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奪われるまでの距離
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俺の眉がピクリと動いたのを、沙耶さんは見逃さなかった。
「あ、違うの。ちょっと……気になっただけだから……」
何を言い訳するのだろう。別に嫌いで別れたわけじゃないのだから、湊先輩の今を気にしたっておかしくもないのに。
「湊先輩はどちらかというと、不機嫌ですね」
俺を前にすると、湊先輩はたいがい機嫌が悪い。ひいき目に見ても、最近の先輩はこのところの中で突出して機嫌が悪い。
まあ無理もないとは思うが、沙耶さんが心配そうにするから、さらに付け足す。
「仕事が忙しいのもありますしね。体調が悪いということはないみたいですし、食事も外食は減らすようにしてるって話してるの聞きましたよ」
無論、湊先輩が俺に個人的は話をするわけがないから、篭谷先輩との会話をたまたま聞いたにすぎないが。
「湊くんはまだマンションにいるの?」
「そうみたいですよ」
沙耶さんが帰ってくるのを待っているんだろうと思う。それは口に出来なくて、俺はうなずくに留めた。
「残業もよくするの?」
「毎日じゃないですよ」
「……そう」
沙耶さんはまぶたを伏せて、何か考えているようだ。
「湊先輩に伝言があるなら、俺が伝えますよ」
先輩に何か伝えたいことがあるんじゃないか、ふとそんな気がして提案する。
そんなことをしたら先輩は余計に激怒するかもしれないが、今の沙耶さんにとって、先輩とのパイプ役は俺しかいないだろう。
沙耶さんはすぐに俺の申し出を断ったりしないで、やはり何やら考え込んでいるようだった。
「沙耶さん?」
「あの、朔くん……」
「なんですか?」
「お願い……してもいい?」
沙耶さんに上目遣いで見つめられたら、俺の胸は急速に高鳴る。
湊先輩を好きでいてもかまわない。彼女の側にいたい。純粋にそう思うのだ。
沙耶さんはちょっと言いにくそうに、でも譲れない何かに後押しされているみたいに、俺の顔を下から覗き込んできた。
「湊くんに会いたいの。これが最後だから、朔くん……、一緒にいて欲しいの。私……、不安で」
「沙耶さん……」
「お願い……。何も聞かないで、一緒にいて」
沙耶さんは俺のひざの前に頭を下げた。じゅうたんに広がり落ちるさらさらの髪は、触れたくなるほど綺麗なのに、頼りない小さな肩は不安で小刻みに震えている。
「沙耶さん、顔をあげてください。俺は何も詮索したりしないし、沙耶さんの行動をとがめたりもしません。ただ……」
「ただ……?」
涙目で俺を見上げる沙耶さんに、飲み込んだ言葉を口にした。
「俺はただ、沙耶さんの支えになりたい」
「朔くん……」
「沙耶さんの側にいたい。それだけです」
胸の内をこんな風にしか吐露できないから、沙耶さんには気持ちの半分もきっと伝わらない。
沙耶さんは「ありがとう」と涙をぬぐいながら、「朔くんは本当に優しいね」とちょっと笑顔を見せる。
複雑に痛む俺の心なんて、沙耶さんは知らないだろう。それでも俺は、馬鹿げているとは思いながらも、彼女の可愛らしい笑顔に見惚れてしまうのだ。
俺の眉がピクリと動いたのを、沙耶さんは見逃さなかった。
「あ、違うの。ちょっと……気になっただけだから……」
何を言い訳するのだろう。別に嫌いで別れたわけじゃないのだから、湊先輩の今を気にしたっておかしくもないのに。
「湊先輩はどちらかというと、不機嫌ですね」
俺を前にすると、湊先輩はたいがい機嫌が悪い。ひいき目に見ても、最近の先輩はこのところの中で突出して機嫌が悪い。
まあ無理もないとは思うが、沙耶さんが心配そうにするから、さらに付け足す。
「仕事が忙しいのもありますしね。体調が悪いということはないみたいですし、食事も外食は減らすようにしてるって話してるの聞きましたよ」
無論、湊先輩が俺に個人的は話をするわけがないから、篭谷先輩との会話をたまたま聞いたにすぎないが。
「湊くんはまだマンションにいるの?」
「そうみたいですよ」
沙耶さんが帰ってくるのを待っているんだろうと思う。それは口に出来なくて、俺はうなずくに留めた。
「残業もよくするの?」
「毎日じゃないですよ」
「……そう」
沙耶さんはまぶたを伏せて、何か考えているようだ。
「湊先輩に伝言があるなら、俺が伝えますよ」
先輩に何か伝えたいことがあるんじゃないか、ふとそんな気がして提案する。
そんなことをしたら先輩は余計に激怒するかもしれないが、今の沙耶さんにとって、先輩とのパイプ役は俺しかいないだろう。
沙耶さんはすぐに俺の申し出を断ったりしないで、やはり何やら考え込んでいるようだった。
「沙耶さん?」
「あの、朔くん……」
「なんですか?」
「お願い……してもいい?」
沙耶さんに上目遣いで見つめられたら、俺の胸は急速に高鳴る。
湊先輩を好きでいてもかまわない。彼女の側にいたい。純粋にそう思うのだ。
沙耶さんはちょっと言いにくそうに、でも譲れない何かに後押しされているみたいに、俺の顔を下から覗き込んできた。
「湊くんに会いたいの。これが最後だから、朔くん……、一緒にいて欲しいの。私……、不安で」
「沙耶さん……」
「お願い……。何も聞かないで、一緒にいて」
沙耶さんは俺のひざの前に頭を下げた。じゅうたんに広がり落ちるさらさらの髪は、触れたくなるほど綺麗なのに、頼りない小さな肩は不安で小刻みに震えている。
「沙耶さん、顔をあげてください。俺は何も詮索したりしないし、沙耶さんの行動をとがめたりもしません。ただ……」
「ただ……?」
涙目で俺を見上げる沙耶さんに、飲み込んだ言葉を口にした。
「俺はただ、沙耶さんの支えになりたい」
「朔くん……」
「沙耶さんの側にいたい。それだけです」
胸の内をこんな風にしか吐露できないから、沙耶さんには気持ちの半分もきっと伝わらない。
沙耶さんは「ありがとう」と涙をぬぐいながら、「朔くんは本当に優しいね」とちょっと笑顔を見せる。
複雑に痛む俺の心なんて、沙耶さんは知らないだろう。それでも俺は、馬鹿げているとは思いながらも、彼女の可愛らしい笑顔に見惚れてしまうのだ。
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