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風光る
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「あしたくんっ、今から帰るの?」
図書館の裏庭の小道にあるベンチの前に立つあしたくんに駆け寄る。
彼がここにいるなんて珍しい。まさか会えるとは思ってなくて、嬉しさの溢れるままに声をかけたが、彼はいつも通りクールに私を見返す。
「ここにはもう来ないって言ってなかった?」
「……あ、そうだね……」
私の顔から笑みが消えていくのがわかる。無邪気にはしゃいだりして恥ずかしい。
「今日はお父さんが迎えに来てくれるから北門から帰ろうと思ってただけなの。あしたくんを興味本位に見に来たわけじゃないよ」
「あ、そう」
素っ気なくそう言って、あしたくんは私に背を向ける。いつもより冷たくて戸惑う。
「……あ、あしたくん」
「まだ何かある?」
「あ、うん。ちょっと話がしたいなって思って」
「日傘ちゃんのこと話されても困るよ」
「違うよ。今日はあしたくんの……、ううん、明日嘉くんって言うんだね。明日嘉くんの話がしたいなって思って」
なぜそれを知ってる?とばかりにあしたくんの眉が上がる。やはり彼は明日嘉くんなのだ。
「どっかで俺のこと聞いた? そういうの迷惑なんだけど」
「たまたま、たまたまだよ。私ね、氷澤先生のゼミに参加してて。それで吹雪さんに明日嘉くんのこと聞いて」
「吹雪……?」
「うん、知らない? 吹雪さん、言ってたよ。また一緒にゼミ受けたいって。明日嘉くん、氷澤先生のゼミ受けてたんだね」
「何も話すことない話だね」
明日嘉くんはまばたき一つせず私を見つめる。不愉快だ、と私を睨んでいるようだ。だけど私はさらに問う。彼に接するうちに、めげない、ということを覚えた気がする。
「どうしてゼミやめたの?」
「迷惑だって言ったの聞こえなかった?」
「……ごめんね。でも明日嘉くんがゼミに来てくれたら、私も嬉しいって思って」
「日傘ちゃんはさ、そんなに俺をここから引きずり出したい? 俺は今の生活に満足してるのにさ、自分の満足のために干渉するのやめてくれないかな」
明日嘉くんは苛立ちをあらわにする。
「……そんなつもりじゃないよ。ただ吹雪さんも……」
「吹雪の話なんて聞きたくないよ。そんなに吹雪が気になるなら、吹雪に付きまとえばいいんだ」
「ち、違うよっ。私は、……私は明日嘉くんと一緒にゼミを受けたいって思っただけなの」
「俺は受けたくないからやめたんだ」
正論だ。ゼミは強制じゃないのだし、行きたくないから行かなくなった、それだけのことなのに、私は彼に無理をお願いしている。
「……そうだよね。ごめんね。でも、私や吹雪さんの気持ち、知ってもらってもいいと思って」
声が小さくなる。私の気持ちを押し付けているだけのことに気づいて。側にいることを許してもらえるだけでも贅沢なことなのに、私はさらに贅を求めている。
うつむいて両手を重ね合わせる。指が震えている。明日嘉くんを怖がってる私がいる。ううん、明日嘉くんに嫌われたかもしれないことを怖がっている。
「日傘ちゃん……」
足元の視界に白いスニーカーが現れる。顔を上げる。明日嘉くんが頼りなげに私を見下ろしている。
「日傘ちゃんはなんでそんなに必死なのさ」
「……私はただ明日嘉くんと一緒にいる時間が今より少しだけでも増えたらいいと思って」
「だからゼミに来いって?」
「ゼミはきっかけにしか過ぎないの。少しずつ……そういう時間を増やしていけたらって」
そう応えて、私はとても大胆なことを口にしたのではないかと恥ずかしくなった。いつかデートしたい。そんな風に受け取られたかもしれない。
無表情の彼から目をそらし、赤くなる頬を隠そうとうつむく。すると彼の右手がスッと伸びてきて、肩にかけた私のトートバッグに触れた。
「クローバー、好きなの?」
今の話題に全く関係のないことを尋ねられて戸惑う。
「あ、……うん」
トートバッグの持ち手につけたクローバーのキーホルダーに、明日嘉くんが触れる。
「日傘ちゃんにはクローバーが似合うね。クローバーちゃんって呼んだ方が良かったかな」
「……どっちも」
「嫌だよね。俺もあしたなんて呼ばれたくない」
「明日嘉くん?」
また顔を上げると、切ない目をした彼と目が合う。
「賭け、しようか」
「賭け?」
彼は不意に思いがけないことを言う。
「そう。四つ葉のクローバーをたくさん集めてきてよ。そうしたら、ゼミに参加する」
「ほんとう?」
思わず笑顔になる。簡単なことだ。彼を私の世界に呼び込む手段としてはとても簡単な方法。
「夏休みまでに集めてきて」
「うん、いいよ。何本?」
「そうだなー」
明日嘉くんはそう言って傾げた首に手を当て、考え込むようなしぐさをするけど、最初から決めてたみたいにすぐさま言った。
「千本」
「……えっ」
彼の口元に笑みが浮かぶ。からかわれた。絶対出来ようのない数字を提示して、私をおちょくったのだ。
「無理ならいいよ。俺は別にゼミに参加したいわけじゃない」
「あっ、集める。集めるよっ。だから約束は守ってね」
無謀だけど無理と決めつけるにはまだ早い。その思いだけで私は勝負を受ける。
「ああ守るよ。見つかるといいね、幸運を運ぶ四つ葉のクローバー」
明日嘉くんは皮肉げに笑うと、私に背を向け北門へ向かって歩き出した。
「あしたくんっ、今から帰るの?」
図書館の裏庭の小道にあるベンチの前に立つあしたくんに駆け寄る。
彼がここにいるなんて珍しい。まさか会えるとは思ってなくて、嬉しさの溢れるままに声をかけたが、彼はいつも通りクールに私を見返す。
「ここにはもう来ないって言ってなかった?」
「……あ、そうだね……」
私の顔から笑みが消えていくのがわかる。無邪気にはしゃいだりして恥ずかしい。
「今日はお父さんが迎えに来てくれるから北門から帰ろうと思ってただけなの。あしたくんを興味本位に見に来たわけじゃないよ」
「あ、そう」
素っ気なくそう言って、あしたくんは私に背を向ける。いつもより冷たくて戸惑う。
「……あ、あしたくん」
「まだ何かある?」
「あ、うん。ちょっと話がしたいなって思って」
「日傘ちゃんのこと話されても困るよ」
「違うよ。今日はあしたくんの……、ううん、明日嘉くんって言うんだね。明日嘉くんの話がしたいなって思って」
なぜそれを知ってる?とばかりにあしたくんの眉が上がる。やはり彼は明日嘉くんなのだ。
「どっかで俺のこと聞いた? そういうの迷惑なんだけど」
「たまたま、たまたまだよ。私ね、氷澤先生のゼミに参加してて。それで吹雪さんに明日嘉くんのこと聞いて」
「吹雪……?」
「うん、知らない? 吹雪さん、言ってたよ。また一緒にゼミ受けたいって。明日嘉くん、氷澤先生のゼミ受けてたんだね」
「何も話すことない話だね」
明日嘉くんはまばたき一つせず私を見つめる。不愉快だ、と私を睨んでいるようだ。だけど私はさらに問う。彼に接するうちに、めげない、ということを覚えた気がする。
「どうしてゼミやめたの?」
「迷惑だって言ったの聞こえなかった?」
「……ごめんね。でも明日嘉くんがゼミに来てくれたら、私も嬉しいって思って」
「日傘ちゃんはさ、そんなに俺をここから引きずり出したい? 俺は今の生活に満足してるのにさ、自分の満足のために干渉するのやめてくれないかな」
明日嘉くんは苛立ちをあらわにする。
「……そんなつもりじゃないよ。ただ吹雪さんも……」
「吹雪の話なんて聞きたくないよ。そんなに吹雪が気になるなら、吹雪に付きまとえばいいんだ」
「ち、違うよっ。私は、……私は明日嘉くんと一緒にゼミを受けたいって思っただけなの」
「俺は受けたくないからやめたんだ」
正論だ。ゼミは強制じゃないのだし、行きたくないから行かなくなった、それだけのことなのに、私は彼に無理をお願いしている。
「……そうだよね。ごめんね。でも、私や吹雪さんの気持ち、知ってもらってもいいと思って」
声が小さくなる。私の気持ちを押し付けているだけのことに気づいて。側にいることを許してもらえるだけでも贅沢なことなのに、私はさらに贅を求めている。
うつむいて両手を重ね合わせる。指が震えている。明日嘉くんを怖がってる私がいる。ううん、明日嘉くんに嫌われたかもしれないことを怖がっている。
「日傘ちゃん……」
足元の視界に白いスニーカーが現れる。顔を上げる。明日嘉くんが頼りなげに私を見下ろしている。
「日傘ちゃんはなんでそんなに必死なのさ」
「……私はただ明日嘉くんと一緒にいる時間が今より少しだけでも増えたらいいと思って」
「だからゼミに来いって?」
「ゼミはきっかけにしか過ぎないの。少しずつ……そういう時間を増やしていけたらって」
そう応えて、私はとても大胆なことを口にしたのではないかと恥ずかしくなった。いつかデートしたい。そんな風に受け取られたかもしれない。
無表情の彼から目をそらし、赤くなる頬を隠そうとうつむく。すると彼の右手がスッと伸びてきて、肩にかけた私のトートバッグに触れた。
「クローバー、好きなの?」
今の話題に全く関係のないことを尋ねられて戸惑う。
「あ、……うん」
トートバッグの持ち手につけたクローバーのキーホルダーに、明日嘉くんが触れる。
「日傘ちゃんにはクローバーが似合うね。クローバーちゃんって呼んだ方が良かったかな」
「……どっちも」
「嫌だよね。俺もあしたなんて呼ばれたくない」
「明日嘉くん?」
また顔を上げると、切ない目をした彼と目が合う。
「賭け、しようか」
「賭け?」
彼は不意に思いがけないことを言う。
「そう。四つ葉のクローバーをたくさん集めてきてよ。そうしたら、ゼミに参加する」
「ほんとう?」
思わず笑顔になる。簡単なことだ。彼を私の世界に呼び込む手段としてはとても簡単な方法。
「夏休みまでに集めてきて」
「うん、いいよ。何本?」
「そうだなー」
明日嘉くんはそう言って傾げた首に手を当て、考え込むようなしぐさをするけど、最初から決めてたみたいにすぐさま言った。
「千本」
「……えっ」
彼の口元に笑みが浮かぶ。からかわれた。絶対出来ようのない数字を提示して、私をおちょくったのだ。
「無理ならいいよ。俺は別にゼミに参加したいわけじゃない」
「あっ、集める。集めるよっ。だから約束は守ってね」
無謀だけど無理と決めつけるにはまだ早い。その思いだけで私は勝負を受ける。
「ああ守るよ。見つかるといいね、幸運を運ぶ四つ葉のクローバー」
明日嘉くんは皮肉げに笑うと、私に背を向け北門へ向かって歩き出した。
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