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第二話 御影家には秘密がありました

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「池上家へ行けばまた体調を崩すかもしれません。それでも行きますか?」

 出かける支度を終え、縁側に並んで薄く氷の張る池を眺めていると、私の気持ちを確かめるように誠さんが神妙に言う。

「はい、行きます。七二郎さんの願いを叶えてあげたいんです」

 スッと客間の方へ視線を移す。
 誠さんは気づいていないけれど、そこにはあぐらをかく七二郎さんがいて、嬉しそうにニタニタしている。

「千鶴さんの決意が固いのでしたら反対はしません。ですが俺から離れないように」
「大丈夫です。この間は秋帆さんを見た夏乃さんが感情を高ぶらせただけだと思います。今日は気持ちをしっかりと持っていきます」

 胸を張るようにぴんと背筋を伸ばせば、誠さんは「そうですか」と頼りなく眉を下げて微笑む。
 彼を困らせているのはあいかわらずだけれど、今は自分の気持ちに忠実でいたいと思う。

「では出かけましょうか」

 私の肩にショールをかけてくれる誠さんと手をつないで歩き出す。

 ミカンはお留守番だけれど、昨日八枝さんのお宅におじゃましたからか、満足そうに客間の座布団の上で丸くなっている。
 七二郎さんが私の後をついてくると、ミカンは片目だけ開けて私を見たが、すぐに目を閉じて眠ってしまう。

「ことにようやく会えるか」

 七二郎さんがうきうきした様子で私に話しかけてくる。

「今日は池上小夜さんに会うんです」

 そう答えると、不思議そうに誠さんが私を見下ろしたが、すぐに察したのか、何も言わないまま私の手を優しく握りしめた。




 来訪の知らせを受けていた池上小夜さんは、私たちを池上家の門の前で待ち構えていた。
 それは、池上家の中へ入れさせないためか、私への配慮か。

 誠さんが丁寧な自己紹介とあいさつ、そしてここへ来た目的を話したとき、小夜さんは無言だったが、私たちへ好意的な目を向けたから、その両方だと思った。

「こと様に会いたいという男はいるのか」

 小夜さんの第一声はそれだった。低く力強い声音からは、格式高い池上家を守り続けてきたたくましさを感じる。

「私の後ろにいます」

 少し緊張しながら答える。

「そうか。では、ついてきなさい」

 小夜さんは私たちを先導するように歩き出す。
 上質な着物を粋に着崩して、颯爽と歩む足さばきはとても老齢の女性のものではない。

 その足が向かうのは坂の上。一本道のその先には、黒石城がある。
 小走りになりながら、小夜さんの背中を追う。

「千鶴さん、大丈夫ですか」

 すぐに私に追いついた誠さんは先を行く。

「小夜さんは足が速い」

 誠さんも苦笑いをして、私の手を引いて坂道を登る。
 七二郎さんは小夜さんにぴたりとくっついて離れず、スーッと静かに坂道を進む。
 そうしてようやくたどり着いたのは、物静かに佇む黒石城の石垣前だった。

 歴史は古い黒石城だが、それほど大きな城ではない。
 誠さんの探偵事務所で働き始めた頃、周囲を案内してくれた彼とともにここを訪れたことがあるが、それきり。
 それでも、手入れされた黒石城は、以前訪れた時と変わらず、穏やかに来客を受け入れる雰囲気に包まれている。

「小夜さん、ここに何かあるんですか?」

 辺りを見回しながら問うと、小夜さんは後ろで手を組んだまま城を見上げた。

「こと様はここで死んだ。子を産み落としてすぐにな」

 唐突な告白に誰もが沈黙した。
 とりわけ、七二郎さんは雷に打たれたように立ち尽くしていた。

「ことさんにはお子さんがいらしたんですね」

 誠さんがそう言うと、小夜さんは彼に歩み寄る。
 誠さんよりずっと背の低い小夜さんは顔をあげ、じっと彼を見上げる。

「池上家は御影家と関わりをもたないように生きてきた。それはこと様が池上の恥であると伝えられておるからだ」
「それはどういう……」
「まあ、聞け。こと様は黒石城城主である本多ほんだ様に大層気に入られていた。はねっかえりの姫であるがゆえ、こと様よりふたつ年下の本多様のご子息の良い遊び相手であったからだ。いずれは嫁にと本多様は考えていたかもしれぬが、こと様は一人の男を好いてしまった」

 小夜さんは振り返り、見えるはずのない七二郎さんの方へ視線をさまよわす。

「こと様の人生を狂わせたのはおまえであろう。それを今になって会いたいなどと、のこのことよう来れたもの」
「こととわしは……」

 七二郎さんは反論しようとするが、その声が聞こえない小夜さんはさらに一方的に言う。

「こと様のお子は、本多様のご配慮により三七さんしちと名付けられ育てられた。三七はのちに大名となり、おまえの死後、御影姓を賜って天目へ戻ってきた。こと様は夜な夜な現れてはここで泣くという。おまえに会えねば、成仏できぬとな」
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