるって聞いた?」
純ちゃんは意外そうに目を丸くする。
「朔くんがそう言ってたよ。どんな人だろうね」
「さあ、どんな人だろうねー」
純ちゃんは私の思案顔を見て、くすくす笑う。
「朔くんは可愛い人が好きそうだね。うまくいくといいなぁ」
「まあ、そうだね。でも沙耶が気にすることないよ。お兄ちゃんは昔からしたいことをする人だから。好きな人に告白するしないも、お兄ちゃんの意思だからさ」
「朔くんは本当に優しいし、頼りになるね。お友達になれて良かった」
「そう? 沙耶がそう言ってるの知ったら、お兄ちゃんも喜ぶよ」
純ちゃんがにこっと笑った時、部屋の外の方で物音がした。耳を澄ますと、誰かが叫んでいるような声も聞こえる。
「お兄ちゃん来たのかも」
純ちゃんがそう言って立ち上がった時、「純、部屋にいるのかぁ?」と叫ぶ朔くんの声がはっきりと聞こえた。
「二階に一人でいるなら、玄関に鍵かけておけよって、前から言って……」
部屋のドアを開けた純ちゃんにいきなり小言を言う朔くんは、室内にいた私を見つけると、驚いて口をつぐんだ。
「お兄ちゃんが来るからわざと鍵かけてなかったの」
反抗する純ちゃんのことには興味を示さず、朔くんは純ちゃんを小突いた。
「沙耶さんが来てるなら先に教えてくれよ。手ぶらで来ちゃったじゃないか」
「教えてたらケーキでも買ってきてくれたのー?」
朔くんはおもむろに腕時計を確認して、「角のケーキ屋、まだやってるよな? ちょっと買ってくるよ、せっかくだから」と行こうとする。
「本当? 買ってくれるの?」
目を輝かせる純ちゃんは、朔くんの腕をつかみ、彼の足を止めさせた。
「お兄ちゃん、沙耶が好きそうなケーキ知らないでしょ? 私が買ってくるよ」
「え……?」
「たまには気が利いたことするでしょ?」
「何言って……」
うろたえる朔くんを見るのは珍しくて、口元に手を当てて笑う。そんな私に気づいた彼は、ちょっとはにかんだ。
「じゃあ、行ってくるから財布出して」
「出す前に持っていくなよ」
朔くんの後ろポケットに差し込まれていた長財布を引き抜いた純ちゃんに苦笑いしながら、彼は部屋を出ていく彼女を見送った。
「沙耶さん、来てたんですね。体調はだいぶ良くなったんですか?」
朔くんはすぐに私の側へやってきて、斜め前に腰を下ろした。
いつものスーツ姿とは違って、カーキのパンツにグレーのニットを着た私服の朔くんが新鮮で、ジッと眺めていると、彼は「なんか……変ですか?」と恥ずかしそうにした。
「ううん、朔くんっておしゃれだね。純ちゃんもセンスいいよね」
「そうかな。そこまでおしゃれには気を遣ってないけど。純のファッションには興味ないからよくわからないし」
「おしゃれだよ、二人とも」
「そうですか。沙耶さんに褒められるのは嬉しいな。……それで、もう会社には行ってるんですか?」
朔くんは自分のことはどうでもいいのだというように、私の体調を気遣う。
「あ、ごめんね。体調はだいぶいいの。月曜日からお仕事に行こうと思って、今日は純ちゃんにその相談をしに来たの」
「相談?」
「もう一か月も休んじゃったから」
こんなに休むはずじゃなかったのにって、バツが悪くなる。
「体調不良なんだから仕方ないですよ。純はなんて?」
「みんな心配してくれてるって」
「それは良かったですね。すぐに慣れますよ」
「うん、そうだね」
にこっと笑うと、朔くんは安堵したように目を細める。
「沙耶さんが元気になって良かった。また会社帰りにでも会えたら食事に行きましょう」
「ありがとう、朔くん。これからは家から通うからなかなか会えないかもしれないけど、見かけたら声かけてね」
「もしあんまり会えなかったら、電話で食事に誘ってもかまいませんか?」
「……あ、うん」
さらりと朔くんはそう言ったのに、彼の目が真剣だったから、妙に胸がざわついて、私は目を伏せてうなずいた。
「あの、沙耶さん、いきなりこんなことを言うのはおかしいかもしれないですが……」
「朔くん……?」
目をあげると、朔くんは正座していたひざを私の方へわずかに進めた。
ほんの少し縮められた距離に、私の胸はさらにざわつく。朔くんが嫌だとかそういうことじゃなくて、胸がどくりと音を立てて。
「沙耶さん、あの……」
何を言われるかもわからないのに、聞いてはいけないような気がして、私は口を開いた。
「朔くん、聞いていい?」
「え……あ、はい」
少し拍子抜けした彼に私は言う。
「湊くん……元気?」
湊くんと出会う前には当たり前のように毎日していた会話。
私はずっと純ちゃんとこうやって過ごしていけたらいいって、かつては思っていたのだ。
「純ちゃんは結婚する予定ないの?」
「私? 私はないよー。今は30になってからでもいいかなーって思ったりするし。でもそんなこと言ってると結婚できないぞってお兄ちゃんに言われるから、なんかムカつくんだよね」
「朔くんが?」
「うん、そう。お兄ちゃんの方が絶対結婚できないって私は思うけどね」
「そうなんだぁ。でも朔くん、好きな人いるよね? 優しいから、きっとうまくいくと思うけど」
「お兄ちゃんに好きな人いるって聞いた?」
純ちゃんは意外そうに目を丸くする。
「朔くんがそう言ってたよ。どんな人だろうね」
「さあ、どんな人だろうねー」
純ちゃんは私の思案顔を見て、くすくす笑う。
「朔くんは可愛い人が好きそうだね。うまくいくといいなぁ」
「まあ、そうだね。でも沙耶が気にすることないよ。お兄ちゃんは昔からしたいことをする人だから。好きな人に告白するしないも、お兄ちゃんの意思だからさ」
「朔くんは本当に優しいし、頼りになるね。お友達になれて良かった」
「そう? 沙耶がそう言ってるの知ったら、お兄ちゃんも喜ぶよ」
純ちゃんがにこっと笑った時、部屋の外の方で物音がした。耳を澄ますと、誰かが叫んでいるような声も聞こえる。
「お兄ちゃん来たのかも」
純ちゃんがそう言って立ち上がった時、「純、部屋にいるのかぁ?」と叫ぶ朔くんの声がはっきりと聞こえた。
「二階に一人でいるなら、玄関に鍵かけておけよって、前から言って……」
部屋のドアを開けた純ちゃんにいきなり小言を言う朔くんは、室内にいた私を見つけると、驚いて口をつぐんだ。
「お兄ちゃんが来るからわざと鍵かけてなかったの」
反抗する純ちゃんのことには興味を示さず、朔くんは純ちゃんを小突いた。
「沙耶さんが来てるなら先に教えてくれよ。手ぶらで来ちゃったじゃないか」
「教えてたらケーキでも買ってきてくれたのー?」
朔くんはおもむろに腕時計を確認して、「角のケーキ屋、まだやってるよな? ちょっと買ってくるよ、せっかくだから」と行こうとする。
「本当? 買ってくれるの?」
目を輝かせる純ちゃんは、朔くんの腕をつかみ、彼の足を止めさせた。
「お兄ちゃん、沙耶が好きそうなケーキ知らないでしょ? 私が買ってくるよ」
「え……?」
「たまには気が利いたことするでしょ?」
「何言って……」
うろたえる朔くんを見るのは珍しくて、口元に手を当てて笑う。そんな私に気づいた彼は、ちょっとはにかんだ。
「じゃあ、行ってくるから財布出して」
「出す前に持っていくなよ」
朔くんの後ろポケットに差し込まれていた長財布を引き抜いた純ちゃんに苦笑いしながら、彼は部屋を出ていく彼女を見送った。
「沙耶さん、来てたんですね。体調はだいぶ良くなったんですか?」
朔くんはすぐに私の側へやってきて、斜め前に腰を下ろした。
いつものスーツ姿とは違って、カーキのパンツにグレーのニットを着た私服の朔くんが新鮮で、ジッと眺めていると、彼は「なんか……変ですか?」と恥ずかしそうにした。
「ううん、朔くんっておしゃれだね。純ちゃんもセンスいいよね」
「そうかな。そこまでおしゃれには気を遣ってないけど。純のファッションには興味ないからよくわからないし」
「おしゃれだよ、二人とも」
「そうですか。沙耶さんに褒められるのは嬉しいな。……それで、もう会社には行ってるんですか?」
朔くんは自分のことはどうでもいいのだというように、私の体調を気遣う。
「あ、ごめんね。体調はだいぶいいの。月曜日からお仕事に行こうと思って、今日は純ちゃんにその相談をしに来たの」
「相談?」
「もう一か月も休んじゃったから」
こんなに休むはずじゃなかったのにって、バツが悪くなる。
「体調不良なんだから仕方ないですよ。純はなんて?」
「みんな心配してくれてるって」
「それは良かったですね。すぐに慣れますよ」
「うん、そうだね」
にこっと笑うと、朔くんは安堵したように目を細める。
「沙耶さんが元気になって良かった。また会社帰りにでも会えたら食事に行きましょう」
「ありがとう、朔くん。これからは家から通うからなかなか会えないかもしれないけど、見かけたら声かけてね」
「もしあんまり会えなかったら、電話で食事に誘ってもかまいませんか?」
「……あ、うん」
さらりと朔くんはそう言ったのに、彼の目が真剣だったから、妙に胸がざわついて、私は目を伏せてうなずいた。
「あの、沙耶さん、いきなりこんなことを言うのはおかしいかもしれないですが……」
「朔くん……?」
目をあげると、朔くんは正座していたひざを私の方へわずかに進めた。
ほんの少し縮められた距離に、私の胸はさらにざわつく。朔くんが嫌だとかそういうことじゃなくて、胸がどくりと音を立てて。
「沙耶さん、あの……」
何を言われるかもわからないのに、聞いてはいけないような気がして、私は口を開いた。
「朔くん、聞いていい?」
「え……あ、はい」
少し拍子抜けした彼に私は言う。
「湊くん……元気?」
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