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第二話 御影家には秘密がありました

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 菊の花を胸に抱き、手桶を下げた藤沢彰人は、俺に気づくと気まずそうに唇を歪めて礼をした。

「よくここにいることがわかりましたね。さすが探偵さんだ」
「今日は夏乃さんの月命日ですから」
「よく調べてますね」

 皮肉げに笑った彰人は、俺に背を向けて石畳の上を奥へ奥へと進んでいく。

 池上家先祖代々の墓は、黒石城を拝める高台にある。
 立派な墓石の前で手を合わせた彰人は、まだ枯れていない菊の花を回収し、墓石を丁寧に雑巾で水拭きしていく。

 池上春臣、夏乃と名を連ねる墓石には胸が痛む。まだ若い息子と娘を亡くした池上さんの心労は想像もできない。

「御影さんもどうぞ。夏乃お嬢様と面識はないでしょうが」

 彰人はそう言って、墓石の前から身を引く。

「それではお言葉に甘えて」

 線香を香炉に立て、墓石にたっぷりと水をかける。着物から取り出した数珠を手にかけ、墓石に向かって手を合わせる。
 成仏していない夏乃は千鶴さんの中にいて、ここにはいない。彰人がどれほど墓参りを繰り返しても、彼女の心が癒されることはない。

「どこまでお調べになったんですか?」

 墓を後にしながら、肩を並べて石畳の上を歩いていると、彰人が静かに尋ねてくる。

「夏乃さんとご婚約されていたんですね」
「……ええ」

 彰人は言葉少なにうなずく。

「夏乃さんが東京の大学を中退してここへ戻ってきたのは半年前のことだと聞いています。もちろん、その前にはたびたびこちらへ帰ってくることもあったようですが」
「おっしゃる通りです」
「ご婚約はいつから?」

 彰人は急に立ち止まり、池上家へ続く道をそれて、細い小道を進む。その先には小さな公園がある。
 公園と言っても、天目の村がわずかに見下ろせる小さな丘で、今にも壊れそうな木製のベンチが一つあるだけ。
 彰人はそのベンチに腰をおろすと、小さな息をつく。

「この村で落ち着ける場所はここしかありません」
「誰も見ていないようで、聞き耳を立てているご老人が多いですからね」

 くすりと笑うと、彰人も肩の力を抜いて小さく笑う。

「夏乃お嬢様も窮屈に感じていたでしょう。あのような姿を見られたら、またたく間にうわさは広がったでしょうから」
「あのような姿?」
「御影さんだから話しますけど……、というより、話さないと探られますからね。その方が都合が悪いので」

 彰人は苦笑いすると神妙な表情を見せ、足元をじっと見つめて言う。

「夏乃お嬢様は妊娠していたんですよ。ですから早急に父親が必要でした」
「それで夏乃さんは中退を?」
「はい。突然帰ってきて、赤ちゃんが出来た。父親はいないけど産む、なんて言うものですから、池上の恥だと小夜さんはひどく怒りました」

 池上の恥か、と俺は息をつく。
 それは、池上ことと同じ道を歩もうとする夏乃さんへの叱咤だったろうか。

「それで藤沢さんが父親になる決意をされた?」
「まさか」

 彰人は口元を歪めると、髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。

「あの屋敷にいる以上、俺に選択肢はないんですよ。夏乃お嬢様は父親なんていらないって言いましたけど、小夜さんの怒りがおさまらないので、旦那様が俺を婚約者にと命じたんです」
「池上さんは藤沢さんを高く買われてるんですね」

 素直にそう言うと、彰人はやはり受け入れがたそうに肩をすぼめる。

「さあ、どうでしょうか。春臣が死んで、ひどく落ち込まれていたのは確かです。……ああ、俺は春臣と同じ大学に通ってましたから、どこかで身寄りがいない俺のことを聞いて養子にしようなんて思ったんでしょうね。ちょっとだけ俺が春臣の雰囲気に似ていたのもあるのかもしれませんが」
「養子縁組されてる?」
「いいえ、小夜さんが許しませんから。だから夏乃お嬢様の婚約者にと望んだんです」
「ああ、なるほど」

 納得できる気がしてうなずく。
 いずれ彰人を池上家の当主とするための養子縁組は許されないが、池上家の財産相続を放棄するという契約のもとであれば、夏乃さんと彰人の結婚は認められたのだろう。

「なぜ藤沢さんは池上家へ入ることを良しとしたのでしょう?」
「単純に、お金がなかったからですよ。それだけです」
「大学へは通えましたか」
「ええ、池上さんには感謝していますよ、俺は。小夜さんにはなかなか認めてもらえませんけどね、不自由ない生活はさせてもらってますから」

 彰人は、そろそろもういいですか、とベンチから立ち上がる。

「待ってください。まだ大事な話ができていません」
「……そうだ、御影さんは誰に頼まれて、何を調べてるんですか?」

 ふと彰人は不思議そうに俺を見る。

「夏乃さんの死因を調べています。依頼者のことは守秘義務がありますので」
「夏乃お嬢様は自殺されたんです。その依頼者とやらに言ってやってください。夏乃お嬢様は最後の最後まであなたを愛していたと」

 彰人の言葉じりには怒りがにじむ。
 彼は勘違いしているようだった。依頼者が夏乃さんのお腹の子の父親だと。

「それは真実ですか?」
「疑う意味がわかりませんね」
「根拠はありませんが、自殺ではないと確信しています」
「探偵の勘ってやつですか」

 彰人は皮肉げに笑い、話すことはないと歩き出す。
 疲れ切った彼の背中に、俺は声をかける。

「藤沢さん、あなたに一つお願いがあります」
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