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第二話 御影家には秘密がありました
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「七二郎さんは落ち込んで、ずっとそこに座っています」
寝室の一角を指し示す。
こちらに背を向けた大きな七二郎さんの背中がひどく小さく見える。
「なぜ落ち込むのでしょうね。ことさんが七二郎さんを愛しているとわかったというのに。小夜さんの言葉は厳しいものでしたが、待っていたのではないでしょうか」
「だから私がことさんを探してると藤沢さんから聞いて、すぐに会う気になってくださったんですね」
誠さんは静かにうなずく。
「小夜さんの話は真実でしょう。これで、俺たち御影と七二郎さんの血のつながりが証明されました」
彼の言葉に反応して、七二郎さんが振り返る。その眉は頼りなく下がる。小綺麗にしたら、誠さんに似ているその顔をますます悲しげに歪ませる。
「ことは……、本多に嫁いだのだと思っておった……」
「幸せに暮らしていると思っていたんですね」
七二郎さんは何度かうなずいて、腕であふれる涙をぬぐう。
「わしが、ことを……たった一度のことだったのに……」
そう言って、七二郎さんはふっと消えてしまう。
あっ、と腰を浮かせる私の腕を誠さんがつかむ。
「七二郎さんはなんて?」
「あ、あの、たった一度しか、その、愛し合っていないのに、赤ちゃんができたなんて思っていなかったみたいです。気づけなかったことにひどく傷ついて……」
「ああ、なるほど。一度だけですか。それは確かにいろいろと、察しますね」
「えっ……と」
真摯な目を向けられたら、ポッとほおが赤らむ。
「大丈夫ですよ。俺は一度だけなんてことはありませんから」
大丈夫のわけもわからないけれど、誠さんに抱きしめられたら胸が激しく鳴り始める。
「もうすぐ解決します。早ければ、今夜」
誠さんの唇が耳たぶにそっと触れるから、あわてて彼の胸を押して話をそらす。
「でもどうしてことさんと七二郎さんは結婚しなかったのでしょう」
少しばかり残念そうにした彼は、中庭の方へ視線を向けた。
「それは御影家の秘密にあります」
「秘密、ですか?」
「ええ。七二郎さんの生きた時代では、池上家のご令嬢との結婚は無理だったでしょう。いいえ、今でも。俺も一生独身だろうと諦めていましたし」
「そんな。誠さんはとても素敵なのに」
誠さんは口元をゆるめて微笑むが、すぐに切なそうに目を細めた。
「この土地を呪われた地という者もいます。それを黙ったまま結婚した俺は、千鶴さんを騙していたと罵られても仕方ありません」
「誰もそんなこと」
ふるふると首を横にふるが、誠さんの苦しみは晴れないようで、その表情はかげっている。
「ここはたくさんの血が流れた場所なんですよ」
誠さんはそう、静かに語り出す。
「医療に従事していたといえば聞こえはいいですが、そんな大したものではなくて、七二郎さんの時代には黒石城城主本多様の命で、河原に多く集まった遺体を弔っていたと言われています」
「だからオーブがあんなにたくさん?」
「そうかもしれませんね。ここからは見えませんが、家の下の河原には誰も訪れないたくさんのお墓があるんですよ。ですから、御影の血は汚れた血だと心ないことを言う者もいます」
「人の死を大切に扱っていたから、あんなにもたくさんのオーブがこの土地を守っているんですよね」
誠さんはそっと笑う。
「千鶴さんは優しいですね。だから七二郎さんも姿を現したのかもしれませんね」
「七二郎さん、大丈夫でしょうか」
「今夜、黒石城へ行くかもしれませんね。俺はこれから出かけますが、戻るまで千鶴さんも出かけませんよう」
そう言うと、誠さんは腰を上げた。
「誠さんはどちらへ?」
「お墓参りに行ってきます」
「それでしたら私も」
私も腰を浮かしかけると、誠さんがそれを制す。
「池上夏乃さんのお墓参りです。千鶴さんは家にいてください」
「七二郎さんは落ち込んで、ずっとそこに座っています」
寝室の一角を指し示す。
こちらに背を向けた大きな七二郎さんの背中がひどく小さく見える。
「なぜ落ち込むのでしょうね。ことさんが七二郎さんを愛しているとわかったというのに。小夜さんの言葉は厳しいものでしたが、待っていたのではないでしょうか」
「だから私がことさんを探してると藤沢さんから聞いて、すぐに会う気になってくださったんですね」
誠さんは静かにうなずく。
「小夜さんの話は真実でしょう。これで、俺たち御影と七二郎さんの血のつながりが証明されました」
彼の言葉に反応して、七二郎さんが振り返る。その眉は頼りなく下がる。小綺麗にしたら、誠さんに似ているその顔をますます悲しげに歪ませる。
「ことは……、本多に嫁いだのだと思っておった……」
「幸せに暮らしていると思っていたんですね」
七二郎さんは何度かうなずいて、腕であふれる涙をぬぐう。
「わしが、ことを……たった一度のことだったのに……」
そう言って、七二郎さんはふっと消えてしまう。
あっ、と腰を浮かせる私の腕を誠さんがつかむ。
「七二郎さんはなんて?」
「あ、あの、たった一度しか、その、愛し合っていないのに、赤ちゃんができたなんて思っていなかったみたいです。気づけなかったことにひどく傷ついて……」
「ああ、なるほど。一度だけですか。それは確かにいろいろと、察しますね」
「えっ……と」
真摯な目を向けられたら、ポッとほおが赤らむ。
「大丈夫ですよ。俺は一度だけなんてことはありませんから」
大丈夫のわけもわからないけれど、誠さんに抱きしめられたら胸が激しく鳴り始める。
「もうすぐ解決します。早ければ、今夜」
誠さんの唇が耳たぶにそっと触れるから、あわてて彼の胸を押して話をそらす。
「でもどうしてことさんと七二郎さんは結婚しなかったのでしょう」
少しばかり残念そうにした彼は、中庭の方へ視線を向けた。
「それは御影家の秘密にあります」
「秘密、ですか?」
「ええ。七二郎さんの生きた時代では、池上家のご令嬢との結婚は無理だったでしょう。いいえ、今でも。俺も一生独身だろうと諦めていましたし」
「そんな。誠さんはとても素敵なのに」
誠さんは口元をゆるめて微笑むが、すぐに切なそうに目を細めた。
「この土地を呪われた地という者もいます。それを黙ったまま結婚した俺は、千鶴さんを騙していたと罵られても仕方ありません」
「誰もそんなこと」
ふるふると首を横にふるが、誠さんの苦しみは晴れないようで、その表情はかげっている。
「ここはたくさんの血が流れた場所なんですよ」
誠さんはそう、静かに語り出す。
「医療に従事していたといえば聞こえはいいですが、そんな大したものではなくて、七二郎さんの時代には黒石城城主本多様の命で、河原に多く集まった遺体を弔っていたと言われています」
「だからオーブがあんなにたくさん?」
「そうかもしれませんね。ここからは見えませんが、家の下の河原には誰も訪れないたくさんのお墓があるんですよ。ですから、御影の血は汚れた血だと心ないことを言う者もいます」
「人の死を大切に扱っていたから、あんなにもたくさんのオーブがこの土地を守っているんですよね」
誠さんはそっと笑う。
「千鶴さんは優しいですね。だから七二郎さんも姿を現したのかもしれませんね」
「七二郎さん、大丈夫でしょうか」
「今夜、黒石城へ行くかもしれませんね。俺はこれから出かけますが、戻るまで千鶴さんも出かけませんよう」
そう言うと、誠さんは腰を上げた。
「誠さんはどちらへ?」
「お墓参りに行ってきます」
「それでしたら私も」
私も腰を浮かしかけると、誠さんがそれを制す。
「池上夏乃さんのお墓参りです。千鶴さんは家にいてください」
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