せめて契約に愛を

つづき綴

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奪われるまでの距離

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 女性は長い髪をアップにし、肩や胸元が大きく開いた赤いドレスを着ていた。湊くんを見上げる横顔に浮かぶ笑みは妖艶で、私なんか足元にも及ばない大人の女性。

 湊くんの周りにはいつも綺麗な女性がいる。彼女のような女性にめぐり合い、恋に落ちることは、彼にとって決して難しいことじゃない。

 私はもう湊くんと別れたのだから、そんな姿を見たって傷つく理由なんてないのに、さっきから痛いくらい心臓がバクバクしている。

 湊くんの背中が見えなくなるまで、私たちは息を凝らしていたのだろう。先に動いたのは朔くんで、微妙な笑顔で私を振り返った。

「時間があるなら、食事して帰りましょうか?」

 あえて湊くんのことに触れない優しさに、私も笑顔で応えようと思うのに唇は震える。

「沙耶さん……大丈夫ですか?」
「いいの……、朔くん。湊くんに恋人がいたって、私にはもう関係ないの」
「でも大事な話があるんですよね?」
「よりを戻したいとか……、そんなんじゃないから」

 震えのおさまらない手を重ね合わせる。

「沙耶さんはそれでもまだ先輩が……先輩だって」
「違うよ、朔くん」
「違うって……」
「私たちの気持ちはもう、関係ないでしょう?」

 朔くんを見上げると、目じりから涙が流れた。

「沙耶さん……」
「どんなに好きでいても、別れなきゃいけないから別れたんだよ。私が湊くんを好きかどうかなんて、問題じゃないんだよ」

 そう言葉にしたら、溢れ出した涙が止まらなくなる。

「湊先輩に恋人ができても好きでいるのは、つらいだけでしょう?」
「ずっと好きでいるって約束したから……」
「先輩と約束? 先輩は反故にしてるのに?」

 朔くんの口調が少し強くなる。湊くんをとがめるというより、その想いに縛られている私を叱咤したみたいに。

「今は無理でも、沙耶さんはもっと違う幸せにも目を向けないと」
「湊くんみたいに私を好きになってくれる人なんていないよ……」
「そんなことは……。そんなことはありませんよ」
「いいの……私はいいの……」
「何がいいんですか?」

 うつむく私の肩に朔くんが触れる。

「湊先輩を忘れる日が来ないなら……」
「朔くん……?」

 肩に乗った朔くんの手が私の頬に触れ、親指が涙をぬぐう。

「忘れさせてくれる人に出会うだけのことです」
「朔く……」
「俺じゃ、だめですか?」
「え……」

 と、驚く。朔くんの言葉が飲み込めない。そうしてる間に、温かくも力強い腕に抱きしめられていた。

「沙耶さんが好きです。ずっと……、好きだったんです」

 私の肩に額をうずめた朔くんは、少し恥ずかしそうに、息を吐いた。
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